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いま、宇宙にある日常  作者: 水無月 林檎
ep1。いま、宇宙(ここ)にある日常
17/22

ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」05

  4


無重力騒ぎで会場が滅茶苦茶になってしまった為、式典は中断となり各々が三々五々控え室へと戻っていった。皆ぐったりと疲れた顔をしていた。

とは言え、幸いなことに被害の大半は無重力酔いであり、その他は軽い打撲が僅かにあっただけであった。これは会場の有様からは想像が出来ない程に人的被害は軽微といえる。

当間は「この程度ならばお咎め無しだ」と、えらくご機嫌な様子でいたという。


美月は戻ってきた控室のソファーでテーブルに突っ伏して肩を震わせていた。

お硬い式典の会場で勝負パンツ…いや、お尻披露だなんてっ!

何でこんなパンツを履いてきてしまったのか、後悔してもしきれない。

センパイのバカ!

とりあえず、やり場のない怒りをパンツをくれた三杉綾香にぶつけてみる。

「やー、美月ナイスファイト。カッコよかったぞ、豹柄おしり」

美月の肩をポンポンと叩きながらミィが慰めてくる。いや、これはもはや煽りだろう。

「おだまり!」

振り返りざまにデコピン、チョップ、グーパンのコンボをお見舞いして、またテーブルに突っ伏す。

「たいちょー、美月がぶったー」

「いや、今のはミィくんが悪いぞ」

ミィが当間に泣きつくも一蹴されるのを背中越しに聞く。

「美月くん、災難だったね。気を落とすな、とは言えないが。そうだな、会場は無重力になった混乱で美月くんに注目が集まっていなかったのは不幸中の幸いと言えるんじゃないかな」

美月を元気付けようと、当間が優しく語りかける。

「でも⋯」

美月は顔を伏したまま、静かに問う。

「でも、当間さんは見たんでしょ」

美月の一言にその場が凍りつく。

「いや、美月くんに危険が無いかの確認をしたのであって決して⋯」

「見 た の ね」

「え、ええと。自分の位置からは足で隠れて見えてませんでしたっ」

「よろしい」

「許された?!なんで、甘くない?」

美月にぶたれた頭を押さえながらミィが不満を漏らす。

「おだまりっ」

「ふみゃあっ」

ミィが首をすくめて、当間の後ろに隠れる。

「そして、メリル?」

「は、はいですわ」

「見ていないとは言わせないわよ。しかもマイクで注目を集めるような真似までして⋯」

「ええーと、あれはその。あまりにも綺麗だったからつい。ですわ。えへへっ」

「えへへ。じゃないのよおおおぉぉーっ」

その無邪気な反応に怒る気力も削がれて、もはや泣くしかない。

「美月さん⋯。ごめんなさいですわ」

すんすんと肩を震わせる美月にメリルが歩み寄る。そして、背中をそっと抱きしめた。

「大丈夫ですわーー」

「メリル⋯」

「お任せください!おしりの拝観料、フーリアがキッチリとお支払いしますわ!」

「って、何言ってんの?!」

突然の言葉に思わず顔を上げて叫んだ。

「ですから、美月さんのお尻を国宝と換算して拝観料を⋯」

「わお。凄いじゃん美月のケツ国宝レベルだって。こりゃ良いケツ見たにゃー、ありがたやー。ふひひひっプヒャ!」

茶化してくるミィを再び3連コンボで沈めておく。

「ミィくんも懲りないねぇ」

呆れた声で当間がミィの頭を撫でているのを横目に、美月はメリルに向き直った。

「拝観料って何よ!」

「それはもちろん、素晴らしいものを見せていただきましたので」

両手で頬を押さえて、もじもじと恥じらうように答える。

「あたしのおしりに値段付けられるのは嫌あぁぁぁ」

「えー、結構な価値ですのよ?」

「お願い。ホントにやめて。おしりを売って稼いだみたいな感じになるから」

「むぅ。仕方がないですわ」

美月の懇願に渋々といった風にメリルが諦めたようだ。

「それなら、どうやって報いれば良いのですの!」

「報いなくていいから、さっさと忘れる!」

「⋯仕方がありませんわ。この映像はわたくしひとりで楽しむことにしますわ」

「え、何よ映像って」

ポツリと漏らしたメリルの言葉に目聡く美月が反応した。

「面白くなるかなーと思って、会場を映像に記録していたのですわ」

そう言ってチョココロネからペカーっと立体映像を映し出す。

それは、先ほどの騒ぎを壇上から見た映像だった。まず、会場から重力が消えて大騒ぎになるになる。次に重力がマイナスになり人々がふわりと宙に浮かび始める。そこに美月が登場。わーきゃー言いながら縦回転しつつすっ飛んでいく。そこでカメラが美月に寄る。会場の様子はさておいて、美月だけをアップで映し出す。しかも、スローモーションで。美月の体は弧を描き、顔、頭、背中、ふわりと広がったスカートと順に、そしてついにはスカートの奥へと⋯

