ep1 その2-2「地球視察という名の新婚旅行」02
予約しくじってた分です。
勝負パンツにほんの少しだけ勇気をもらって、震える手で靴を履いて玄関扉を開けると、そこには恭しく頭を垂れた件の運転手が待ち構えていた。
「お待ちしておりました。お荷物がございましたたらお持ちいたします」
「ひえっ、っと。あの、えっと。ありがと⋯ございます」
既に車に戻っていると思い込んでいた運転手の紳士に出迎えられ、美月は不意を突かれた上に「お荷物を」と言われても今日は財布や小物が入った小さな肩掛けのポシェットが一つ。逡巡した結果、おずおずとポシェットを手渡そうとしたのだが、
「あぁ、手荷物はお持ち頂いたままでも結構でございますよ。トランクのご利用はございませんか?」
と気を使われてしまった。荷物の持ち込みができないのだと勘違いに赤面して、慌ててみんなの荷物を確認する。大きな荷物はないようだ。
「はい、トランクは大丈夫⋯です」
虎の威ならぬ豹の威は早々に剥がされて、早くもスッテンテンだ。スカートの裾から吹き込む外気が直接お尻に触れて冷たい。冬にスカートで履くものじゃないと、美月は秒で後悔した。
だが、この寒さが身を引き締める気合の源だと無理やり思い込めば、まだなんとか立っていられる。
美月にそんな葛藤があったとはつゆ知らず、紳士はにこやかに一礼して、優雅ともいえる洗練された仕草で懐から何かを取り出した。
「さようでございますか。それでは、まず氷守様宛てに東條様よりお預かりしている品がございますので、お渡しさせて頂きます」
そう言って布製の小袋を手渡してくれた。中を見ると昨日も使っていたインカムが2セットと、見覚えのない腕輪のようなガジェットが2つ入っていた。
「これが東條さんの言っていた秘密兵器かしら?」
ミィにインカムを渡すついでに見せてみたが、見覚えはないとのことだった。
何だか解らないまま触るのも憚られるので、小袋に戻して自分のポシェットにしまい込む。
「ありがとうございます。今日はオフィスには寄らないんですか?」
運転手さんにお礼を述べて、今後の予定を聞いてみる。インカム等を預かってきたということは、おそらくオフィスに行っての朝の打ち合わせは無いのだろう。
「はい。直接目的地に向かうよう仰せつかっております」
「わかりました。よろしくお願いします」
「お任せくださいませ。それでは、どうぞ」
運転手さんの先導でマンションのエントランス前に停めてあるリムジンまで案内され、優雅な所作で黒塗りの大きな車のドアを開けてもらい、そこに身を小さくして乗り込んでいく。
初めてのリムジンは、洗練された清潔感のある内装にゆったりとした白い革張りのシートと落ち着いた雰囲気であるにも関わらず、美月にとっては緊張で全く落ち着けなかった。
⋯のだが、周りを見渡すと図太い神経で全く気にしていないミィと、そもそもの知識がなく何も分かっていないバカップルがのほほんとした顔でなごんでいた。
「何であんたたちは平気な顔してるのよ」
こっちはドナドナで連れて行かれる仔牛の気分だと言っても過言ではないというのに!
美月がこのやり場のない怒りをどこにぶつけてやろう。そう考えた時、ぶつけるべき心当たりが思い浮かんだので即座にスマホを取り出して、連絡帳から該当の人物を探し出す。通話ボタンを押すと、程なくして通話がつながった。
「東條さん。話が違う」
ポツリと一言、低い声で告げる。
「え、な、何だ氷守。何かあったのか?」
突然の苦情に、電話相手である東條は言葉を詰まらせた。何かをやらかした自覚はない。迎えの車も政府要人御用達の由緒あるハイヤーを用意した。なのにどうしてだろう、美月の声は今にも闇落ちしそうな呪怨のこもったトーンなのだ。
「何だかわからんが俺が悪かった。だからいったん落ち着いて話し合おう」
「ハイヤーだなんて聞いてませんよっ。緊張しすぎて生きた心地がしないんです。なんとか昨日の車に替えてください!」
「はぁ?!」
予想外の美月の言葉に肩の力が抜ける。
「こんなにお高い乗り物、あたしには無理ですよー!」
そこまで高くはねぇし、珍しいものに乗れたと思って楽しんでおけよ。という言葉をすんでのところで飲み込んだ。冷静にゆっくりと、諭すように言葉を紡ぐ。
「今日は、あれだ。観光だけじゃないって伝えておいただろう?フーリアの技術を地球に移転するに当たっての記念式典と、政府や産業界のおエラさん達との会食に出てもらうんだが、そんな場所にスタッフカーのミニバンで乗り付ける訳にはいかないだろう?」
「記念式典、ですか?」
式典とは食い合わせが悪いこと請け合いな二人の大使をまじまじと見ながら東條の言葉を反芻する。
「「話しが違います」わ」
食い合わせが悪いでおなじみの、鰻と梅干しの梅干し二人が抗議の声をあげる。
「なんか言いたいことがありそうなので、スピーカーにしますね」
そう口早に伝えると、美月は素早くスマホを操作して東條の声が2人にも届くようにする。伝言ゲームみたいにして美月を挟んでのやりとりはカロリーが高そうだと、瞬時に察したのだ。
「あー。聞こえるか?」
東條の確認の声をきっかけに、バカップルの攻勢が始まった。
「そんなの勝手に決められても困ります」
「そうですわ。断固として拒否しますわ」
「式典だなんて、退屈じゃないですか!僕たちが行っても何の役にも立ちませんよ」
「そうですわよ。私たちは全力で遊ぶって決意の上で来ていますのよ」
