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いま、宇宙にある日常  作者: 水無月 林檎
ep1。いま、宇宙(ここ)にある日常
20/22

ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」08


   10


「キャーーー、腕。腕が!!」

キャーキャー騒ぐ美月だったが、すぐに機械である事を思い出して、気を取り直す。

「ふ、ふん。何よ、腕くらい!」

カンフー風のポーズで手に持ったそれを振り回す美月。力の抜けた半透明の腕だった物が、ゼリーの様にぶるんぶるんと揺れる。

「なんだそりゃ?」

「ヌンチャクよ。ヌ・ン・チャ・ク」

だが、美月はヌンチャクに見立てた機械兵の腕を頭上で大きく振り回しただけで、どうにも様にならない。

「俺ぁ、てっきりカウボーイの投げ縄かと思ったぜ。ともかく、そんなモノは棄てちまえ」

美月の意思に反して、機械兵の腕改めヌンチャクを放り投げる。

「なんてことを!?」

「カンフーはやった事がねぇんだよっ」

美月が喋るたびにコントロールの主導権が変わる様で、マッチョが女の子立ちになるのだが、幸いなことにその場には東條一人きりなので誰にも目撃されることはなかった。

「ちぇー。今度カンフーマスターに子入り⁸して段位取ってきてよ」

「氷守、言ってること滅茶苦茶だぞ。あと、どうやって気軽に身体のコントロール奪ってるんだよ!」

女の子立ちになる恥ずかしさが限界を超えて悲痛な叫び声を上げる。

「知らないわよ。欠陥抱えてるんじゃない?」

「いいから大人しくしていてくれ⋯」

「はーぃ」

不満ながらも一応了承して黙る様に心がける。

「さて、次はどう来る?」

美月が黙ったのを確認して、油断なく身構える。

機械兵は緩慢な動作でゆるりと起き上がった。肩口から体液が溢れているが、それもすぐに止まる。傷口が修復され、体表の組織が形成されたのだろう。

そして、次の瞬間にはもぞもぞと身体を震わせると、失った腕が生えてくる。

体積は腕1本分だけ失っている筈なのだが、見た目には解らなかった。

機械兵に詰まっている液体は筋肉であり骨格であり皮膚でありエネルギーでもある。必要に応じて即座に役割を変え再構成して修復するのだ。改めて厄介な相手だと感じる。

「腕も生えてきちゃった、どうするのよ」

「さぁ?どうするかねぇ」

東條にも明確なプランは無かったが、大使の話を信じるならば機械兵にも限界があり、それはそう遠くないという事だった。

「諦めて帰ってくれりゃあ良いんだが、限界が来て止まるまで倒し続けるかあ」

「そんな悠長な⋯」

本格的に明日の筋肉痛の心配をしなければならない様だ。美月は力なく呟いて項垂れる。

「今度はこっちから行くぞ」

慎重になっているのか、こちらの様子を窺って動かない機械兵に打って出る様だ。

またもや美月の意思に反して身体が靭やかに動き出す。姿勢を低く、相手の懐に飛び込むように、速く鋭く移動する。目は一点だけ、胴体中央部にある小さなコアを見据えて、速度と体重を乗せた掌底を打ち込んだ。ぐにゃりと柔らかい粘土を潰す様な感触とひんやりとした液体の冷たさが手に伝わる。

「ひえっ」

気味の悪い触感に思わず小さな悲鳴を上げる。美月の手は完全に機械兵の身体を貫いていた。

渾身の一撃に東條は満足そうに笑みを浮かべた。しかし、次の瞬間には苦虫を噛み潰したような顔に変化する。潰したと思ったコアはまだそこにあった。

東條は勘違いをしていた。コアは身体の中心に固定されていると思い込んでいたのだが、身体内の液体をただただ漂っていたに過ぎない。掌底を打ち込んだ衝撃で身体内の液体がコアにダメージが伝わる前に逃がしたのだ。

「間もなく、1番線に電車が到着します、白線の⋯」

東條は心のなかで舌打ちをして機械兵から離れるべく後方へ飛ぶ。だが機械兵の反応も速かった。長い腕を振って捕まえに来る。東條は慌てずにその腕を掴んでやろうと腕を伸ばすのだが、予想外のことが起こった。

機械兵の腕が遠心力のままに薄く広がって、捕獲網の様に襲いかかってくる。それがわざとなのか、それとも、もはや形を保つだけの力が無くてなのかは解らない。しかし、東條の対応が遅れて、結果的に美月の体は網に捕らえられた。

