ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」03
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二人で悪企みの相談をしていたバカップルは、準備があるからと言い残して虹色に光る玉ーー救命ポッドだったかに引きこもってしまい、車内は平穏そのものだった。
美月は時折、イヤホンから流れるラジオの音楽に耳を傾け、ミィと他愛のない話をして、窓から見える街並みをぼんやりと眺めて、そうこうしているとリムジンは新宿にあるお高そうな格式ある佇まいのホテルに停車する。
運転手さんがドアを開けてくれたところを見るに、ここが目的地なのだろう。
またもや場違いな場所に来てしまったと後悔しつつ、運転手さんにお礼を述べて車を降りる。座席の上に転がったままの救命ポッドを回収しておくことも忘れない。
運転手さんは不思議そうに七色の玉を見ていたがそれも一瞬のことで、「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をして送り出してくれた。
美月が車を降りて一歩目を踏み出したところで、
「お待ちしておりました」
一息つく間もなく、今度はドアマンに迎えられる。ドアマンは
少し戸惑ったような表情で美月とミィを交互に見比べる。
ドレスコード。そう、こんな格式高い場所に来るだなんて思っていなかったのだ。ラフなセーターにひざ上丈のスカート。この場にはカジュアル過ぎる。ミィにいたっては相変わらずのUKパンクファッションだ。そもそも、SPらしい格好から大きく外れているのだが、そこは気にしていない。
「ええと、4名様と伺っていたのですが」
ドアマンが恐る恐る問いかけてきた。どうやら戸惑いの原因はそっちだったようだ。
「ごめんなさい、今呼び出しますのでちょっと待ってもらえますか」
彼の戸惑いは自分の服装が原因だと勘違いしていたのが少し恥ずかしくて、誤魔化すように救命ポッドをブンブンと振る。
「こら、アラン、メリル!出てきなさい。もう到着したわよ!」
すると、虹色の玉はサイケな光を放ちながら2人の悪戯小僧を吐き出した。
「うわぁっ」と悲鳴を上げて、それを目の当たりにしたドアマンが尻もちをつく。
「もう着いたんですの?」
「もう少し準備を詰めたいのですが、無理そう?」
「「あれ、どうしたんです?」」
ひっくり返っているドアマンを見つけて怪訝に問う。
「あんたたちが急に現れるから驚いたのよ!」
トトンと2人にチョップを入れる。
「あー、なるほどぉ」
「それならば、これも演出に使えますわね」
頭を擦りながらも、反省の色が見えない事をつぶやきながら考え込む素振りを見せる。
「ホントやめようねぇ」
「「はい⋯」ですわ」
「美月、笑顔が怖いよ?」
ミィが引きつった顔で忠告するのだった。
驚かせてしまったドアマンに謝罪して、ホテルのロビーに案内してもらう。
そこで案内役がホテルマンに引き継がれて、美月たちは大広間の控室に案内された。
案内される道すがらに聞いたのだが、事前に『宇宙人御一行とその案内役』と周知されていたようだった。スタッフは皆、生まれて初めて出会う宇宙人という存在に緊張していたそうだ。
「なんかスミマセン。実際に出会ったら拍子抜けしたでしょう」
美月は、呆けた顔で廊下の装飾を眺めているバカップルをチラ見して、なんだか居た堪れなくなって思わず謝ってしまった。
「いえ、そんな事はありませんよ」
案内してくれるホテルマンはそう言って笑顔を向けてくれたが少し引きつっていた。これが緊張から来るぎこちなさでは無い事は明らかだ。
「ここにいる宇宙人は宇宙人の中でも最弱!次回もそう上手くいくとは思うなっふげぇ」
「アホな事言ってるんじゃありません」
ミィにツッコミをいれて黙らせる。
「だからミィさん。褒めたって何も出ませんよう」
