ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」07
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神崎利通は急遽プランを変した。間に合わなかったのだ、このままでは護衛対象が乗り込む前に追いつかれてしまう。
「そのまま走れ!俺が時間を稼ぐ!!」
咄嗟にそう叫んで、アクセルとブレーキをベタ踏みする。エンジンの回転が上がってレッドゾーンに達した所でブレーキを離すと車は唸りを上げて急発進した。
「うひゃああーーーッ」
格好つけてみたものの、こんな無茶な運転なんて初めてなので、予想外の加速力に驚き変な悲鳴が出る。
しかし、それでもアクセルを踏む足の力は弱めることなく、暴れそうになるハンドルを必死に握って目標物をしっかりと見定める。
腕の長い異様な姿。擦り切れてボロボロのサイズの合っていないトレンチコート。間違いない、昨日の機械人形だ。
「昨日のお返しじゃぁーーー」
こみ上げる恐怖を押し付けるために雄叫びを上げて、機械人形を目掛けて突っ込んでいく。
ドンッという衝撃と共にエアバッグが飛び出してきて視界が塞がれる。硬いものを引き摺っているような嫌な振動が伝わってくる。
だから、アクセルを踏む足の力だけは弱めない。決して弱めてはいけない。少しでも遠くまで。少しでも距離を稼いでやらなければ。
ガリ、ガガガ⋯
振動が絶え間なく車内に響く。そして、不意にアクセルが重くなった。車の速度が急速に落ち、ついには止まってしまう。
と、今度は突如として今までの地面との抵抗がなくなり、タイヤが空回りを始める。車内が前のめりに傾いた。
「やべぇ⋯」
そう思った時にはもう遅かった。ブンという横殴りのGを感じた次の瞬間、ミニバンは逆さまにアスファルトに叩きつけられていた。
突然の轟音に驚いて思わず振り返った美月の目に、逆さまになってひしゃげているミニバンと、その隣で蒼白く発光してゆらりと佇んでいるボロボロのトレンチコートを纏った男。機械人形の姿が飛び込んできた。
機械人形は、擦れて引きちぎられ殆ど用を成していないトレンチコートを脱ぎ捨てると、半透明のぬらりとした腕の長い粘土細工の様なボディが姿を現す。
「なんなのよ、アイツ。あそこまでだなんて聞いてない!」
美月が悲鳴を上げる。
「まだあんなパワーが残っていたんですね」
アランも悔しそうに歯噛みする。
「それでも、もう限界のように思えますわ」
メリルはまだ平静を保っているようだ。
「確かに、あの程度をひっくり返すのに緊急モードが必要になるのは後がない証左かも」
アランも納得したように頷いた。
「どう言う事?」
「体が光っていたでしょう?あれは本体のエネルギーを一気に消費して瞬間的に力を使ったんです」
「既に余剰エネルギーなんて使い果たしているのですわ。それいおいなのに、緊急モードなんて使ったので体がふた周りは縮んでいますわ」
アランとメリルが美月にも解るように説明してくれた。
「余計なことを話してないで走る」
ミィの叱責で黙り込む。
さっきだって、逃げるのに必死で美月に後を振り向く余裕なんて無かったのだ。あんなに近くまで迫っていたとは思わなかった。あれでは車に乗り込んでいる間に追いつかれていただろう。
折角距離を稼いでくれたのだ。もう追いつかれないように、美月は必死に足を動かした。
『沙織さん、やられちゃいました⋯』
キャバ嬢の無線から情けない声が入る。
『神崎くん、無事なの?』
『はい、大丈夫です。体はピンピンしてます』
心配したが、本人は無事のようで沙織はほっと胸をなでおろした。
『東條くん、チャリオットは無事よ』
『了解だ。念の為病院へ行って休ませてやれ』
沙織は目で合図を送って無線を入れる。