「ぎゃー、わーわー!」

美月は慌ててメリルからチョココロネを取り上げて、ギュウッと抱きかかえる。すんでの所で立体映像は霧散して、抱える美月の腕の隙間から僅かな光が漏れている。

「なんてものを見せるんだ!いやいや、なんてものを撮ってるんだ!!はい、没収。こんな黒歴史は即刻闇に葬ります!」

「「ええー、そんなぁー」」

バカップル二人が揃って不満の声を上げる。

「何でアランまで不満そうなのよ」

「えーと、メリルが不満そうだったので、つい」

「まったく、何でこんな目にあうのよ」

「美月がスカートであんな派手派手パンツ履いてくるから⋯」

「何かっ?!」

ミィのツッコミももっともなのだが、ここは睨み付けておく。ミィはそっぽを向いて口を噤んだ。

ちなみに当間は横を向いて両手で目を覆っていた。「映像は見てませんよ」と言う事だろうか。もしかしたら「これ以上はミィを庇いきれません」かもしれないが。

「もういいわ、あの騒ぎの中じゃメリルとアラン位しか気づいてないって思うことにするわよ。万が一他に気づかれてたとしても、今後会うこともないでしょうし」

美月はため息をついて観念したように独白する。いつまでも落ち込んでいたって仕方がないのだ。

「ミィと隊長も見てたよ」

「うるさい!せっかく気を取り直そうとしてるんだから水をさすんじゃないっ!」

すかさずちょっかいをかけてきたミィをチョップで黙らせる。

「いや、俺は見てないって。巻き込まないでくれよ」

「大丈夫ですよ、当間さん。わかってますから」

ぽそりと拗ねたように漏らす当間へのフォローも忘れない。

「ふぅ。で、ミィ。生ハムは間に合ったの?」

ふと気になったので尋ねてみる。宙に舞う生ハム原木を追って飛び出したミィだったが、それを追いかけてくるくると回ってしまった美月をミィが見ていたとなると、美月の悲鳴を聞いてミィが気に留めてくれたのではないかと、少し悪いことしたなと思ってしまう。

「ん~~、間に合ったよ。バッチリとダイレクトキャッチ。ほんで、壁を蹴って戻ろうとしたら尻だし美月がくるくる回ってるもんだから大爆笑」

ケラケラと笑いながら当時の様子を説明してくれた。

「あ、そう⋯」

「でもさー、せっかくゲットしたのにかぶりついてみたら硬いししょっぱいしサイアクぅー。だから隊長にあげたさー」

「あー。災難でしたねぇ⋯」

噛み跡のついた生ハム原木を突然手渡された当間に同情の意を伝える。

「歯型がついた原木を返すわけにもいかんし。まぁ持って帰ってつまみにでもするよ」

当間は自分の懐から生ハム原木を取り出して、鞄に詰める。

今まで懐に仕舞ってたなんて、全く気が付かなかった美月は奇妙な物を見る目で当間の懐を眺めていた。

「あー、もー。ハラ減ったーー」

ミィが、駄々をこねる。食いでのありそうな生ハム裏切られて、起きた腹の虫が騒ぎ出したのだ。

「あー、そろそろ時間だね。会食に間に合わなくなるから、ここは御暇しようか」

そう言って当間はそそくさと退室準備を始める。ミィが暴れ出す予兆を感じてか、それともぐちゃぐちゃになった会場の苦情から逃れるためか、自分の荷物をまとめつつ美月たちにも急ぐよう促す。

「会食ってご飯だよね!」

「あー、うん。そうだねぇ」

息を吹き返したように張り切った声のミィに当間は曖昧な返事を返す。

「それじゃぁ行こうかね」

「「はーい」」

「ごはんだ、ヤッホーー!」

「ミィは現金ねぇ」

当間の号令にみんな元気よく答える。ちょっとクールぶった美月だったが、本心では楽しみにしていた。なにせ朝食抜きだったのだ。また緊張しそうな会食と言う響きを差し引いても心が躍る。