網は程よく伸びて美月を優しく包むとそのままの勢いで高く放り投げる。美月はホームドアを越えて線路に叩き出された。

「え、やだ。地面が迫って⋯」

何が起こったのかも把握出来ないままに美月の意識は迫りくる来る線路を眺めている。

激突の瞬間に、体が動いた。身体を丸め、パシンッと掌で地面を打って受け身を取る。勢いに身を任せ衝撃をうちけし、ぐるりと前転して膝立ちで留まった。掌が痛い。逆に言えば掌以外はどこも痛くはない。

まるでアクションスターの様な身のこなしだと美月は思った。

思わずドヤ顔を浮かべるが、目撃者は居ないし、そもそも自分の功績でもない事を自覚する。

気を取り直してホーム側を見る。ホーム越しのホームドアは高く、登るのには苦労しそうだ。しかし、機械兵の方から出迎えてくれたようだ。身体が溶けた様にデロデロに伸び切った機械兵がホームドアを飛び越えて、線路に降り立つ。いまや辛うじて人の形を保っている機械兵がこちらをジッと睨みつける。

「来る」

そう身構えた瞬間、機械兵の背後から強烈な光が差し込まれる。東條は反射的に横に飛んで壁際に伏せた。

視界の端で、迫りくる2つのヘッドライトに背後から轢かれてベシャリと潰される機械兵の姿が見えた。

急ブレーキでギギギーーーッと悲鳴を上げながら迫る車体。轟音と金切り声を上げながら美月の直ぐ脇を通過して行く巨大な鉄の塊。

美月は恐怖に身を強ならせながら電車の暴れ狂ったような音と振動がおさまるのを待った。

列車は徐々に運動エネルギーを失い、ようやく静止した。

「危なかったな、大丈夫か氷守」

「こ、こわかったぁーーー。て、きゃあぁ!」

「どうした!?」

美月の悲鳴に東條が慌てて声をかける。

「ふえー。下ろしたてのストッキングが伝線した。ショックだわー」

「……買えよ、それくらい。カード預けたろう」

半べそで訴える美月に呆れた声で興味なさげに答える。

「え、いいの?ラッキー」

泣きべそはどこへやら、すぐさま機嫌を直す美月。

「やだ!コートにもなんかベッタリついてる!何てことしてくれるのよあの機械兵!」

真っ白いコートの袖とファーに青黒いシミが付いている。

「いちいちうるせーな。後でクリーニング出せよ」

東郷の呆れ声。

「今日これからどーすんのよ。こんな格好でいるのやーよ」

「解ったよ、買えよ。今からでも買いに行けよ」

東郷の返答は投げやりになっていた。

「ならばよし!どんなのにしようかな!」

俄然ヤル気を出す。

「おいおい、あまり高いブランド物は勘弁してくれよ」

えく可愛くがあたしのモットーだから!」

意気揚々と、まずはホームに戻るべく先頭車両を目指して壁と車体の狭い隙間を歩き出すのだった。




   11

「ああ、美月さん。良かった、無事でしたか。心配していたんですよ」

先頭車両の陰から美月がひょっこり顔を出すと、法堂とバッチリ目が合った。法堂は駆け寄ってくるなり、美月との再会と無事を喜んでくれたのだ。

あまりの勢いに少々面食らった美月だったが、やはり悪い人では無いなと思いくすりと微笑んだ。

「ありがとうございます、ご心配をおかけしました。それで、機械兵なんですけど⋯」

ホームに入ってきた電車に轢かれた所までは見たが、その後は解らない。腕ぐらい簡単に再生してしまう厄介な復元力をもっているのだ。もしやという事もあり得る。

美月は警戒していして辺りを見回す。

「安心してください、こっちにいますよ。もう動く事は出来ないでしょうけど」

優しく微笑んで、車両の正面の真ん中あたりを指差した。美月はその先を見ると、銀色の車体に透明な拳大の物体がめり込んでいるのが見える。

「何ですか、これ?」

近づいてまじまじと覗き込んでみる。水晶か?ガラスの塊?

その中に金属光沢のある小さな丸い物が封入されて⋯。

「あ、機械兵のコア!」

思わず声を上げる。先ほど仕留め損ねた機械兵のコアがそこにある。

「衝突の衝撃からコアだけは守り抜いたみたいですね。さっきまではダイヤモンドの様に硬かったのですが、役目を終えて元の硬さに戻りつつあるようですよ」

「へぇ、でもたしかに、この大きさならもう暴れることは出来ませんね」

ようやく安全を確認できて緊張がほどける。

「おっと、大丈夫ですか?」

「え、あれ。ありがとうございます」

まるで自覚はなかったのだが、気が抜けた拍子にその場に座り込みそうになっていたようだ。法堂に抱えられるように体を支えられて、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