『お疲れ様です、く頑張りましたね。怖かったでしょう?もう大丈夫ですよ。今は平気でも何かあるといけないから、今日は病院へ行ってゆっくり休んでくださいね』
優しい、慈しみに満ちた労いの言葉が沁みる。
『は、はいぃっ!いや、大丈夫です。まだまだやれます!」
「えぇ、そんなワガママ言っちゃ駄目よ?今日はもうお休みね」』
甘い、困ったような、艶かしさのある声色がーチャリオットと呼ばれた青年の脳に突き刺さる。
「あぁ、女神様や。もっと沙織さんと、いやいやいや、これ以上沙織さんを困らせる訳にはいきません!自分、これより病院へ行き、待機に入ります!」
「はい、ゆっくり休むのよ?」
『はいいっ、⋯⋯あ、あのー。この車、保険は使えますかね?』
『え、どうかしら?保険屋さんに聞いてみないと⋯。会社の車じゃない?の』
『「はい、今日も意気込んで自分のを⋯』
『そう⋯。きっと大丈夫よ、元気だして!』
それまでちょっとお部屋『散々テンションが上がっていたが、最後は少ししんみりして無線が切れた。
キャバ嬢はそんな彼の様子を不思議に思いつつも、アドレナリンのせいだろうと割り切って考えないことにする。
そんな飼い主の無自覚小悪魔な様子を、モチャは膝の上からあきれたような目で見つめていたが、すぐにくるりと丸くなって眠りに落ちていった。
(「ごめん、東條さん。車乗れなかった』
『オーケー、大丈夫だ。機械人形に無駄なエネルギーを使わせたと思えば悪くない』
『あの、車の人は?』
『問題ない、連絡があった。元気そうだったが念の為病院へ向かわせた。興奮状態で自分でも気付かないなんてこともあるからな、念の為だ』
『そう、よかった。それで、これからどうする?』
「とりあえず走れ
』「走れって、はやく何とかしてよ』
『
今やってる。氷守、ミィはターゲットを』
連れて逃げろ
「昨日の邦堂さんみたいに銃とか使えないの?」
「アホ!日本だぞ?民間企業だぞ!?そんな装備があるか!民間じゃなくてもあんな装備支給はありえねぇ」
「え?」
「オートマで徹甲弾だぞ」
「よく解んない」
「警官でも持ってない。戦争やるような銃だって事さ』
『邦堂さんが極秘任務を持った凄い人って事?。』
』さあな。こ何せれだけこっちで調べても邦堂なんて名前は出てこないんだ、極秘は極秘だろう。どこの筋かは知らんが。っと、まだ言問通りだな?次の交差点を右だ。車との合流はあきらめる。で、昨日の発砲騒ぎの続報、ニュース見たか?」』
「『見てない。今日はずっと出ずっぱりよ。そんな暇無いわ」
「それもそうか。昨日の発砲騒ぎはな、報道じゃ暴力団同士のイザコザって事になってたぜ。警視庁は、存在しない事件の証拠を探して奔走してる』
『へぇ』
「反応薄いなぁ』
『んー、良く解らないのよね。難しくて」』
「邦堂の存在も銃の存在も極秘って事だ。あの騒ぎをもみ消せるだけの大物がバックにいる』
『やっぱり凄い人なんじゃない』
『味方かどうか、わかんねぇぜ?』
『疑り深いね。昨日助けてくれたじゃない」
「隠し事が多すぎるのが気にいらねえ。浅草駅を目指すぞ、詳しくは案内を沙織さんに任せるからそちらから聞いてくれ』
『車で来た方に戻る感じね、解った』
」
「沙織さん、お願いします」
東條は無線を切ってキャバ嬢にバトンタッチする。
『「了解、東條君は護衛の方をお願いね」
「任せてください」
2人は無線機のチャンネルをそれぞれ変える。
『美月ちゃん、聞こえるかしら?』
「はい、大丈夫よ」
『これから、浅草駅の浅草線ホームを目指してもらうわ』
「東武線や銀座線の方が近いんじゃ?」
『んー。都営線の方が融通?が利くのよ、ごめねんね』
『何だか解らないけど解ったわ』
「その代わり、バッチリのタイミングで電車が出るから、頑張ってね」
「え?」
「まー、キャバ嬢に任せておけば問題ないっしょ」
ミィのフォローが入る。疑っていたわけではないのだが、バッチリのタイミングって何?