「あー、状況終了。これより退室する。概ね問題なし」

当間の無線に各々の了解が返ってくる。

「え、問題なし?」

嵐が去った後の様だった会場を思い浮かべ、美月は思わず声に出してしまったが、

「おおむね、ね」

当間はウインク一つして足早に廊下を歩き出すのだった。

「ああ、待ってくださいよー。会食は当間さんも一緒ですか?」

駆け足で当間に追いついた美月が尋ねる。

「え、あぁ、うん。そうだね。そうだ、一緒にリムジンに乗っていってもいいかなぁ」

「えぇ、構いませんよ」

広いリムジンを思い浮かべる。ひとり増えるくらい何も問題はない。

「ちゃんとした大人が一緒なら心強いです」

「え、そぉ?あははは⋯」

始終はっきりとしない態度の当間に、その時の美月は何も違和感を覚えていなかったのだ。


   5

午後は料亭で政府関係者と昼食会。11時から2時間ほどの予定だそうだ。

料亭と聞いて楽しみにしていた美月とミィだったが…、護衛は外に閉め出されてしまった。

ようやく慣れてきたリムジンで老舗の高級そうな料亭に乗り付けて、恐れ多さと好奇心のせめぎ合いの中、中居さんに案内されるがままに当間とバカップルの後に付いてたどり着いた豪奢な襖の前で、ようやく美月の心の中でせめぎ合いの決着がついた。勝ったのは恐れ多さでも好奇心でもなく、第三勢力である空腹だった。もう食べる気満々である。

中居さんが襖を開けて奥に通してくれるのをこれまたバカップル、当間に続いて敷居を跨いだところで、中に居た見知らぬ偉そうなおっさんによって待ったがかかった。

「なんだね君たちは。護衛は外で待っていたまえ」

パンクとゆるふわギャルの二人の女子を見てなんの迷いもなく護衛と断じたのには驚いたが、まさかの入室拒否には目の前が真っ暗になる思いだ。

ミィが絶望の表情で美月を見上げてきたので、美月も助けを求めるように前を行く当間に視線を送ったのだが、無言で手を合わせられただけだった。口が「本当にゴメン」と動いた気がした。かくして目の前で無慈悲にも襖は閉められ、美月とミィはポツンと廊下に取り残されたのである。ミィは燃え尽きた様に真っ白になってトレードマークのアホ毛もしおしおに干からびている。

確かに、よくよく考えてみると、ニュース等で会談中にSPも一緒にテーブルを囲んでいる。なんて姿を見た事はない。それでも期待していただけにショックも大きい。

「こんなの不公平だよぉーー!!」

ミィが膝から崩れ落ちる。気持ちは分からないでもないが大袈裟だ

。美月はただ呆然と襖とミィを交互に見つめていた。

すると、ゆっくりと襖が開く。二人の願いが届いたのか、それとも騒いだ苦情でも言われるのか、美月は身構えたがそのどちらでもなかった。

「美月さん、ミィさんとこれをどうぞ」

アランだった。

別れ際の悲壮感溢れる美月とミィを可愛そうに思ったアランが、先日街角で歌ったおひねりとして貰ったお菓子の残りを美月に手渡してくれた。

「お前が神かぁ!」

ミィが崩れ落ちたままの姿で胸元で手なんか組んでキラキラした目でアランを見上げる。アホ毛も少しだけ活力を取り戻している。その割にセリフは尊大な気がしないでもないが。

