ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」04
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舞台袖からこっそりと様子を伺った限りでは、アランもメリルも来賓の集団の中で大人しくしているようだった。
時折、隣の見知らぬおばさんから話しかけられていたり、テーブルのグラスをあおって初めて飲むシャンパンに目を白黒させたりという事はあったが、周囲にも本人たちにも不穏な動きは見られない。
美月は2人から視線を外して周囲の様子を確認する。
今美月たちが立っているのは、小規模な演劇も出来そうな緞帳付きの舞台だ。その舞台を正面に、豪奢な内装の大広間が広がっている。仕切り壁で会社の重役会議から芸能人の結婚披露宴までをこなせるフレキシブルな構造で、今回は朱雀の間と玄武の間の2区画を利用する500人規模の立食パーティー仕様との事だ。
部屋の両脇には軽食やグラスドリンクが綺羅びやかに並んでおり、中央には白い布でおめかしした丸いテーブルが等間隔に佇んでいる。
天井にはキラキラと光を乱反射しているシャンデリアも見えるが、天井が高いので圧迫感は全くない。
「また場違いな場所に来ちゃったわね」
美月は居心地の悪さでぐうの音も出ない。
そしてぐうといえば、お腹の方はぐうと抗議の声を上げ始める。こんな時でもお腹は空くのだ。
今朝は準備に時間をかけすぎて朝食を抜いてしまったのだ。
「美月ー。美月の腹の音せいでミィもお腹すいたー」
隣でミィが不満の声をもらす。
「ミィはシリアルいっぱい食べたでしょ」
お徳用サイズで用意したシリアルの空袋が食卓の上に投げ捨てられていたので、アランと2人で食べきったのだろう。
「食べたかどうかじゃないんだよ、美月。隣で腹がなったら条件反射で食べたくなるものだろう?」
ミィが何かを悟った様な顔をしているが、美月の共感は得られなかった。
「そんな経験ないからわかんないわ…」
「隣であくびされるとあくびが出たりするじゃんー。きっとそんなヤツだよう」
「ああ、うん。そっちは分からないでもないかな」
「でしょ?」
「だからといってお腹の方はわかんないよ?」
「くそう、強情なやつめ!あぁ、あれはローストビーフ!」
壁沿いのテーブルに並ぶ軽食を指差して悲鳴のような声を上げる。
「よく見たら、あっちのは生ハムの原木じゃん。なんて罪深いんだ!」
腹ペコ猫娘の悲鳴はもう半ば泣き声になっている。
「あれをマンガ肉みたいにまるかじりするのがミィの夢なんだ⋯」
「うん、それはわんぱくが過ぎるかな」
「開会の挨拶なんかが終わったら軽食の提供が始まるから、ミィくんも美月くんも貰いに行くと良いよ。まずはほら、ドリンクを持ってきたからこれでも飲んで落ち着いて」
いつの間にかふらりと何処かへ姿を消していた当間がシャンパングラスを持って戻ってきた。
「ジュースだから心配することはないよ。こう見えてもTPOは弁えているからね」
残業の東條に昨夜ロング缶ビールを押しつけた都合の悪い記憶はすっかりなかった事して、当間は紳士の顔で美月とミィにグラスを手渡した。
「ありがとうございます」
受け取ったシャンパングラスに口を付ける。濁りのある不透明の液体は、リンゴジュースだった。スーパー売っている紙パックのそれとは違う濃厚なリンゴの味わい。
「美味しい」
「それはよかった」
「あれ、ちょっとまって。これって乾杯用?」
「いやー、どうだろう?それは直前に配られるんじゃないかな。それに舞台裏で乾杯待ちも無いだろう」
当間がすっとぼけた。
「そーゆーことなら隊長、おかわり!」