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美月たちは、言われた通り言問通りを左折して少し道幅の狭い通りを進む。
「美月ちゃん、正確な位置を知りたいわ。周囲に何か特徴のある建物とかはある?」
沙織に言われて周囲を見回す。ラーメン屋は特徴のある建物に含まれるのだろうか?しばし考えているうちに正面が緑の多い開けた場所になっている事に気がつく。
「あった。正面、たぶん公園」
「オッケーよ。確認したわ、花戸川公園ね。そこで待っているわ」
「待っているって、どういう事?!」
という美月の疑問にはすぐに答えが出た。
「美月、あれ」
ミィが指差す方向、公園の上空に浮遊する何かが見え隠れしている。薄い三角形の浮遊物体で、サイズはそれなりの大きさあるのだが、周囲の背景に溶け込むように消えたり、また現れたりを繰り返している。
「なによ、あれ。ドローン?」
「美月ちゃん見つけた」
キャバ嬢からの無銭と同時に三角形の機体がこちらを向いた。のだと思う。二等辺三角形の一番尖っている角がこっちを向いているのだからたぶんそうだろう。
「空飛んでいるやつ、キャバ嬢なの?」
『そうよ。ウチの秘密兵器、シーカーよ。あっちの技術で作ったドローンと思っていいわ。これで誘導するから付いてきて』
そう言って、機体を左右に2回振ってみせる。
「了解よ」
美月は短く無線を返して呼吸を整える様に大きく息を吐く。走る足を止めるわけにはいかない。前を走るミィはまだ余裕がありそうだが、アランとメリルは少し辛そうだ。
「二人とも、大丈夫?」
「「はい、大丈夫です」わ」
気丈に答える、まだ頑張ってくれそうだ。
空では沙織の駆るシーカーが、こちらの様子を見ながら誘導を始めた。
花戸川公園を南東方向に通り抜けて、信号のない横断歩道を渡る。車がギリギリすれ違える位の6細い通りを駆け抜ける。
「急いで、機械兵が迫っているわ」
美月にはもう振り返る余裕なんて無かったが、上空のシーカーからは機械兵の姿を捉えているようだ。キャバ嬢からの警告が無線に入る。
息を切らせながら美月は走る。走るしかないのだ。
しばらく無言で走ると、前方に車が左右から横切る姿が見える。この細道から大通りに出るのだろう。
「間もなく馬車通りに出るわ。正面に新中通り入口の信号が見えるから、速度を緩めないで横断歩道を渡って。渡ったら左に、そしたら吾妻橋の信号があるから、そこも何も考えないで渡るのよ」
『ぇ、そんな事言っても。車り多ーいよ』
「『大丈夫。タイミングはバッチリで青になるから安心して突き進んじゃって!』
言っている間にも馬車通りはどんどん近づいてくる。もぉヤケよっ!美月がそう思った瞬間、横断歩道の信号が青に変わった。美月は何の危なげもなく横断歩道を渡って言われた通り左に曲がる。すると、歩行者信号はもう赤になったようで車が一斉に動き出した。
「え、青短くない?」
「だって、追ってきちゃうじゃない?少しでも妨害しないと、ね?」
今度は吾妻橋の横断歩道が美月たちが渡る直前で青に変わった。
「えぇーー」
美月は納得のいかない様子で大通りの横断歩道を駆け抜ける。
と、ほぼ同時に、背後で車の急ブレーキを踏む音や衝突音が鳴り響いた。
「もう、ブレーキなんて踏まなくても良いのに。でもちょっとだけ時間を稼げたわ」
沙織がのんびりとした口調で言う。道路に飛び出した機械兵がたまたま通りかかった乗用車にぶつかったのだろう。
「キャバ嬢、咄嗟にブレーキ踏んじゃうのは普通のことだと思うな」
事故を起こしてしまった運転手さんに申し訳なくて、やはり振り向けないまま、苦言を呈した。
とは言っても時間を稼いでくれたのはありがたい。
「その入り口は無視よ。でも後少しだから頑張って」