役に立たない自信とか、遊ぶ決意とか何を言っているんだろうとは思ったが、ここで口を挟むと巻き込まれそうなので必死にこらえた。
「おいおい、お前ら何しに来たんだよ⋯」
東條の呆れ声もごもっともだが、大使にお前は良くないんじゃないかな。美月は自分の言動を棚に上げてそんな事を思うのだ。
「何をしにって、新婚旅行ですわ」
「いやいや、親善大使として来たんだろう」
「あはは、それは仮の姿です」
「真の姿は100%遊びに来た新婚さんですのよ」
「そうは言われてもだなぁ」
「はいはい、ちょっと割り込みますよ」
困り果てたといった雰囲気にのまれかけた東條に代わって当間が割って入ってきた。
「フーリアのお二人さん、申し訳ない!この式典だけは民間主導で開催される都合上、政府が頭押し付けてキャンセルって訳にもいかなくてね。もしキャンセルなんてことになったら会場やらスタッフやらのキャンセル料金請求されてしまうのよ。お役人も開催できないのは政府に責任はないんでって、開き直られちゃってもぉウチが肩代わりする羽目になりそうなんだわ。そうなったら破産まっしぐら。お願いだからちょっとだけ助けてくんない?」
一気にまくし立てる。情に訴える作戦のようだ。
「そんな、事を言われましても」
「そうですわ。それならばフーリアがキャンセル料金を立て替えましょう。ドーンと請求しちゃってください!」
一瞬アランが怯んだので説得は成功したかと思われたが、メリルがとんでもない事を言い出した。
「ちょっと、何を無責任な事言ってるのよ」
思わず美月も割って入ってしまう。
「大丈夫ですわ。きっとそのくらいの予算はありますわよ」
「あるかどうかじゃなくて、予算として降りるかどうかの問題なのよ」
「心配しなくてもフーリアが気前よく支払いますわよ」
メリルの自信満々な態度にめまいがしてくる。その自信はどこから来るのだろう?
「まあまあ、それはさておいてだね」
当間があからさまに話題を変えてきた。
「アランくんは宇宙船なんかを製造している会社の御曹司だって聞いたんだが、技術移転の記念式典だなんてまさに適役だとは思わないかな?」
「いっ!」
「ええっ?!」
「なんとぉ!つまり天は二物を与えなかったって事をかぁ!」
アランが言葉に詰まって美月が驚いてミィがなんか失礼なこと言った。
「いやだなミィさん。褒めたって何も出ませんよう?」
当のアランには全く通じていなかったが。何も出ないとは言うがおバカのオーラがダダ漏れている。
「メリルくんも確か⋯」
当間の追撃はまだ続くかと思われたが、メリルがそれを遮った。
「わかりましたわ!式典には出ますわよ。わたくしたちの負けです⋯」
そう叫んでため息をつく。
「それでよろしいのでしょう?」
「いやあ出ていただけますか、助かります。危うく倒産するところでした。良かった良かったぁ。なぁに基本的には貴賓席に座っているだけですよ。簡単なご挨拶は頂くことになっていますがね」
「やっぱり話が違いますぅー」
アランが小さく悲鳴を上げたが当間に黙殺された。
「それじゃあ、後は会場で!」
晴れ晴れとした当間の声が遠ざかっていく。向こうのスマホもいつの間にかスピーカーになっていたようだ。
「⋯ええーと。なんかスマンがよろしく頼む」
東條が力の抜けた声で告げる。
「⋯大人げない」
「それは、俺も思っているよ」
ポツリと漏らした美月の言葉に東條も完全同意する。
「あの人、この手の反則技よく使うんだ。美月も気をつけろよ」
「うん。そうするわ」
「それじゃあ、電話は一旦切るぞ」
「あっと、ちょっと待って。聞き忘れていた事があるの。運転手さんに預けたでしょ?」
「ああ、そうだった。あの機械は氷守が両腕に着けておいてくれ」
「ミィと1個ずつじゃなくて?」
「そうだ、あれは2つでセットなんだ。使うことになったら説明するが、基本的に操作は必要ない。完全に受け身で構わんから、身構える必要はないぞ」
「うーん、よくわからないけど。とりあえずはわかったわ。ありがと。今日もサポートよろしくね」
「お、おう。了解だ」
「あれーー。東條ちゃん、また照れてる」
「ミィ、やかましい。照れてねぇっ!」
怒鳴るように言い残して通話はきれた。
「メリルもアランも大丈夫?」
当間にしてやられて落ち込んでいるのではないかと心配になりふたりに声をかける。
「もうっ、なんだかとっても悔しいですわ」
「こうなったら仕方がないから、どうやって式典で遊ぶか考えないとです!」
「え、それはちょっと止めたほうが⋯」
アランの言葉に不穏な空気を感じて止めに入った美月だったが、聞き入れられることはなかった。
「さすがアラン!素晴らしい考えですわ」
「やっぱり?メリルもそう思う?」
「はいですわ!どうやったら楽しくなるか考えましょう」
「あの、ふたりとも?どうか穏便に⋯」
「問題ないですわ」
「美月さんも楽しみにしていてくださいね」
「「ねー」」
ふたり向き合って両手をつないで小首を傾げて、実に楽しそうだ。
その後はもうコソコソと内緒話でふたりだけの世界に入ってしまった。時折、揃って悪い笑みを浮かべたりして、これはどう考えても穏便には進まない予感がヒシヒシと伝わってくる。
「美月ー、放っておいていいの?」
ミィが面倒くさそうな目線を向けてくるが、美月にはもうどうしようもないのだ。
「いくら声かけたって聞こえちゃいないわよ」
美月も投げやりに応えて肩をすくめた。
予約解除できたんだ(へー