「ホームに上がりましょうか。ベンチもありますし、そこで休憩しましょう」

そう言うなり、軽い身のこなしでひょいと先にホームに上がって、跪いて手を差し出してくれる。

美月が戸惑いながらその手を掴むと、軽々と美月の体を引き上げてくれた。

「あ、ありがとうございます⋯」

少しドキドキしながら礼を述べると

「いえいえ」

と、事も無げに答えるのだった。

「落ち着くまで少し座っていたほうが良いですよ。ちょっと待っていてくださいね」

そう言って美月をベンチに座らせて、自販機へ向かうと、温かいココアとコーヒーを持って戻ってきた。

「どうぞ、どちらがお好きですか?」

「えと、それじゃぁ。ココアを頂きます」

ココアを受け取って、両手で包むように持つと缶の熱がじんわりと指に伝わってくる。

「あれ、おかしいな。さっきまではあんなに動いて指先までポカポカしていたはずなのに。今じゃヒエヒエだ」

「お疲れ様です。緊張されていたんでしょう、もう大丈夫です。これで危ないのはおしまい、安心安全です」

「ふふっ、そう願いたいです。それで、法堂さんはどうしてここに?」

「駅員からゼリー人間が改札をブチ破って入って行ったって通報がありましてね、大急ぎで来たんですよ。間に合わなくて本当に申し訳ないです」

「ゼリー人間って。確かにそうも見えますね。ふふふ」

『美月ぃー?ダイジョブ?生きてる?』

ミィからの無線が割り込んで来た。

「電車に轢かれかけたけど、残念ながら生きてるわよ!それで、あんたたち今どこに居るのよ?」

『えっと、浅草のお隣駅。何か心配になって降りちゃった』

「そんな近くに居たら逃げた意味がないじゃん」

『だってー、あの美月だよ?』

「あたしが何だって?まあいいわ。状況の報告とか終わったらそっちに行くから、合流しましょ」

『あーい、ほんじゃまってるー』

「まったくもう。あ、話の途中にごめんなさい」

「大丈夫ですよ。ミィさんからですか?」

「はい」

「仲がよろしそうで、素晴らしいですね」

「あははは、相変わらずの軽口で振り回されているだけですよ」

「間もなく2番線に電車が参ります⋯」

電車到着のアナウンスで会話が一瞬途切れる。

「ここの後片付けは僕がやっておきますから、美月さんは早く合流してあげてください。この電車は現場検証が終わるまで動かないでしょうから、影響で直にあちらも止まってしまいますよ」

気をつかってくれたのだろう、機械兵のコアがめり込んだ車体をちらりと見て肩を竦める。

「え、でも」

そんな。厄介事を押し付けてしまうのは申し訳ない。なおも留まろうとする美月の背中を法堂がそっと押す。

「きっと美月さんが思っているよりもずっと時間がかかりますよ。僕はこういった事に慣れていますから大丈夫です。さぁ、行ってあげてください」

確かに、ミィはともかくバカップルを待たせすぎるのは良くない。つい忘れがちなのだが、あれでも大使である。立場的にもそうなのだが、何よりも退屈させると何かをしでかしそうで怖いのだ。

電車がホームに到着した。確かに丁度いいタイミングかもしれない。美月は意を決した。

「ありがとうございます。あたしは自分の仕事をしてきます。ここはお任せしますね」

「ええ、お任せください。いってらっしゃい」

そう爽やかに笑って送り出してくれた。

やっぱり法堂さんは良い人だ。みんな考え過ぎなのだと思う。

足取りも軽く、ホームに到着した電車に乗り込んで法堂に向けて手を振る。法堂も笑顔で手を振り返してくれる。

車両のドアが閉まると軽快なモーター音をあげて電車が走り出した。法堂の姿は地下駅構内を支える柱に隠れてすぐに見えなくなった。



美月の乗った電車が走り出したのとほぼ同時に、見計らったかのようなタイミングで背広の男と数名の作業服の男が姿を現す。彼らはホームを飛び降りて、機械兵の残骸が埋まった先頭車両へと集まって行った。

