序
今宇宙にある日常 01 話 0-1
プロローグ
結論から述べると、宇宙人は存在した。
今から3年半前、長年にわたって世のオカルト業界にひとジャンルを築いてきた[UFO・宇宙人]は、中二心あふれる空想を卒業し、ただの現実になった。
一部マニアや自称専門家の間で繰り広げられてきた「宇宙人は実在するか」という熱い議論は、不意に議題を失って幕を閉じたのだ。
世間からは比較的常識人とされていた宇宙人否定派は実在のUFOを前にして一斉に口をつぐみ、宇宙人愛が溢れすぎた結果出来上がったトンデモ設定を熱く語っていた宇宙人肯定派は、自説とは似ても似つかぬ現実の宇宙人を前にして、やはり一斉に口をつぐんだ。両者、仲良く痛み分けという結末であった。
ともかく、突如として現れた地球外知的生命体の存在に、誰しもが新たな常識を突きつけられる事となった。
毎年恒例の「夏休みオカルト特番」放送を数日後に控えた、ある夏の暑い日の事である。
丁度その時、彼女はカップアイスを食べながら昼の情報バラエティ番組をダラダラと眺めていた。
短大生1年目の夏休み、時間は山ほどあるがお金はない。そこで外出は控え、部屋備え付けの電気代がかさむ古いクーラーも我慢して、唯一の贅沢がカップアイスである。
ただし、ただのカップアイスではない。パッケージには「ビックサイズ」の文字が燦然と輝いている。この暑い夏を乗り切るためには物量戦に頼るの他ないのだ。決して「お得感」に釣られたわけではない。
そんな誰に対するでもない自己弁護の念と、寮暮らしなら少なくとも空調だけは効いた部屋でこのダラダラ時間を快適に過ごせたのに。という後悔の念をないまぜにしつつ、溶けかけのアイスをつつく。
彼女は今、とある事情により学生寮ではなく、この賃貸マンションでセンパイと2人、ルームシェア生活を送っている。入寮手続きの日、偶然出会ったセンパイに脅し泣きつき買収されて一緒に暮らすことになったのだが、それはまた別の話。
部屋の間取りは共有スペースのLDKと、プライベートな部屋が1つずつ。貧乏学生には贅沢な環境だが、暑い夏の間だけはクーラーのきいた相部屋の狭い学生寮に住みたいと考えてしまう。
そんなモヤモヤを払拭するためにも、ここは一つ「なにか夏らしいことを」健全か充実した夏休みを送るためのヒントを得ようと午後の主婦向け情報番組に[何か]を求めていたのだが、残念ながらたいした収穫はなかった。
昨今の高級志向がそうさせるのか、そもそも主婦向けなのだから自分には縁のない話なのか、紹介される店はどれも高そうだし、海やプールに至っては家のお風呂に水を張ってちゃぷちゃぷした方がまだ広々と楽しめそうな程に混んでいる。
「テレビには見切りをつけて、夕涼みのできる時間まで図書館で涼んでこようか」
やや後ろ向きな名案を実行に移すべくテレビのリモコンに手を伸ばしたところで、緊急速報のテロップが流れ、画面は昼特有の陽気なスタジオセットから一転、背後で番組スタッフが慌ただしく動き回るニュースデスクのオフィスへと切り替わる。
何やらただならぬ雰囲気が漂っているが、キャスターは一向にカメラの前に姿を現さず、速報テロップだけが流れ続けている。しかも、そのテロップの内容が問題で、
「日本時間13時10分頃、米アリゾナ州ニューメキシコの上空に正体不明の飛行物体出現。」という、誰がどう見てもどうかしているとしか思えない内容なのだ。あまりにも慌てていて、間違ったテロップを出してしまったのかと勘ぐってみるが、どこをどう間違えたらこのような突飛な内容に至るのか、経緯がまったくもって想像つかない。ともかく、こんな前代未聞の状況で続きを気にするなというのは無理な話で、図書館への「暑さからの逃避行」は後回しにしてテレビ画面を見守っていると、ようやくアナウンサーがカメラの前に現れた。
年配の誠実そうなアナウンサーは額の汗を拭いつつ、しどろもどろで原稿を読み始めた。読んでいる自分自身が全く信じられないといった様子がありありと伝わってくる。
そんなニュースの内容を要約するとこうだ。