「うん、ありがとうね。アラン」

「はいっ」

美月がお礼を言うと、アランは満面の笑顔で部屋に戻っていった。


廊下でミィと一緒にアランに貰ったお菓子を食べながら不貞腐れていると、三角形こと木場が現れた。背後には邦堂をつれている。

「なんだね貴様らは、こんな場所で何をやっておるのだ」

木場と目が合った瞬間に不機嫌そうな声が飛んでくる。

「何って、警護ですかね。一応」

チョコ棒を片手に美月が答える。

「警護?菓子を食いながらなどとふざけているのか」

木場の怒気が強まる。

「あー。そうは言ってもおなかが空いてるんで。腹が減っては何とかって言うじゃないですか。えーと何だっけ」

虚ろな目で投げやりに答える。

「んー?腹が減ってはぐぅ~って鳴るじゃない」

ミィもスナック菓子をボリボリ食べながら気のない返事を返す。

「えー、そんなんじゃなくてさ⋯」

「えーい、腹が減っては戦はできぬだろうが」

堪りかねた木場が訂正する。

「あー、そうそう。そんなんだ。つか、分かってるならぐちゃぐちゃ言うなや。不審者として排除すっぞ」

ミィが食べる手を止めて威嚇しだしたのを見て

「はいはい、どーどー。ミィは空腹で気が立ってるから噛みつかれますよ?」

美月はチョコ棒をひと齧りしてミィを諌める。

「あ、これ美月も相当気が立ってるや」

いつもと雰囲気の違う美月の様子にミィは気がついた。

「それで、何しに来たんですか?」

「何って、私はフーリアとの交易を預かる部署の長だぞ、政府の代表として呼ばれたに決まっているだろう」

美月の問いにふんぞり返って答える。

「えー、偉そうなおっさんなら既に中に居たよね」

ミィの言う偉そうなおっさんは、さっき美月たちが部屋に入るのを止めた人物のことだろう。

「ゲストのフーリア大使たちより遅くに来るのはマズイんじゃないですか?遅刻ですよ」

「大丈夫だよ美月。政府の代表なのに呼ばれたとか言ってること滅茶苦茶だもん。きっと下っ端だよ」

「でもお迎えするゲストより遅いのは良くないよ」

「くそ、だから早く準備をしろと⋯」

ミィと美月のイビリに我慢できず、木場が愚痴を漏らす。

「僕は先に車で木場さんを待っていましたよ」

木場の愚痴に背後の法堂から訂正が入る。

女子二人にジトーっと睨まれて、木場は一瞬たじろぐ。しかし、それも一瞬のことですぐに虚勢を張ると

「ふん、野蛮な奴らだ」

と吐き捨てて、後方に控える法堂に向き直る。

「昨日騒ぎを起こした奴を中には連れて行けん。邦堂、君は外で待っていたまえ」

いつもの偉そうな態度で邦堂を入り口に残すと、すれ違いざまに、美月とミィを一瞥して自分はずかずかと中に入っていく。

「ちぇ、相変わらず嫌なヤツっ。三角形なんかに高い料理はもったいない」

ミィが木場の去った襖に向けて舌を出す。

「まったくですね」

邦堂も同意する。

「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしまして」

頭を掻く邦堂。

「昨日の騒ぎって…」

「いきなりの発砲はマズかったようで、怒られてしまいました」

まったく悪びれた様子の無い笑顔で答える。

「あたしたちを助けるために……ごめんなさい」

美月が頭を下げる。しかし、邦堂は

「お気になさらずに。頭を抱える木場さんの姿を見て僕も楽しませてもらいました」

そう笑いながら教えてくれた。それにしても、木場さんはどれだけ人望が無いのだろう。

「そうだ、邦堂さんも食べませんか?」

美月が駄菓子の入った袋を差し出す。

「おや、これは懐かしい。ありがとう、頂きます」

そう礼を言って、袋からひとつお菓子を取り出した。

「では、お礼にこれを」

と、二人に『手軽に栄養補給』のCMでお馴染みのプロテインバーを手渡す。

「ありがとうございます」

「わぉ。チョコ味じゃん。サンキュー」

襖越しのお座敷では、店の中居さん達によって忙しそうに料理や飲み物などが運び込まれ、会食が始まったようだ。談笑する声と食器がカチャカチャとぶつかる音がかすかに聞こえる。

三人は、廊下で床に並んで座って、縁側の奥に見える日本庭園を眺めながらボリボリと駄菓子を食べる。食欲をそそる和風だしの香りが腹立たしい。

「あらあら」

通りかかった一人の中居さんが、美月たちの持つお菓子を見つけて困ったような声をあげる。

「食べ物の持ち込みは困ります」

そうたしなめる中居さんをミィがキッと睨みつける。手にしたお菓子を守る構えで、「フーーーッ」

猫のように威嚇して見せた。

「こら、ミィ。食べ物を死守する野獣の目をするのはやめなさいっ」

ぺしっと頭を叩いて黙らせる。それでも、仲居さんは怖かったのか、そそくさとその場を逃げ出した。

「おやおや、ここも僕たちの安息の地ではないようですねえ。せめて、建物の外に出ましょうか。中庭でも散策してみましょう」

そう言って、邦堂が立ち上がった。

「そうね、ここで食事の音を聞いているのは精神衛生上よくないわ。特にミィが」

美月も倣って立ち上がり、ミィの襟首を掴んで立ち上がらせる。

バカップル。つまりフーリア大使の護衛とはいえ、それは名目上のこと。美月は巻き込まれただけの一般人だ。今は外も厳重に警戒されているし、閉め出されてここに居るだけで元々ここが美月たちの持ち場という訳でもない。この場を離れることに異存は無かったが……。