一気に飲み干したミィが上司を顎で使おうとする。
「こらミィ、自分で貰ってきなさいっ」
「ちぇー」
ミィが悪態をつきながらも舞台裏の奥に消えていく。
「ふむ、美月くんはお母さんみたいだね」
「えぇ、それってどういう⋯」
「いやいや、深い意味は無いんだ。ただ面倒見が良いから将来は良いお母さんになるんじゃないかって話だよ。最近はコンプラとか色々厳しいから余計なことは言うものじゃないね」
「いえ、怒っているとかじゃないんです。ただ初めて言われたのでビックリしたっていうか⋯」
赤面して慌てて言い訳のようになってしまう。
「ただ、言われてみると、短大のセンパイと一緒に暮らしていた時は、最終的にその破天荒なセンパイの世話を焼くような立ち位置に落ち着いていた様な気もします」
「ほう。そういった事に慣れているのかな?下の兄弟がいたり?」
「いえ、一人っ子ですよ。センパイが卒業した後は良くできた後輩ちゃんと一緒に暮らしたんですが、その娘が完璧すぎて頼っちゃって、あたしがママー!って甘えちゃう感じでしたよ」
懐かしい思い出で、ちょっとだけ黒歴史でもある。
「わはは。それはしっかり一人っ子しているね」
「帰還ーっと。何の話?」
ミィが片手にグラス。そしてもう一つのグラスをギプスと体の間にガッチリとホールドして戻ってきた。
「ただの昔話よ」
「ふーん。それより聞いておくれよ。生ハム持ってこようとしたら、乾杯の後からの提供だって断られたんだよ。酷くない?」
「酷くはない!当たり前でしょ、提供開始前にお客さんより先に裏方が食べちゃったらダメでしょう」
「でもでもミィの手をはたいてまで死守すること無いじゃんー」
「ええ、そうねぇ。いやでも。まさかあんた原木を直で行こうとしてないわよね?」
「え、したよ」
悪びれずに答えるミィに、美月は思わず深い溜息をつく。突然に原木泥棒が現れたら焦って手が出てしまうのもわかる。
「ホテルの人グッジョブだわ」
「うむ。被害が未然に防がれて良かったよ」
当間もほっと胸を撫で下ろす。身近にとんだ山賊がいたものだ。
「メリルたちの悪戯だけでも気が気じゃないのに、余計な心配事増やさないでよね。で、あたしの分もおかわり持ってきてくれたの?気が利くじゃない」
ミィの持つ2つ目のグラスに手を伸ばすが、ミィはその手をすいっと躱す。
「違うよ。こっちは戻る途中で飲むようで、こっちはここに着いてから飲むようだもん。おかわり欲しかったら美月も自分で取ってくればいーじゃん」
プイッとそっぽを向いて、手に持っていたグラスの残りをぐいっと飲み干した。
「あー、はいはい。後でお料理が解禁されたら持ってくるわ」
呆れ顔で適当に返しておく。
「ミィくんが申し訳ない⋯」
部下の不始末は上司の責任。なのだろうか、当間が頭を下げる。
「気にしないでください。こういうヤツだってのは、もうわかってますから」
「フヒヒ、物わかりが良いじゃないの。っと、始まるみたいだよ」
ミィが舞台中央を指さす。若い、癖のある髪型の男性が壇上に上がって、演説台のマイクを前にして立つ。観衆から拍手がわき上がった。
「皆さん、そして──惑星フーリアから訪れてくださった尊き友人たちへ。今日は、人類の歴史に刻まれる“革命の日”です。
そしてその始まりの⋯」
芝居がかった声で挨拶文を読み上げていく。大げさな身ぶり手ぶりで癖のあるテクノカットがブルンブルンと揺れている。
「胡散臭ーっ。連獅子かっつーの」
振り乱される赤いテクノカットを見て、ミィが吐き捨てるように言う。
「あはは、あの人はテレビじゃいつもあんな感じよ、すべり芸?でもこんな場所に呼ばれるなんて意外ね」
「そりゃぁ、あー見えて宇宙開発の寵児なんて呼ばれているからね」