・先ほどから流れているテロップは間違いではなく、本当にUFOと思われる飛行物体が現れたということ。
・現場の周辺は数十Kmの範囲にわたって通信が妨害されていて、今はまだ中継は難しいということ。
・謎の飛行物体は、『我々は、平和的な交流を望む』というメッセージを英語を始めとした数か国語で送り続けているということ。
これ等の事が伝えられた。
これは、ますますオカシナコトになってきたぞ。あまりにも現実味の欠落した内容に、まるで夢の中にいるような錯覚に陥ってくる。
そういや夏と言えば、さして興味もないのになぜだか見てしまうオカルト系特別番組の筆頭が怪談モノと宇宙人モノだったけど、来年からはどうするんだろう、宇宙人特番の内容。
学生特有の能天気さで、そんなどうでも良いことを考えながら、テレビ画面に映し出される現実味のない映像をカップアイスが溶けきるまで呆然と眺めていた。
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「1938年のハロウィンに放送された架空の火星人襲来ラジオ。それをオマージュした趣味の悪いブラックジョークで世間を騒がせたことがありましたがね、今回もそんな事じゃないんですか?」
化粧のきついゲストコメンテーターが鼻息荒く捲し立てる。
ラジオドラマのつもりで放送した火星人襲来の中継シーンを本気に受け取った人々がパニックに陥ったという事件があったのだと言うが、随分と古い話を引き合いに出したものだ。アナウンサーの補足説明がなければなんの事だかサッパリ解らなかっただろうし、
そういった出来事があったのだと解ったところで悪戯かどうかなんて、今の段階ではその場の誰もがその答えを持ちあわせてはいなかった。
喧々諤々。といった雰囲気で、時間だけが過ぎていく。
見ていたテレビ番組は、しばらくニュースデスクの速報を流した後、特別編成のニュース番組に切り替わった。
当初は世紀の大事件だと言わんばかりの勢いで大々的に報じてみたものの、続報が何もないのだから失速するのも仕方がない。
ワイドショーの体裁でゲストコメンテーターを招こうにも、はてさて何の専門家を呼んで良いものか。そんな困惑と迷走がありありと滲み出る人選で、番組の体をなしているかさえ怪しい状況だ。
先程の女性はまだ良い方で、別の局ではうっかりUFO専門家を名乗る人物を招いてしまい「私の呼び掛けに応じて遥か3万光年彼方の恒星から来てくださったのです」等と言い出す始末。番組司会さえも苦笑いを隠すそぶりを見せずに、厄介なゲストをどうにかしてあしらうショーと化していた局もあったという。
ちなみに、先のUFO専門家は最終的にレギュラーコメンテーターの「恒星からは来ないだろう、そんなとこに住んでたら燃えちゃうよ?」という至極真っ当かつ心無いツッコミに過剰反応して、大人げない罵り合いに発展しかけたところで逃げるようにCMに突入し、CM明けには明らかに「何か」があったであろうという風体で肩で息をする大人げない大人が数人と、それを死んだ目で一瞥する司会。という喜劇に発展した例もあったようだ。
恒星ではなく恒星系が正しい表現でした。等と取り繕ってはみたものの、散々醜態をさらしたとあっては後の祭りだった。
と、そこまでの珍事は稀であったが、どの局でも概ね似たようなもので、「荒れた」スタジオの空気に耐えきれずに現場の中継映像ーーとはいえ、電波障害の影響を受けないギリギリの距離から捉えた20キロメートル超のロングショットを差し込んで何かしらの新展開を求めてみるも、望遠レンズとデジタル処理の拡大を駆使した不明瞭な映像に映る葉巻型のUFOらしきものは、ただただ空に静止しているだけで動きはない。
結果、中継の映像からはこれといった新情報はなく、気まずさだけが上乗せされた状態でスタジオに返されるという負のスパイラスが完成しつつあった。
出演者・スタッフ一同の自戒と反省とほんの少しの飽きからか、次第にトーンダウンしてゆき、陽が傾きだした頃合いには未確認飛行物体の話題はすっかりクールダウンしてしまっていた。