「あたしたちは構いませんけど、邦堂さんはここを離れても平気なんですか?」

素朴な疑問を投げかける。

「僕は木場さんのボディガードではありませんからね。今は木場さん以外の政府要人も居ますから、本職の警察やらSPやらが警護しているので問題ないでしょう。しつこいワイドショーの報道でさえ入れませんよ」

そう言って、さっさと歩いていってしまった。



外は晴れていい天気だ。時折ひんやりとした風が頬を撫でるが、太陽の光はぽかぽかと暖かい。

「ん~~、気持ちいいー」

美月が伸びをする。

3人は店の廊下から硝子戸を開けて勝手に庭に繰り出していた。履物は置いてあった突っ掛けを拝借している。

「ふー、三角形の邪気が払われるようだぜー」

物理的に距離を取ったせいか、それとも日光の紫外線で消毒でもされたのか、ミィは清々しい顔をしている。

「ミィさんは本当に木場さんが嫌いなんですねぇ」

それを見た法堂も実に良い笑顔をしていた。

「フヒヒ、お互いにな」

「いえいえ、ミィさんほどではありませんよ。ハハハ」

美月はそんな黒い会話をしつつ悪い笑みを浮かべている2人を眺めながら、袋からお菓子をもう一つ取り出してふと手を止める。そのまましばし思案して、お菓子を再び袋の中に戻した。

「おや、美月さんどうしたんです?」

そんな様子を視界の隅に捉えていたのだろう。法堂が疑問を投げ掛ける。

「いやぁ、お菓子じゃお腹いっぱいにはならないし。それなのにカロリーは高いのよね、なんて思ったらね?」

見つかったのが少し恥ずかしくて、照れ隠しに舌を出す。

「ああ、それは確かに。悩ましいですね」

法堂が優しく笑う。

心がほんわかとする様な爽やかな笑み。落ち着いた大人の余裕を感じさせる所作が自然で何とも言えない程似合っているのだ。美月はなんだか直視できずに視線をそらす。

ミィの「ほーぅ」という声が聞こえた気がした。

「あらまぁ皆さん、こちらにいらしたのね」

不意に声がかけられた方をみると、開けたままだった硝子戸から年配の中居さんが顔を出していた。

「ええ、勝手に出てしまって申し訳ありません。僕たちが廊下を占拠してしまってはご迷惑かと思いまして」

法堂が爽やかな笑顔で嫌味なく詫びる。

「さっすがー、人誑し」

ミィが口笛を吹いて揶揄する。

「いえいえ、良いんですのよ」

法堂の人誑しがなせる技か、それとも廊下で座り込んで菓子を食べるよりはましと踏んだのか、それは分からないがここにいても問題は無いらしい。

「それよりもお腹が空いていらっしゃるのでしょう?こんな物で申し訳ないのですが、どうぞお上がりになって」

そう言って大きなお皿に一杯のおにぎりを差し入れてくれた。

「わあおっ、おばちゃんサンキュー!!」

ミィが歓声を上げて飛び上がった。

完全解復したアホ毛がふわりと揺れる。

「わぁ、ありがとうございます」

美月も思わず声のトーンが上がってしまう。

「これは美味しそうですね。有り難く頂戴します」

そう言って、流麗に一礼して皿を受け取る。

「あらやだわ。足りなかったら言ってちょうだいね。おほほほ」

法堂に見惚れていた年配の仲居さんは誤魔化し笑いを残して去って行ってしまった。

「それでは、折角ですから頂きましょうか」

皿にかかったラップを外して差し出してくれる。

「いやっほぉーーぅ」

ご機嫌なミィに続いて美月も駆け寄って、3人は仲良く並んで縁側に腰を下ろす。

「いただきまーす」

美月は手にしたおにぎりを一口、口に運ぶ。パリッとした海苔の食感と香り。ふわっと炊かれた米は絶妙な加減で握られている。仄かな塩気もまた食欲をそそる。

「美味しい!」

もう一口食べ進めると、中からオカカが顔を出す。しっかりとした醤油の味と鰹節の風味がたまらない。流石は料亭で使っている鰹節、出汁の香りが鼻を抜ける。

「僕のは焼鮭ですね。賄とはいえ流石のクオリティです」

「酸っぱ!ミィは梅干し⋯」

「こういった場所ですと、最近の梅漬けではなく昔ながらの梅干しかもしれないですね」

「何が違うんですか?」

「塩分が違うんですよ。最近のはハチミツ漬けとか減塩とか、塩分5〜8%のものが多いのですが、昔ながらのものは塩分が20%近くになるそうですよ。因みに、減塩のものは冷蔵庫に入れておかないとカビてしまうそうです」