「あー、こりゃあ見事に埋まってますね」

真っ先に作業着の男が車体の様子を確認して声を上げる。

「取り出せそうか?」

背広の男が尋ねる。

「周囲を切ってしまえば可能ですが、良いですか?」

背広の顔を伺うように尋ねる。やれば確実にこの車両のフロントはスクラップになるのだろう。

許可を求められて、背広は困ったように法堂に視線を送る。

「構いませんよ。やってください」

「へい」

了承を得た作業着の男は、持っていた工具箱からいくつかの工具を取り出して機械兵の結晶周辺を切り出しにかかる。

ジュラルミンの車体が火花を上げながら切り裂かれていく。

法堂はそこまでを目視で確認してからベンチに腰を下ろす。

缶コーヒーを開け、少し冷めてしまった缶にのこるわずかな温もりを感じながら

『機械兵は壊されたか。ジャスリーズめ⋯』

休息時間を引き裂いて、インカムから木場の呪詛のような声が鳴る。

『なかなか面白い逸材じゃありま

せんか』

法堂は、去った列車の方ををチラリと見てほくそえんだ。

『何を悠長なことを言っている。本当にこれで良かったのだろうな?』

インカムから聞こえる木場の声は少々疲労の色が濃くなっていた。今では胃薬が手放せないと聞く。

『またいつ勝手なことをしてあの宇宙人を襲ったらとヒヤヒヤしていたのは貴方ではありませんか』

『あたりまえだ!日本の敷地で何かあっては外交問題だ!』

『そうそう、ご自分の首は大切にするもの。ー来賓の暗殺という憂いが無くなり御自身のクビを繋ぎ止め、僕は望みの物を手に入れる。これでみんな幸せハッピーエンドという訳です』

『しかし、支給された機械兵を失ったんだぞ。先方にはどう説明するんだ』

『そんなこと僕は知りませんよ。ゼリー人間の護衛は僕の仕事に含まれていませんので、木場さんの方で適当にあしらっておいて下さい』

『ぐぅ』

『それじゃぁ、頼みましたよ』

『あ、おい。そんな⋯』  

法堂は無線を強制終了する。

「クククッ、本当に良い音で鳴く人ですねぇ」

インカムを取り外して苦笑する。

コーヒーを一口飲んで車体の切除作業をしていた方に目をやると、それが合図だったようで背広姿の男が駆け寄ってくる。どうやら無線連絡の間にコアの切り出しは終わっており、待たせてしまっていたらしい。

「お待たせしてしまったようで申し訳ないですね。遠慮せずに来てもらって構いませんでしたよ」

駆け寄ってきた背広の男に声をかける。

「え、いや。仕事柄、連絡筒抜けはマズイでしょう」

背広男の倫理観がしっかりしている様で、少しばかり引かせてしまったようだ。法堂は苦笑しつつ言い聞かせる。

「良いですか、僕が無線で堂々と話しているということは、相手は駄上司です。全くの無駄なので一刻も早く断ち切っていただけるとありがたいのです。それに、聞かれては不味いことはこんな場所では話しませんから安心してください」

「は、はあ⋯」

相手は面食らった表情で頷いてみせた。

「で、斎藤さん。どうでしたか?」

背広姿の男、斎藤に促す。

「ああ、問題なくこちらに」

言って、切り出したコアを手渡した。

「取り出したあとに、コアに纏わりついていた硬質の物が急に柔らかくなったんですが、コアそのものに異常は無いかと」

「ほう」

法堂が触って確認すると、さっきまではダイヤモンドの様に固まっていた透明の組織が今ではグミ程度の柔軟性を持っているが、コア自体はまるで呼吸をしているかのように紅く、淡くゆっくりと明滅を繰り返している。

「上出来です」

法堂は満足そうに頷いた。昨日の浅草寺での群衆先導を含め、斎藤は良い働きをしてくれている。

「しかし、車体を切ったのは早計だったかも知れません」

斎藤は下手な痕跡を残してしまったことを案じているようだが、法堂は全く気にしていなかった。コアの持ち去りで問題になったとて、木場に丸投げすればよいのだ。解決は望めないが、勢いで有耶無耶くらいにはするだろう。

「仕方がありませんよ。実際、外れた事で危機を脱したと判断がされて形質が変化したのかも知れません。それに、本当の後始末が行われる前に急いでこの場を離れなければいけませんからね」

「その点なら問題ないでしょう。デモ隊の奴らが上手く妨害をしている筈です」

「ふふっ、全くもって頼りになりますね」

「恐縮です。⋯しかし、そんな物から本当に情報を得られるのですか?」

法堂の手の中にあるコアを訝しげに見つめる。

「やってみなければ分かりませんが、次の一手に必要な情報は得られるはずです」

「はぁ、しかしどうやって⋯」

ぱっと見、端子の様な接続部は無かった様に思える。無線で接続⋯も地球のどの方式とも違うだろう。頭を捻るが斎藤には検討もつかない。これが常人の限界なのだろう。しかし、法堂には手段が見えている様だ。

「まぁ、今はまだ企業秘密です」

微笑みながらそう言ってのけたのだ。


  


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