当間が補足する。
「え、そうなんですか。なんかお金持ちってキャラで売ってる芸人さんだと思っていました」
「そうなんだよ、意外だろう?とは言え、そのお金持ちキャラってのもおおよそは正解だね。投資家として得た莫大な資産を当時は浪漫以外の何物でもなかった宇宙開発に全ベットしたんだよ。それが受けてテレビなんかでも呼ばれるようになったと。まぁ、あのキャラが立ちすぎて投資云々は完全に形を潜めているがね」
「へえ、意外かもです」
「そんなん言うてもヤバめのおっさんには違いない」
よほど受け付けなかったのだろう、ミィの評価は低い。
「そのヤバめのおっさんがこの会場をセッティングしてんのよ。この会合の元締めってやつでね。今じゃ日本の製造業界を束ねる産業連携機構の会長だって言うんだもの。ホント意外だわ」
当間にも思うところがあるようだ。
美月は舞台に視線を戻す。スピーチは先ほどよりも一層熱を帯びている。
「今日は、人類の歴史に刻まれる“革命の日”です。
技術とは、ただの道具ではありません。
それは「意志」です。より良く生きたい。理解し合いたい。未来へつなげたいという、私たち人類の“魂の結晶”です。
そして今、その意志は宇宙を越えて、あなた方の文明と、私たちの心を結びました。
これは奇跡ではありません。
これは“選択”です。
あなた方が、地球を、そして私たちを「信じてくれた」選択の結果です」
拳を握りしめ訴えかけるように声を張り上げる。テレビで見かける、あの少し鬱陶しい芝居がかった演説の範疇を超えた本気の叫びだ。
美月は当間に視線を向ける。
「当間さんは、苦手なんですか?」
「ん?何がだい?」
「いや、さっき呆れたような口調だったので」
「ああ、いや。少しね。そうだな、投資家としての能力は買っているんだよ。おかげで民間の宇宙開発で他国に遅れを取らずに済んだ。それどころか、フーリアの技術移転では大きな混乱もなくこうして進めることが出来ている」
当間は小さくため息をついた。
「でもね、それは自分の野望を叶えるための手段だったわけだ」
「野望ですか?」
「聞いたこと無いかい?自分は月に住みたい。って言っているのを」
確かにテレビでそんな事を言っていた。何故無謀と思われた投資を行い、そして成功させたのかと問われて「だって月に住みたいじゃないですか」と大まじめに答えるのだ。そこで間髪入れずに月じゃぁコンビニとか行くのも遠くて大変ですなぁとツッコミが入るといった流れだったと思う。
「聞いたことあります。でもそういう冗談じゃないんですか?」
「いやいや、彼は大真面目だよ。そのためには手持ちのコネも財産もすべてつぎ込もうというくらいにはね」
「でも、まぁ個人の能力の範囲ならやらせてあげても」
「彼の立場って覚えているかい?」
「業界をまとめる会長さん⋯あ、もしかして」
「そう、そのもしかしてが大正解。自分の立場を利用して強引に月開発を進めようとしたのさ。詳細は端折るけどそれが国内外から大きな反発を生んでね、それを収めるのにおじさん本当に苦労したんだよ」
相当な苦労だったのだろう、目に涙をためながら語る姿には悲哀さえ感じる。
「それは⋯お疲れさまでした⋯」
美月には労いの言葉をかけるのが精一杯だった。
「隊長を泣かすなんて、あいつスゲェ⋯」
しきりに感心しているミィは放っておく事にする。
話題の中心人物は、舞台袖での会話は何も知らず演説にますます力がこもっていく。自分に酔ったように、演劇の主人公のように、滔々と語った挨拶の言葉はついに終わりを迎える。
「この瞬間から、私たちは「ひとつ」です。
ともに、未来を切り拓きましょう!
ともに、この宇宙の一員として、歩みを進めましょう!