「あら、褒めて頂いたんですの?」
アランが辺りを見回しつつ、のほほんと応じる。メリルも心ここにあらずといった様子だ。
「誰も褒めてなかったからね?⋯て、そんなに壁の装飾が気になるの?」
「はい。とても興味深いです!フーリアはもっと実務的というか合理的というか、こういった飾り付けはしないので見ていて飽きません!」
「飾りのないすっきりとしたデザインが最上とされているんですの。でも、こういう賑やかな室内も素敵ですわ」
「へぇー、どこでもそういうモノなのかしらね」
「「どこでも?」」
「え、うん。日本でもね、古い建物の方がデザインが凝った作りをしているのよ。新しいのはもっとサッパリしているっていうか、無機質な感じ?クールなんて言われてるわね」
昭和期に建てられたデパートや銀行など、意匠を凝らした建築は当時の見栄であり流行だったのだろう。逆に現代の建築も効率化とコストカット重視から生まれた精一杯の見栄とクールという流行なのかもしれない。
「すると、この建物は」
「古いって事をですね」
「アハハハ。古臭いだなんて言いすぎー」
「格式がある。って言っておきなさい。あと古臭いだなんて言ってないでしょ、てい!」
ミィにはチョップで反省を促しておく。案内してくれているホテルマンが若干引いていた様な気もするが、それには気付かない振りをしてやり過ごした。
そんなやり取りがあって控室へとたどり着いたのだが、開式まではもう少し時間がある事を知ったアランとメリルはまた脱出ポッドに引きこもってしまった。悪企みの仕上げをするらしい。
「あいつら、何を企んでいるんだろうねぇ、キシシシ」
ミィが悪い笑みを浮かべる。
「もぉ、やめてよ。あたしは平穏無事に済んでくれることを祈ってるわよ」
「祈るって、もはや神頼みじゃん。神様次第ってもうダメくない?」
ミィがケラケラと笑う。その時は自分も巻き込まれている事に気付いているのだろうかと、ふと美月は思う。
「ダメな時は諦めるわよ。でもどうせ立体映像に平面の字幕を付けるレベルのイタズラでしょう?大事にはならないわよ」
先日の『チョココロネ』で見せてもらった映像を思い出す。立体映像は確かに凄かったが、正面からしか読めない字幕も雑な編集も勢い任せのアテレコも、どれを取っても素人の作業だった。アランもメリルも「全力で驚かせますからね。楽しみにしていてください」と自信満々だったが、素人仕事ではだいそれた事は出来ないと、美月はそう考えていた。
「けが人が出るような事はしないでしょ」
「ま、あれが限界じゃねー。今回は準備の時間も短いしぃ」
ミィが唇を尖らせる。
「何でそんなに不満そうなのよ。何かあった時はあんたも巻き込まれてるんだからね!」
「うへぇ、そうだったぁー。神様仏様宇宙人様、何もおこりませんよーに」
両手を合わせて拝み倒す。結局自分も神頼みじゃない。と呆れたようにため息をつく。
「やぁ、美月くんもミィくんも元気そうで何より」
唐突に男性の声が割り込んできた。驚いて声の方に振り返ると
そこには当間が佇んでいる。
「え、いつの間に?」
「わお、隊長相変わらず忍の者だねぇ」
「ひどいな、今しがたドアから入ってきたんだよ、ほら?俺ってそんなに存在感無い?」
当間が指差した方を見ると、美月たちも使った扉がゆっくりと閉まるところだった。
「いや存在感ありますよ。とびっきりの⋯」
「うむ、存在感はあっても気配が無い!」
「ミィ、余計なこと言わない」
「へーい」
当間は少しだけ拗ねたような表情をしたが、すぐにいつものとぼけたような顔に戻る。
「いやまぁ、それはそれとして。メリルくんとアランくんが見えない様だが、お手洗いかな?」
「それが、その⋯」
美月が事の顛末をかいつまんで説明する。
「隊長が罠に嵌めるみたいな事するからこーなったんだからね!何かあったら責任取ってよっ」