「へぇ、そうなんですね。知らなかった」

「むぐぐぐ、よし食べた。次は梅以外!これだっ!」

美月と法堂が話している間に無理矢理口に詰め込んだミィが2つ目に手を伸ばす。

「落ち着いて食べなさいよ」

呆れ声で嗜めるが、ミィの耳には届いていない。今度はいきなりかぶりつくのではなく、手に取ったおにぎりをパカッと割ってみる。

「ぎゃーす、また梅。ミィ、梅干しは苦手なんだよぉ」

「バカねぇ。梅干しの隣を取ったらそりゃ梅干しよ。ほら、この列はオカカ。梅干しはお皿に置いておいて、あたしが貰うから」

「美月、ありがとー」

ミィは梅干しおにぎりを皿に戻してオカカの列から一つ取ると、それを頬張った。

「うまー」

そんな美月とミィの様子を微笑ましく眺めていた法堂だったが、そう言えば。と話題を変える。

「午後の予定は決まっているのですか?本来なら報道向けの記者会見だったのがキャンセルになったと聞きましたが」

「あら、そんな予定だったんだ。あいつらまた嫌々って駄々こねたのね」

「当間さんもご苦労が絶えないようですね。ですがキャンセルは政府側の都合みたいですよ」

「そうなんですか?大使って言っても一般人みたいだし、記者会見は荷が重いって考えたのかなぁ。それとも、あのバカップルぶりを大っぴらに映すのは気が引けたとか?」

あれこれと考えてしまうが、今はそうではない。思考を引き戻す。

「ああ、そうだ。午後の予定でしたよね。スカイツリーを見に行こうと思ってます。水族館もあるみたいだし、時間を潰すには良いんじゃないかなって。実は、あたしもまだ行ったこと無いんですよ」

「それは良い考えですね。今日は天気も良いですし、展望台からの眺めも綺麗だと思いますよ。楽しんできてください。」

「はいっ」

法堂からのお墨付きを貰って嬉しくなる。

「あの、もしよかったら⋯」

「はい、どうしました?」

もじもじと言い淀む美月に、優しく真っ直ぐな笑顔を向ける法堂。あまりの不意打ちに、もしよかったら、法堂さんも一緒に行きませんか。と言うお誘いの言葉が出てこない。

「いえ、何でもないです⋯」

すっかり、尻込みしてしまう。いや、これでよかったのだ。今日は美月の個人的な予定で動くのではない。メリルとアランの案内をするという仕事で動いている。公私混同は良くないし、法堂を巻き込んでしまうのも良くない。

「そうですか?何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」

法堂が心配そうな表情を向けてくる。

「あはは、ありがとうございます」

ただ誘いそびれただけだ等と言えるはずもなく、愛想笑いを浮かべる。

「法堂、こんな場所で何をしている。帰るぞ」

硝子戸から甲高い怒声が響く。その場の誰もが憂鬱な気分になるその声の持ち主、木場である。彼は不機嫌そうに腰を擦りながらこちらを一瞥し、法堂を睨みつけるが、残念ながら法堂には全く意に介した様子がない。

「いやぁ、襲撃をここで迎え撃ってやろうと思いましてね」

「な、何かあったのか」

木場は一瞬慌てた様だったが、法堂の足元に気づいて一杯食わされたと悟る。

「そのサンダルでか?」

「いやあ、そうなんですよ。なにせ、実に穏やかな昼下がりでして。大変充実した昼食を取ることができました」

そう言って爽やかな笑顔を美月たちに向ける。そして、木場に向き直ると、その笑みが意地の悪いものに変わった。

「そうですよね、お互いにね?」

法堂の何かを見透かしたような笑みに、木場は腰を擦る手を慌てて何でもないという様に腕を組み、そっぽを向いた。

「も、勿論だ。実に有意義な会食だった。何も問題ない」

それだけ言い捨てて、ひとり去っていった。

「ふふ、分かりやすいですね」

「何々、三角形何かやらかしたの?」

ミィがウキウキとした様子で尋ねる。

「あの様子では、その様ですね」

「え、法堂さんは知っていたんじゃないんですか?」

「腰を擦っていたのでカマをかけただけだったのですが、思いのほかうまくいきました。後で当間さんか大使の方に聞いてみると良いですよ。僕も出席していた人に聞いてみる事にします」