本日は本当に、ありがとうございました」
一礼して去っていく男を会場の拍手が見送る。あの熱弁からすると少し寂しい拍手。いや、決して少ないというわけではない。式の内容と参加者数に見合った盛り上がりなのだが、演説が過剰すぎた。これは仕方がないだろう。
「次は大使の出番だ。各員警戒を厳にせよ」
無線に当間の指示が入る。
「了解」と各々が無線に返す。美月にも緊張が走る。
「美月くん、そう心配しなくても大丈夫だよ」
当間が美月の緊張をほぐそうと声をかける。
「敵さんが反宇宙人組織なら、ここじゃ襲ってはこないさ」
美月が不思議そうな顔で当間を見やる。
「このイベントの参加者の多くがあいつらのスポンサー企業だからね、無茶はできんよ。ここの警備は念の為、形だけみたいなもんさ」
当間が片目をつぶって問題ないと太鼓判を押す。
もちろん、美月の中には襲撃の可能性も頭の片隅にはあったが、バカップルの悪戯をもっとも懸念している。
「でも当間さん、悪戯の方は大丈夫でしょうか?」
美月の問いに、当間は顔を手で覆う。
「あぁ、そうだった」
「たいちょう、責任よろしくー」
ミィも無表情で責任を放り投げる。
「ミィはな~んにも知らないもーん」
もはやとりつく島もない。
司会による紹介が終わり、拍手で迎えられたアランとメリルがヘラヘラと笑みを浮かべつつ壇上に上がってくる。
「えーっと。はじめまして、アランです。これは美月さんが付けてくれた地球名で、本名はさっきの紹介のとおりです」
「わたくしはメリルですわ」
「僕たちはお互いの思っていることが何となくわかるので、誰かの名前を呼ぶ習慣がありません。なので名前は長くても困ることが無いんです」
「でも、地球に来て呼びやすい名前を付けてもらってみたら、名前で呼んでみるのも悪くないって思えましたの」
「「ねー」」
2人向かい合って手を合わせる。「ほぉーう」という感嘆の声が観客から漏れ聞こえる。
「さて、技術的なお話でしたね。皆さんは他の星。今回はちょっとだけ異例なんですが、地球の衛星である月にたどり着いたことで、我々『銀河連盟』への加入を果たしました」
「え、そうなの?」
アランの説明に驚いて、美月は思わず当間の顔をみる。
「月到達からずいぶんと時間が経ってはいるが、実はそうなんだよ。光の速さでも何年もかかる星とを繋ぐ準備だからね。まぁ、これくらいの時間は必要だね。ちなみに、無限の予算とも言われたアポロ計画は、人類が他の星に渡る技術を身に着けた時に交流を開始するというフーリアとの密約があってこそだったんだ」
「それじゃあ、主導権が欲しくてアメリカは無茶をしたと」
「いや、色々と勘違いがあってね。フーリアとの交流を独占できると考えていたみたいだ。当時の冷戦もあって、宇宙人の技術を独占すること。というよりも、自分たちに無い技術を相手に得られるという事が死活問題だっただろうね」
「確かに」
「しかし、いざ交流が始まってみればフーリアには1つの星にいくつもの国がひしめき合っているなんて発想自体が無かったわけだ。だから国ではなく地球と交流を開始するという事になった」
「火種にならなくてよかったですね」
「まったくだな。しかし交流開始にちょっとした問題が発生したんだ。フーリア側は別の星を別の恒星系と想定していた。しかし地球側は何でも構わないから星。ならば一番近い月でも良いだろうと。そう考えた訳だ」
「全然違うじゃないですか、よく認めてもらえましたね」
「うん。翻訳のミスだったんだね、正確に伝わっていなかったのは仕方がないと。これがアランくんの言う異例だね。彼らには、アポロ計画の大きなロケットが段階ごとに切り離されて段々小さくなって、最後には小さな着陸船になってしまうのがウケたらしい。彼らにとっては木をくり抜いた丸木舟で太平洋を横断する様な、そんな風に見えたんじゃないかな。そんな訳で興味を持たれて、こうして制限付きながら交流が始まったという訳さ」
