ep1 その2−2 「地球視察という名の新婚旅行」01
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早朝。美月の家でのお泊りも2日目にもなれば慣れたもので、すっかり馴染んで遠慮も何もなくなっていた。
「美月ー。朝ゴハンまだー?」
腹を空かせたミィがキッチンで騒ぎ立てる。もっとも、ミィに関しては初日から大して変わらない態度だったが。
「うっさいわね。ベーコンと卵とトースト。自分で焼いて食べなさい。あと、冷蔵庫にサラダね」
美月はドアを開け放ったままの隣の寝室から声だけで指示をする。
「ったく、お客さんになんて態度だ。アラン、ほら焼いて」
「はーぃ」
ミィはプリプリと愚痴をこぼしつつ、そのまま隣のアランに丸投げすると、アランは任されたのが嬉しかったのかニコニコ顔でミィからのオーダーを軽い気持ちで了承した。
「え?ちょっと、こら!ミィ!!なに孫受けに出してるの!あんたがやんなさい!アランも何を作るか分かってる?!」
「はーい、わかってませーん。でもやってみたらなんとかなるとおもうんです!」
「なんとかなるかぁ!くそぅ、こらアラン。何でできると思ったんだ!美月ぃ、コイツの料理能力はミィレベルだよう」
ミィが半べそで部屋に入ってくる。
「あんたもかいっ!もう、戸棚にシリアル入ってるから牛乳かけて食べてなさいっ」
「カリカリのごはん?」
「カリカリのって⋯、キャットフードみたいに言うんじゃありません」
「美月、そんなことしてないでゴハン作ってよう」
ミィの言う『そんなこと』の手を止めて、ミィを睨みつける。
「恥ずかしい格好で外なんか行けないでしょ!おとなしくカリカリでも食べてなさい!」
ピシャリと言ってミィを追い返す。そして、『そんなこと』すなわち化粧に戻るのだった。
美月は普段から身支度を整えるのに余念が無い。妥協は許されないポイントなのだ。
「メリル、おいで。日本のお化粧をしてあげる」
自分の支度が終わると、美月の姿をずっと興味津々に観察をしていたメリルに声をかける。
「えーと、顔を真っ白に塗るのはちょっと……」
何か勘違いをして顔を曇らせる。機械学習で日本の文化について学んだ際に、そんな光景を見た気がしたのだ。
「何それ?舞妓さん?そんなのしないわよ。昨日街に出てそんな人居なかったでしょ」
「そういえば、そうですわね」
美月の言葉にあっさりと納得すると、トテトテと美月の元に向かって行って、ちょこんと鏡面台の前に座る。
「素直でよろしい」
美月は満足気に頷いて、メリルにも化粧を施していく。
「きゃぁ、くすぐったいですわ」
「はいはい、ちょっ我慢してね」
「へああ、くちゅんっ」
盛大なくしゃみが出た。
「ああ、はいティッシュ。鼻かんでっ。もう、大人しくしててよ」
「ごめんなさいですわ。美月さんの手に意識を集中したら出ちゃいましたの。」
盛り上がる美月とメリルの様子を、ドアの陰から袋直でシリアルを手づかみでボリボリ食べながらジト目で見つめる二人の姿があったが、美月たちに知る由はなかった。
ピンポーンと家の呼び鈴が鳴る。メリルのお化粧に夢中になっている間に出かける時間になっていたようだ。
「はいおしまい。間に合って良かったー」
ポニーテールに束ねた空色の髪をそっと撫でてからメリルを立ち上がらせる。
昨日の事もあり公共機関を使うのは避けて、今日は車で迎えが来ると聞いている。
昨日乗せてもらったスタッフカーの護衛が迎えに来たのだろう。
小走りで美月がドアホンに出てみると、ドア前の映像には正装の男性――ハイヤーの運転手が立っていた。
なぜハイヤーの運転手だとわかったのかというと、壮年の紳士がその様に名乗ったからであって。て、ハイヤー様ですとぉっ!?あまりにも見慣れない光景に頭が真っ白になる。
「は、はひぃ」
声が上ずっているのが自分でもわかる。そもそも『はい』のたった二文字を噛むという緊張ぶりである。
「氷守様、お待たせ致しました。お車の準備が出来ておりますので、お支度が整いましたらお越しくださいませ」
「あああ、ありがとうございますっ。大至急お伺いいたします!」