そう悪戯っぽく笑う姿もなんだか眩しく感じる。

「え、はい。メリルに聞いてみま⋯す⋯」

美月は目を合わせられずに消え入りそうな声で答える。

「さてと、僕もそろそろ戻らないといけませんね、実に不本意ではありますが」

小さくため息をついて美月とミィに向き直る。

「今日はお誘い頂きありがとうございました。とても良い有意義な昼食でした」

にこりと爽やかな笑みを浮かべてそう礼を言い、ごきげんようと、フランス貴族のような優雅さで挨拶をして颯爽と去っていった。

「こちらこそ、ありがとうございました」

「おう、サンキューなっ!」

美月とミィも去りゆく背中に慌ててお礼を述べる。

法堂の姿が見えなくなるまで見送ってから、美月はようやく肩の力が抜けたように大きく息をはいた。

「ねぇ、ミィ。邦堂さんて、ちょっとカッコよくない?」

緊張が解けた美月はキラキラした目でそんな事を口走る。言ってから後悔した、何せ相手はあのミィなのだ。

「えー。美月はあーいうインテリが好きなの?」

案の定の塩返答に、美月はがっくりと肩を落とす。

「好きとかそんなんじゃないけどさ」

「一緒に居るのが三角形だから、相対的に良く見えるだけだって、ふひひ。三角形の袖口見た?醤油ついてた。あれは緊張してガタガタだったね」

声を押し殺して笑う。

「あんた、よくそんなトコまで見てたわね」

すっかりテンションが下がった美月は、残ってしまったおにぎりを4つ、被せてあったラップで包みつつ、ミィのいらない気づきに感心する。

「ふっふっふっ、もっと褒め称えるが良い。因みに、ずっとさすってた腰。引くほど強打してるね、歩き方が変だったもん」

「へぇ、それは⋯ご愁傷さまだわ⋯」

「美月さーん、行きますよー」

アランが硝子戸からひょっこり顔を出して美月に呼びかける。

「はいはい、ちょっと待っててね」

「アラン。丁度いいところに来た!三角形何か面白いことになってなかった?」

ミィが浮かれた足取りで駆け寄って尋ねる。

「えっとー、それはー」

「え、なになに?あたしにも教えてよ」

「美月さーん。おまたせしましたわ。安心してください、しっかりと敵はうっておきましたわ!」

美月も駆け寄ると、アランの奥からメリルが顔を覗かせて、フンスと鼻息荒くドヤ顔で不穏な報告をしてきた。

「ええ、いったい何が⋯」

「本当に肝が冷えたよ、ハハハ」

いつの間にそこにいたのか、メリルの横で当間が疲れた顔で呟く。

「隊長がそんな顔するなんて、期待が膨らむじゃん!さぁアラン、話すんだっ!」

ミィが嬉々とした様子で詰め寄った。

「何でミィ君はそんなに楽しそうなのかね」

当間が愚痴をこぼすが、それは当然のように黙殺される。

ミィの勢いに少し押されつつも、バカップルが話してくれた内容は以下の通りだった。

「三角形さんが午前中の式典のことを聞いてきたんですよ」

「何かトラブルがあったそうじゃないか?なんて、嫌味ったらしく言ってきたんですのよ!」

木場の声真似を精一杯嫌味増々で演じたメリルはたいそうご立腹の様子だった。

「わたくしだって、少しはやり過ぎちゃったかな?って反省をしなくもないんですのよ」

「「ねー」」

反省の色は微塵も感じさせない声がハモる。あの惨状はもっと反省すべきだと思うが、ここは黙っておく。これまで散々わからされてきた美月には、言っても聞かないことは解っているのだ。

「しかも、突然に重力が消失して会場を混乱に陥れたとか、悪しざまに言い出したんです」

うんうん、そこは美月とも認識が一致している。

「その上で、自分たちなら冷静に対処するから問題は無かった。JA3Sのエージェントは情けない。なんて美月さんをバカにしたんですのよっ!」

メリルは拳を握ってフルフルと震わせている。

そこは突かれると痛いところだが、木場に言われると美月もイラッとする。いや、それどころかどこまで知っているのだろう?まさか見られていたの?もし見られていたのだとしたら、記憶を消さなければならない。知れず、美月の拳にも力が入る。