「はぁ、あたしたちが知らない裏で、そんな事があったのね」
「フーリアとの通信ラグやら何やらで、音沙汰のない期間も長かったからね、当初は誰しもが半信半疑だったのさ。確証はないが可能性はあるから全力で月は目指さなきゃならん。いざ到達してもすぐには反応が返ってこないから疑心暗鬼に陥りつつ宇宙予算を削って冷戦に勤しむ。フーリアからの連絡が来た頃には冷戦も終わっていて、さあどうしたものか。欲を言えば、交流開始前に自力で火星くらいは到達していたかったと言うのが本音。とは聞いたな」
「詳しいんですね」
「まあね、現地でそういう話を聞き出すのがお仕事だったからね」
当間は少しだけ誇らしげにそう語った。
「ーースピード。と答える人も多いかもしれませんね。しかしそれは答えとしては不正解です」
美月が当間と話をしている間にも、アランの話は先に進んでいた。今は恒星間航行には何が必要かという内容らしい。
「速度も確かに重要ですが、それだけではどうにもなりません。なぜなら慣性があるからです。短い時間で亜光速を目指すととてつもないGが体をぺしゃんこにしてしまうでしょう。ぺしゃんこは嫌なので逆に、ゆっくりと速度を上げて行くとしましょうか。ここでは解りやすく、8慣性を擬似重力として利用できる1Gで加速したとしましょう。すると地球の約1年間加速を続けることでやっと光速に近づきます。つまり、1年間噴射し続けるだけの燃料が必要になるわけです。さらに、忘れてはならないのは止まるのにも同じだけの燃料が必要になるという事です。そんな膨大な量の燃料を持った船なんて僕たちの技術でも作れません。つまり、発想の転換が必要です。まずは、エネルギーを外から持ってくる。それが僕たちが宇宙に出るにあたっての第一歩でした」
そう言って、手元で何かを操作すると、空中にピラミッドのような黒い四角錐が映し出される。チョココロネが映し出す立体映像だ。
美月は既に知っていたので驚きは無かったが、観客からは感嘆の声が上がっている。立体映像自体はそれなりに訴求力があるのだ。あの後付けの字幕が無ければもっと感動もあったかもしれない。そう思うと少し勿体無い事をしたと思う。
「なかなかの映像じゃないか」
当間も感心したようにつぶやく。
「そう、ですねぇ。あははは⋯」
「ねぇ美月。あの立体映像なんか荒くね?」
同意で流した美月に、ミィが興ざめしたように同意を求めてくる。
確かに、ツルッとした表面は単調でテクスチャを貼り忘れたポリゴンにも見える。
「贅沢言うんじゃありません」
実物もつなぎ目も装飾もないツルッとした質感と言う事も無くはないはずだ。そう自分に言い聞かせてみる。
「美月、無理はよくないよ⋯」
ミィがジト目で見てくる。
「⋯これは、空間エネルギーの抽出装置です。一点だけ空間を崩壊させて異空間と繋ぐことで、そこから無限のエネルギーを引き出します。」
映像の四角錐がほのかに青白い光に包まれて、次の瞬間には頂点から一条の光が迸る。
「これで、恒星間航行の準備は整いました」
「地球での暦で2000年くらい前の技術ですわ」
「そう、でもこれはまだ始まりに過ぎません。空間エネルギーは重力の偏りを利用し、空間を崩壊させて得るのですが、その技術を派生させて重力を自由に制御する術を得るに至りました。これにより、加速の衝撃にカウンターの重力当てて打ち消すことも、人工重力を作り出すことも可能となりました」
「今から実演をいたしますわ」
メリルがニコニコと楽しそうに手にした小さなリモコンのような機械を操作する。
「「無重力体験スタート!!」」