所詮は遠い外国の話。しかも差し迫った脅威もない様子。薄情なのか、それともただただ緊張感が無いだけなのか。
相手は国境どころか恒星間も飛び越えて来たのだから地球上の距離なら瞬時に何処へでも辿り着けたとしても不思議はないのだが、海の向こうの事と楽観的に捉えている人間が多いようで、緊急速報テロップを映したレターサイズながらも各局三々五々に通常の番組編成へと戻りつつあった。
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夏の陽もすっかりと暮れたころ「ただいまー」とルームメイトであるセンパイこと三杉綾香が路上ライブを終え、ご機嫌な様子で帰宅する。
ギラギラのステッカーでゴテゴテにデコられたアコースティックギターのギターケースを背負い、少し目つきの悪い三白眼とド金髪のセミショートに黒いドクロ柄のジャケットという風体の小柄な少女で「一見怖そうだが実は押しが強くてメンドクサイ、でも悪い人じゃない。」というのがコウハイである彼女の評価だ。
「センパイ!大変ですよ!大変!」帰ってきた三杉の姿に気づいて、開口一番にまくしたてる。
「なんだよ、美月?米でも無くなったか?」
「お米はとっくに尽きてますがそんなんじゃなくて、大変なんです!」
引っ込み思案の人見知りを自称していた彼女だったが、春からの数か月ですっかりこの三杉の破天荒で自由奔放な空気に順応してしまった。
彼女のこの変化を三杉も好意的にとらえているようで、軽い口調で先を促す。
「だから、何が?」
「宇宙人です!宇宙人がUFOでやってきて、それで会談しましょうって言ってるってニュースで!」
この頓珍漢な出来事を誰かに話したくて仕方がなかった彼女にとって、何も知らない様な顔で帰宅したルームメイトのセンパイは絶好の相手だった。
しかし、三杉には当然のようにピンとこなかったようで、少し眉をひそめて「はぁ?宇宙人が怪談で?なんだ、オカルト好きだったのか?夏真っ盛りだもんな」と軽く流されてしまった。
「いえ、そうじゃなくてですね」
弁明しようとするのを、しかし三杉は片手で遮る。
「オカルトよりももっと重大なニュースがあるぞ、美月!」
「オカルトじゃなくてですね…」と食い下がろうとするのも遮って「じゃじゃーん!」ポ ケットからくしゃくしゃの紙幣を1枚取り出して、広げて見せる。
「い、1万円!?」
そこには普段見慣れぬ肖像が描かれた高額紙幣様。心なしかその御姿に後光がさして見える。
「そうだ、控えおろう」
「ははー。ってどうしたんですか?」
「路上ライブのおひねりだよ。気前の良いおっさんがくれたんだ。ありがとう、なんてお礼まで言われちまったぜ」
貧乏学生を地で行く二人にとって当然というべき疑問に胸を張って答える三杉。
「ほえー」
「なぁなぁな世の中で~♪ってね。こりゃ、デビューする日も近いんじゃないか」
なんて話をしているうちに、テレビのニュースは競馬の話題に移っていた。世間はUFO騒ぎで大荒れだったが、今日のレースはそれに輪をかけて大荒れで、大穴の7-4だったと司会者が告げている。
「なぁなぁな世♪……なぁなぁなよ。7な4?そういや、『嬢ちゃんのおかげで大勝だよ、ありがとう』とか言われた気もする…」
「なんですか、そのオチ?」
半ば呆れたようなルームメイトの声にも全く気にしない様子で三杉は一万円札をひらひらと振りながらにやりと笑う。
「なんでも良いや、1万円は1万円だ。今日は寿司食おう、寿司。もちろん奢りだが回るヤツな」
「え、ホントですか!!センパイ愛してる!」
テレビが報じる宇宙人より現実の1万円。彼女の心の中にはもはやUFOは無く、愛する寿司への夢と希望で埋め尽くされていた。
歴史的瞬間が回転寿司の魅力に惨敗した日。それが、彼女の経験した宇宙時代の幕開けだった。
2028年8月。今から3年と4か月ほど前の暑い夏の日のことである。
sfだからと気張らずにゆるーくすすめていきます。よろしくお願いします。
sf度はキテレツ大百科以上、21エモン未満って所で。。。