「美月さん、大丈夫ですよ」

アランが優しい笑みを浮かべる。

「そうですわ。大丈夫、ヤッてやりましたわ!」

メリルも慈愛に満ちた笑みを浮かべて、また物騒なことを言い出した。

「ヤッたって?」

ミィは悪い笑みが止まらない様子で先を促す。

「自信満々に対処できるって言うので、三角形さんと、ついでに美月さんたちを追い出したおじさんの周囲の重力をゼロにしてみたんです」

「あんなに自信有りげでしたのに、慌てふためいておじさんと二人揃って天井にぶっとんで行きましたわ。もう天井に突き刺さるんじゃないかって勢いで!」

「それで、今すぐ戻せって怒るので、重力を戻したんですよ」

「今度は天井から畳に向けて真っ逆さまですわっ」

「フヒヒ、それで思いっきり尻を打ち付けたのか」

ミィのように笑う気にはなれないが、美月にも合点がいった。

皆で和やかにおにぎりを食べている裏でこんな惨事が起こっていたとは思わなかった。

「そのおじさんはついでに巻き込まれて散々だったわね」

美月の言葉にメリルの顔に黒い影が落ちる。

「良いんですの。美月さんとミィさんに意地悪をした報いですわ。一緒にご飯食べたかったですの」

「あー、うん。ありがとうねー。よしよし」

メリルを抱きしめて頭を撫でる。落ち着いて、お願いだから。美月の思いが伝わったのか、メリルの緩みきった声が漏れ聞こえる。

「えへへー、美月さんになでなでされましたー」

「いいなー」

なんでか羨ましそうにアラン。

「ふん、アランよ。ミィ様が褒めてやろう、よくやったぞ」

「わーい、ありがたきー」

ミィのおふざけにアランも乗っかる。

「なんであなたがそんなに偉そうなのよ」

「えー、いいじゃん。三角形討伐だなんて表彰ものだよ?」

ミィがケラケラと笑う。

「そんな気軽に言ってくれるけどさぁ、産業大臣までついでにぶっ飛んでいっちゃって、後でネチネチ言われそうだなぁ」

当間が元気なくボソリと言う。美月たちを追い払ったあの居丈高な男性は、かなりの大物だったらしい。

「三角形の煽りがきっかけなんだからさ、ネチネチ言われそうになったら押し付けちゃいえばいーじゃん」

ミィが木場のせいにすることを提案する。

「そ、そうですわ。わたくしだってチクチク嫌味を言われなければおとなしくしていましたのにっ」

「「ねー」」

バカップルもしどろもどろに同意する

「うんそうだね、そうしよう」

結果、当間もミィの案に全力で乗っかった。

「大臣が巻き込まれたのは木場の教育がなってなかった連帯責任と」

「え、そうなりますの?」

「まぁそうなるかー」

美月に意地悪をしたから。なんて本当のことを言えるはずもなく、ついでの大臣にはその様に説明するのがもっとも丸い。

「うむ、俺が怒られるんじゃないとなれば気分も晴れてきた。いやぁ、実に楽しい昼食だったなぁ。政府の金で食う飯は格別だ」

実に晴れやかな笑顔で当間が言い放った。

「ミィも政府の金で食べたかったが?隊長の金でも良いんだぜ?」

ミィが当間の喜びに水をさす。これはとんだ藪蛇だと、当間はそそくさと撤退の準備に入る。

「それじゃあ俺は歩いて帰るから。君たちは車でスカイツリーだっけ、ゆっくりと楽しんでおいで」

「え、歩きですか。最寄りの駅まで乗っていきませんか?」

美月のお誘いにもとんでもないと、ブンブン首を振り後退る。

ミィがたかる気満々の目で当間を見ているが、それには気づかないふりをして、

「腹ごなしの散歩も兼ねるから、お気遣いなく。それでは、これで!」

そう言い残して、当間は足早に去っていった。

「あ、行っちゃった⋯」

「くそぅ、逃げられた」

「速かったですねー」

「見事な逃亡でしたわ」

4人が見送る中、

「昼食会、無事終了。これより対象は自由行動に入る。各員適切な距離を保って警戒を厳にせよ。俺は事務所に戻る。逃げ帰ったんじゃないからな、絶対だぞ」

なんとも締まらない当間からの無線が入り、それにミィがブーイングで答えると以降しばらくの間、無線は黙秘を貫いたという。





三角形の受難再び。

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