シーカーは歩道の2番出口を無視して、脇道を左折する。
美月たちもシーカーを追って雷門一宮通りに入った。
「左手ビル6軒目のA3口よ」
そう言ってシーカーは先行して入り口のあるビルの上空で静止した。
「ひい、はあ。後少しだから、アランとメリルも頑張るのよ」
「「はいー」」
2人は顔を真っ赤にさせながらも、前を走るミィに必死について行っている。後を振り返る勇気は美月にはなかった。
キャバ嬢がしっかりと見てくれているから大丈夫。そう信じて前だけを見て進む。
上空に浮かぶシーカーまで後少し、という所でシーカーが動いた。ゆっくりと明滅する光学迷彩を解除して地表まで降りてくる。そして、美月たちの到着を待ってからビルにある駅への階段を天井スレスレの高さで進む。
「はーい。通りますよー、急いでまーす。道を開けてくださーい」
緊張感のないのんびりした声で通行人を威嚇しながら先行していく。声はともかく、通路幅スレスレの得体のしれない二等辺三角形の機体が飛んでくる姿は十分威嚇になった様で、皆驚きの顔で機体を見上げては壁に張り付いて固まっている。
「はいはい、ごめんよー」
「ごめんよーです?」
「ごめんよーですわー」
その後から息を切らした様子もなくミィが飄々と階段を降りていき、アランとメリルがミィの真似をしながら後に続く。
「何でそんなに、元気なのよ⋯」
少し遅れて美月が愚痴をこぼしながらそれに続いた。
「氷守、ちょっといいか?」
突如、東條からの無線が割って入ってきた。
「え、なに?そんな余裕は無いんだ、けど。警備の方は、大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。指示は出してある。それに、お前らが電車に乗ったらまた沙織さんと交代だ」
「そう。で、何?」
「ちょっとマズい事になりそうなんだ。氷守には悪いんだが⋯
」
『さあみんな、元気よく突破しますよー!』
階段を降りると、改札が迫ってくる。
「「「おーー!!」」」
そんな改札機を目の前に、キャバ嬢の元気な号令のもと、ミィたちは一致団結して速度を緩めることなく突き進んでいく。
『ちょっと、駄目だって』
『大丈夫ですよ、ほら美月ちゃんも元気よく!』
『あー、もう。どうにでもなれ』
このまま改札機に止められて、突っ切ったら駅員さんにまで追いかけられる羽目になるんだ。
「押し通るーっ」
「「通るー」」
ミィがわざわざ煽るような台詞とともに改札機に突入する。
しかし、悲観的な美月の思考とは裏腹に改札機は閉じることなく、何の問題もないと言うように通り過ぎた。
『階段を降りたら電車を待たせてあるから急いで乗り込んで。すぐに出発するわ』
『さっすがキャバ嬢』
美月には何が何だか解らなかったが、ミィには解っているのだろう。先ほどから何の疑問もなく受け入れている。
『急がないと、乗って!』
キャバ嬢の声と共にシーカーが階段の手前で降りてくる。
「ほいよ」
降りたシーカーに乗っかるミィ。アランとメリルもそれに倣う。
「美月、早く!」
「う、うん。」
乗って飛べるんなら、もっと早く言って欲しかっ⋯。
「いっけえーー!」
キャバ嬢の掛け声とともに、シーカーは辛うじて前進した。しかし、決して飛び上がることはなかった。
ガコガコ!ガガガガガ!!
その代わり、機体のボディをソリの様にして階段を滑り下りていく。4人も乗せて飛べるような浮力は持ち合わせてはいないのだ。
「きゃああああ、落ちる、落ちてる!」
美月は必死にミィの背中にしがみつく。
「わぁ、速いですわー」
「速い速いー」
バカップルは楽しそうにキャーキャー言いながらもミィの腕に掴まってバランスをとっているし、ミィに関しては涼しい顔をして立っている。流石は猫のバランス感覚といったところだろうか。感心していると
ガコン!