ドアホンをガチャンと切って、ガバっと振り返る。美月のただならない雰囲気に一同が疑問の目を向けた。
「なに美月。どったの?」
「ハイヤー様がお越しよ、お待たせする訳にはいかないわ。急いで出発しないと!」
お気楽なミィの疑問に早口でまくしたてる。
「えっと、美月落ち着け」
「「ハイヤーって何ですか?」ですの?」
事態を把握していないと見える宇宙人2人がのんびりとしたトーンで聞いてくる。
「超高級なタクシーみたいなヤツよ!タクシーのメーターだってお高いのに、それ以上の速度でメーター回されたら手に負えないんだから。一分一秒だって無駄には出来ないのよ」
「だから落ち着けってば。メーターじゃないと思うし」
美月にミィがツッコミを入れるが、それが彼女に届いているかどうかは疑問だ。
「まあまあ。準備は出来ていることですし」
「そうですわね。出発ですわ」
元気なバカップルに背中を押されて玄関に向かう。という所で急ブレーキ。
「ちょっと待って!ちょっとまっててーー!」
アランとメリルを振り払って慌てて自分の部屋に駆け込むと、バタンとドアを閉める。
壮年の紳士にハイヤーだなんて敷居が高すぎる。プレッシャーに押しつぶされて心が負けてしまいそうだ。
「もしや、ここが勝負時⋯なの?」
閉めたドアに背を預けながら、ゴクリとつばをのみ込む。
そう、あれは美月が短大に通い始めたばかりの、この部屋でセンパイと一緒に暮らしていた頃の話だ。
「ちょっとセンパイ。家の中だからって、なんて格好してるんですか」
ヨレヨレのTシャツにパンツ一枚という、非常にラフな姿で居間に現れた三杉綾香を目の当たりにして、美月は苦言を呈した。この当時の美月はまだ初心で人見知りも強かったと記憶している。
「ん、かっこいいだろ。オニのパンツにはチカラがあるんだぜ。童謡にもあるじゃん。つよいぞー。ってな」
「確かにそんな歌もありましたけど。鬼のパンツは虎柄、豹柄は鬼じゃなくてギャルです」
シャツの裾からチラチラと見える豹柄パンツを指差して指摘する。
「ははは、美月は細かいなぁ。トラもヒョウもジャガーもチーターも同じネコ科だろう?学者先生でもなけりゃ、模様だけじゃ区別なんかつかないって」
寝癖のついた金髪を掻き上げながら面倒くさそうに美月の指摘を躱す。
「いやいや、1つだけ仲間はずれがいるじゃないですか、模様が丸くないやつが。虎だけは区別つけましょうよ⋯って、しかもお尻丸出しじゃないですか!」
脇をすいっとすり抜けて冷蔵庫を物色し始めた三杉の後ろ姿を見て美月は驚愕した。綺麗な白いお尻の真ん中に黒い紐が一本。人生で初めて見る生のTバックだった。
「Tバックが最近のマイブームなんだよ。これ気合入るんだ、フンドシみたいで。昔から言うじゃん、ふんどし締めていこうって。これから新曲作ろうってんだから、気合い入れないとな。勝負パンツってやつさ」
「センパイ、勝負パンツの意味間違ってますよ」
「そんな細かいこと気にするなって。おお、早速いいフレーズが浮かんできた、流石オニのパワーだ。そうだ、今度美月にも同じの買ってやるよ。ご利益あるぜー」
満面の笑みで振り返ってサムズアップする三杉。
「いりません」
「美月はユキヒョウな、そんなイメージだ」
「えぇ⋯」
なんてことがありまして。
下着をしまっている引き出しの奥から1枚の布を取り出して広げてみる。あまりにも布面積が小さくて頼りないパンツ。本当に鬼のパワーが宿るのだろうか。自問する。
いや、答えは三杉に指摘した当時から出ていたはずなのだが、追い詰められた今の美月には冷静な判断はできなかった。
「美月さーん。大丈夫ですの?」
「行きましょうよー。ハイヤーっていうの早く見たいです。」
扉の向こうからメリルとアランが急かしてくる。
「もう少しだけ待って、すぐに行くから」
美月は覚悟を決めた。
「履いてやるわよユキヒョウ勝負パンツ!」
正確には理性的な判断を捨てて勢いに任せたのだ。
後に美月は述懐する。「やっぱ豹じゃ駄目だった。だからといって虎があってももう履かない」と。
センパイ再び!