ミィは、先程自分も背負うことになると知った責任という名のリュックサックをおもむろに当間めがけてぶん投げた。自分より立場が上の人間を巻き込んでおく事は非常に効果的だ。幸いなことに、当間は部下に責任を押し付けるタイプの上司ではない。
美月も心の中で「ミィ、ナイス!」と応援している。
すがるような2人の視線を当間は真正面から受けとめつつ、
「あー。そだね、人死さえ出なけりゃ概ねセーフって事で」
お決まりの飄々としたトーンで、責任の敷居を大幅に下げるという斜め上の方法で自分に保身をかける。
「あー、これダメなやつ」
ミィが絶望的な顔でポツリとつぶやいた。
つまり、部下に責任は押し付けないが、自分も怒られるのは嫌なので、どうにかやり過ごします。という事か。
何かを察した美月も、知らずミィと同じ表情をしていたかもしれない。
「「じゃじゃーんっ」」
ゆったりとした控室の長閑な空間をぶち破るように、やたらとご機嫌な調子の声とサイケな光の演出でバカップルが虹色に光る玉から飛び出してきた。
「はいはい、えらく元気ね二人とも」
ミィはチラリと目線を向けて大きくため息をついただけだったので、美月が2人を迎える。
「「それはもぉ、会心の出来ですから」」
2人並んで自信満々に胸をそらす。
「「ねー」」
そして2人でハイタッチ。こういう日本的な仕草をどこで覚えてきたのだろう。
「あら、当間さんもいらしたのですわね」
メリルの目がキラリと鈍く光った気がした。
「とびっきりのビックリを用意したので楽しみにしていてくださいね」
アランが悪い顔でほくそ笑んだような気がした。
いやいや、疑心暗鬼になっているかもしれないと、美月は首を振って嫌な考えを追い払う。
「本当に楽しみですわー」
うふふふと頬に手を添えて優雅に微笑む。やっぱりなんだか気圧されてしまう。
「いやぁ、楽しみだなぁ。なんだが、安全にね?」
あの当間でさえ少し弱腰になっている。
「もちろんですわー」
当間の不安をニコニコ顔で躱すメリル。
「人死だけはやめようね?」
懇願するような当間をニヤリと見やると、
「考えておきますわー」
それだけ言って2人並んでソファに腰を下ろす。2人とも当間に仕返しが出来て留飲が下がったのか、晴れやかな笑顔で静かに座っている。
当間も当間で、さっきまでとは打って変わって涼しい顔で腰を下ろしている。これは、してやったと思っているバカップルが当間の手のうちに。という事なのではないだろうか?この化かし合いに怖いものを感じた美月は何も見なかった事にして、やはり同じようにニコニコしているように努める。
幸いなことに針の筵の様な時間は長く続かなかった。イベント開始の案内を告げるスタッフが、来賓であるバカップルを迎えに来たからだ。
アランとメリルは「「はーーい」」と元気よく返事をしてスタッフの後をついて部屋を出ていった。
「それじゃぁ我々も舞台袖から2人の活躍を見守るとしようじゃないか」
そう言って当間は立ち上がる。
「はい。行きましょう」
「ちぇー、やっぱ行かないとダメかぁ」
美月とミィも当間の後に続く。
「開始時刻だ、これより会場に入る。各員警戒を怠るな。観測班は電波障害の兆候を感じ次第即座に報告しろ」
インカムに当間の号令がかかると、複数の「了解」の声が返ってくる。その中に東條やキャバ嬢、昨日スタッフカーを運転手してくれた男性の声もあった。もちろん、ミィと美月もだ。
団結したようで悪い気はしない。しかし、目下の不安は機械兵でも反宇宙人組織でもなく、味方にある。
バカップルの悪戯が度を過ぎたことになりませんように!
美月は今日何度目かの神頼みを天に願うが、はるかに進んだ科学技術は、素人知識であっても関係なく十分過ぎる効果を発揮する。例えば、ミサイルを運用する人間は発射ボタンさえ押すことが出来れば良く、ミサイルの構造も運用プログラムのコードも知っている必要はないのだ。そんな事を後に思い知らされることになる。
次回、事件勃発!