という破壊音が地下階段にこだました。
キンコンキンコンー キンコンキンコンー
次いで、背後のフロアからアラームが鳴り響くのが聞こえる。機械兵が改札を無理矢理突破したのだ。
美月はついに後を振り返った。
機械兵は足をスキー板の様に変化させて階段を滑り降りてくる。
「キャーーー!もう来てる、追いつかれる!」
ただのソリとなったシーカーは重力加速度に従順だ。その速度を順調に上げていっている。しかし、それは機械兵にも言えることだ。
美月は覚悟を決めた。
物凄い速さでホームが迫ってくる。シーカーが息を吹き返したように動き出す。金色の光を放つと、精一杯の浮力を発揮して制動をかける。二等辺三角形のソリは、階段をオーバーランしてホームを滑り、ベンチに突き刺さって静止した。立っていたのはミィだけで、後の3人は膝をついてミィにしがみついていた。
『到着です。流石はミィさん、完璧なバランス感覚ですね。さあ、急ぎましょう』
「あいよっと」
ミィはアランとメリルの手を引いて立ち上がらせて電車に向かう。
美月はその場に立ち上がって今降りてきた階段をキッと睨む。
そこに、機械兵はいた。シーカーが減速をしている間に追いつかれてしまったのだ。
機械兵が動いた。
アランとメリルを追いかけて電車へ乗り込もうと走り出すのを美月が割って入る。
機械兵は美月に構うことなく突進することを選択したようだ。肩でタックルを決める態勢でまっすぐ向かってくる。
ぶつかる!美月は目を閉じたかったのだが、それは許されなかった。しっかりと機械兵を見据える。ぶつかる直前で半歩身を引いて躱すと、すれ違いざまに機械兵の腕を取って足をかける。そのまま機械兵の勢いを利用して投げ飛ばした。見事な大外刈りだった。
「ヒュー。やるじゃん、東條ちゃん」
ミィが乗り込んだ電車の中から口笛を吹く。
「すごーい」
「美月さんカッコいいですわー」
「そんじゃ美月、後はよろしくー」
ミィが言い終わるのを待たずに電車の扉が閉まった。
少しだけ時間は遡る。
『ちょっとマズい事になりそうなんだ。氷守には悪いんだが⋯
時間稼ぎに機械兵と一戦やってくれ。このままじゃ追いつかれちまう』
東條が重々しく告げた。
『は?なに?あたしが何をするって?』
『一戦だ。つまり格闘だな』
『ちょ、何言ってるのよ、無理に決まってるじゃない』
東條のとんでもない提案に全力で拒否する。
『心配するな、氷守は黙って立っているだけでいい』
『「どういう事?』
『渡してあった腕輪があるだろう、あれは離れた相手の身体を自分の身体のように動かすことができる。試作品でまだ名前もないが身体の同期機械だ。今朝渡したのが従で、俺が持っているのが主だな。つまりは、俺が氷守の身体を遠隔操作して機械兵を足止めする』
『無理無理!出来るわけないよ』
『出来なくてもやるしかない。本来は執刀医のいない僻地で遠隔手術を行う様な想定で作った物らしい、精度は折り紙付きだ。俺はいつでも暴れられるように道場で待機中だぞ、今さら引っ込みはつかんからな。京浜の分までぶん殴ってやらないと気が済まん』
気合十分。火のついた暴走特急を今さら止めることは、美月には無理そうだった。
連日徹夜で同胞の捜索をしていたことを思い出し、観念する。
『⋯しかたないわね。今回だけやったげるから、しっかり敵討ちやんなさいよ』
『バーカ、京浜を勝手に殺すなや』
『あれ?そんな意味じゃないんだけど。敵討ちの使い方間違えた?』
『細かいことはどーでもいいや。ふんじばって、京浜の情報引き出すぞ』
『あそうね」
「氷守、スポーツ経は?』
『えっと、高校で女バス。レギュラーじゃないし強いガッコでもなかったけど。あとは、ボクササイズを10ヶ月』
『頼りねぇ』
『む。それじゃ、毎日のダイエットエクササイズとバイト先までは毎日自転車!』
『そいつはノーカンで頼む。仕方ねぇ、柔よく剛を制す。で行くぞ』
『了解。その同期ナントカ、使う前に言ってよね』
『解ってるよ。⋯無茶言ってすまんな。怪我をさせん様に丁重に扱う』