二人の掛け声とともに、観客たちの髪の毛が重力に逆らってふわりと揺れた。自身に起こった変化に驚いた誰かが一歩足を踏み出すと、その足は地面から離れて等速直線運動で斜めに天井へ向けて上っていく。宙に浮いて行く服の裾を誰かが掴んで引き留めようとする。しかし、手を伸ばした際に体の重心が移動したのだろう。そのままあらぬ方向へとゆっくりと回転しながら飛んでいく。
そんな光景が、あちこちで散見された。
会場は悲鳴や怒号で溢れ、ちょっとしたパニックになっている。
「せっかく天井の高い部屋なんだから、めいっぱい使って楽しみましょうー」
メリルが明らかに余計なことをした。会場の重量がゼロからマイナスになったのだ。会場の人もテーブルもグラスも、全ての物という物がふわりと宙に浮かびだす。
「あ!生ハム原木!!」
会場の隅で宙に浮かぶ生ハムを目視したミィが会場めがけて飛び出した。
「あ、ミィ。危ないからダメ!」
メリルとアランは今まで通り舞台に立っている。つまり、重力のある舞台上に居れば安全なのだ。それなのに自ら危険に飛び込むなんて訳がわからない。
「食べ物追いかけて怪我とか、シャレになんないんだから!」
美月の思惑では舞台袖から飛び出そうとするミィをギリギリ捕まえられる予定だった。
しかし、2つ想定外の出来事があったのだ。
1つ、食べ物を追いかける本気のミィは速かった。これ迄に見たこともないような速度で跳躍して、会場の混乱の中に消えていった。結果、美月の手は空を掴むことになった。
そしてもう1つ。舞台袖から舞台に出て、明らかに重力が小さくなっていることに気がついた。
メリルとアランが涼しい顔をしているから騙された。
重力が小さくても立っていることは出来る。宙に飛び上がらないよう、大きな動きは控えているのだろう。
おそらく、重力制御の境界にある程度の幅があるのだ。舞台スレスレまで最大限に無重力の効果を発揮させるために舞台上はその余白として中途半端に重力軽減の効果が現れている。
普段であれば何の問題もなく舞台上に着地する美月の一歩は大きな放物線を描く。
「美月くん!」
背後で当間の叫ぶ声が聞こえる。飛び出す美月を捕まえようとしてくれたのだろうが、届かなかった。
「え?ちょ、待って!」
美月は慌てて何か掴むものはないかと手を伸ばすが、その手は敢え無く空を切る。
そして、嘘みたいに軽く感じる体が舞台を飛び越えた瞬間、天井に向けてゆっくり落下する酷く気持ちの悪い感覚に見舞われた。
上下の感覚が消失し、本能が必死に重力を求めて足掻くが、その片鱗さえも見つけ出せない。目眩がする。ぐるぐると視界が回る。そうか自分は今回転しているのか。状況は分かったがどうやったら止まるのかが分からない。
「あれ、美月さんも無重力体験したかったんですね!」
アランが呑気なことを言う。
「そんな風に見えるか!どうやったら止まるのよーー」
「あらら、美月さん。パンツ」
メリルの指摘で気がついた。無重力でスカートがふわふわと広がってその役目を完全に放棄している。
「マイクでなんて事言うんだ!」
美月は顔を真っ赤にさせて、慌ててスカートの前を押さえる。気持ちが悪いとか言っている場合ではない、これは尊厳に関わるのだ。
「ーー真っ白で綺麗なお尻ですわ」
一瞬頭が真っ白になった。メリルの一言で周囲の混乱は沈黙し、視線が自分に集まっている気がする。
そうだった、自分が履いているのは雪豹柄のTバックパンツ。過去に美月が目撃した三杉綾香の衝撃的な黒いひも一本しか隠すものが無い尻がフラッシュバックする。
今、あのセンパイと同じ格好をしている。お尻で直に空気を感じながら、くるくると前転をするように回り続ける。
「ぎゃあああ!!だから、何でマイクで言うのよおおぉぉ!」
スカートが捲れないように右手で前を、左手でお尻を押さえたまま、涙目でくるくるくるくるーー。
重力の方向とか、気持ちが悪いとか、そんな些細なことはもはやどうでもよくなっていた。
お尻公開事件。またまたアホなものを書いてしまっ
た