『そこはホント、お願いします』
「柔道剣道合気道、合わせて何段だと思ってる。達人だぞ、安心して任せておけ」
通信が切れた。
「⋯美月ぃ」
ミィが心配そうな目で振り返る。
「大丈夫よ、あたしに任せなさい」
美月は精一杯の虚勢を張ってみせるのだった。
と、そんなやり取りがあっての見事な大外刈りだった。
美月の不安を余所に思いのほか事は上手く運んだ。投げ飛ばした美月も、あまりにも綺麗に決まりすぎて何が起こったのか解らなかった程だ。
そう感心するのも束の間、なんだか足元が覚束ない。動いている時は気にならなかったのだが、こうして黙って立っているとプルプルと震えている気がするのだ。
『なんだこりゃぁ、かかとが!?氷守、ヒール脱げ!』
無線から東條の情けない悲鳴が響く。
『無理よ!ハイブーツだもん。そんなすぐに脱げないよ』
『だー!これだからお洒落服は!!』
『タツジンでしょ!今日のヒールはそんなに高くないんだから、ごちゃごちゃ文句言わない!』
『高い低いなんざ知るか!こっちは初ヒールだぞ!』
『……そりゃそーでしょうよ。経験あったら嫌だわ』
ヒールを履いて決めポーズを取る東條を想像して悪寒が走る。
『ま、まあ良いだろう。動いていれば、その内に慣れ、る。』
若干の不安を残しながらも迎撃の構えを取る。
『体格差あるんだから、そっちの方も気をつけてよね』
美月はちょっと背伸びをしてぎりぎり身長160センチ、対して東條は180センチを越える。20センチ以上の体格差を埋めるために東條は普段より大きく動く必要がある。
『武術家はそのくらいわきまえておるわっ。氷守は明日筋肉痛で泣くことになるかもしれんがな。わはははっ』
「うへぇ」
『さぁ、どっからでもどーんと来いやぁ!!』
気合を込めて、どーんと胸を叩く。
「!!」
『なんだ、どうした?』
「げほっげほっ…だから、体格差とかさ…げほっ」
『なにをこれくらいで?』
『あー。ほらほら』
ミィの緊張感の無い声が無線に割って入ってくる。
『だからさ、胸の厚さってのかな。美月も小さいなりにあるわけだしさ。ふひひ』
『む…っ!?』
自分の手を見て硬直する美月…正確には、硬直したのは無線の奥の武術家だったが。
『面白ーい。顔真っ赤か?』
ミィがひやかす。
「そこ。や・か・ま・し・い!」
『うががが』
今度は無線の奥から東條の悲鳴が聞こえた。
『なんじゃこりゃー、無理っ!!』
「I字バランスね。やだなー、ただの準備体操ですよ?」
すっと片足立ちでもう片方の足を真っ直ぐに上げるポーズでしれっと言い放つ。
『いてーーっ、同期の主従関係どーなってんだ!』
本来であれば、従である美月が主を持つ東條を動かすことはできない筈なのだが、フォースフィードバックの欠陥か、それとも美月の怨念がそうさせたのか、東條は道場で独り片足を上げて絶叫する羽目になった。
『美月、パンツは?』
ミィの言葉に慌てて足を下ろす。危うくパンツを見せびらかす様なポーズを取っていた事に気付かされる。
「嫌なこと思い出させないで、今は他に誰もいないからいいの!ほら、機械兵が起き上がるわよ」
地面に叩きつけられた衝撃で不具合でも起こしたのだろうか、しばらく転がったままだった機械兵がゆっくりと起き上がる。
美月は再び構えると、慎重に摺り足で一定の距離を取る。
しばしの睨み合いの後、機械兵が動いた。手の長さを活かした猿の様に走って飛び掛かってくる。
「せいっ」
美月の体格的に組み合うのはあまり得策ではない。冷静に相手の腕を払っていなす。
躱された機械兵がこちらに振り向く体重移動の一瞬に、腕を取って腰に乗せぶん投げる。試合であれば文句無しの一本になるであろう綺麗な背負い投げだ。
あまりの衝撃に、床に打ち付けられた機械兵の躰はバウンドしてゴロゴロと転がり、ホームドアの壁に当たって止まった。
「凄い⋯」
美月は予想外の威力に呆然と呟き、自分の手を見る。
すると、そこには掴んだ相手の腕がそのままに…。




