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8 絶望と後悔

『……もう、嫌だ。もう、無理……』

『大丈夫、大丈夫だから。』


泣きじゃくる誰かの肩を、誰かが必死に抱きしめていた。そうして河上の耳には啜り泣く声がかすかに聞こえてくる。

 

それも、当然だ。


突然の出来事に理解が追いつかない。意味もわからず、殺されるかもしれない恐怖に押し潰されそうになった。

河上自身も、その恐怖を飲み込むようにして胸の奥へ押し込めていた。

 

あれから体育館の扉を閉めた後、鎧を着た男たちが体育館までやってきたのだ。

戦える者は全力で戦った。

相手は真剣を振るってくる。だから、こちらは先に動くしかなかった。不意を突いて殴り、気絶させ、なわとびを何十本も使って縛り上げ――外へ放り出す。


――それを、何度も繰り返した。

 

『(泣けない俺は、頭がおかしいのだろうか……)』


河上は頭をくしゃりと掻き乱す。


『あの、河上先輩。』

『……佐々木か。』


佐々木が河上の目の前で止まった。

 

『大丈夫……じゃないですよね。』

『…………すまん。』

『なんで謝るんですか、先輩は何も悪くないですよ。…………あの、先輩。』

『なんだ、佐々木。』

『雪代先輩を見ませんでしたか?』

『は、』


佐々木の言葉に河上は辺りを見渡す。どんなに見渡しても、香織の姿がなかった。河上は額に汗をかく。


『や、やっぱり気のせいじゃないですよね?』

『あの馬鹿野郎!まさか、朔夜を探しに行ったんじゃ……でも、鍵はかけて――――』


ふと、河上は体育館の上に備わった窓を見る。

その窓はかすかに空いていたのだ。

 

『っ、マジかよ。』


香織は窓から降りていったのだろうと河上は察した。

 

『雪代先輩に一体何があったんですか……』

 

唖然としている佐々木に河上は告げる。


『俺が香織を探しに行く。……佐々木は誰かに俺と香織が外に出たことを言ってくれ。』

『え、ま、待ってください!』


河上はすぐにハシゴへ駆け寄った。

息を整える間もなく、上へ登る。窓の外へ身を乗り出し、慎重に足を下ろしていった。


『(香織が行きそうな場所は見当がついてる――――)』

 

河上は走り、そしてたどり着いた。

朔夜がストレスを溜めて際によく行っていた場所。


『見つけたぞ、香織。』

『…………』


裏庭にある倉庫の前に崩れ落ちていた香織がいた。

『香織、急いで戻るぞ。』

『嫌だ。』

『香織!』

『だって、朔夜が……この血……』

『!』


河上の目に飛び込んできたのは、倉庫の外壁にこびりついた血の跡だった。


『……朔夜のものと決まったわけじゃない。それに朔夜の遺体がないじゃないか。……まだ、生きてる。』

『…………』

『戻ろう、香織。』

 

動こうとしない香織の腕を、河上は掴んで無理やり立たせた。


『(……朔夜、お前がそんな簡単にくたばる男じゃないことくらい、知ってる。)』


河上が思い出すのは激しい試合を繰り広げる、輝かしい朔夜の姿だった。

そんな朔夜が簡単に死んでしまう男ではないことは河上自身がよく分かっていた。


体育館に戻ると、河上と香織は一部の人々から激しい叱責(しっせき)を浴びた。

 

得体の知れない者達が外を徘徊する中で勝手に出たのだ。叱られるのは当然だと河上は思った。

だが同時に、「あいつら、こんな言い方をする連中じゃなかったのにな」と、恐怖が皆の心を壊しているのだろう、とも河上は思った。

 

それから河上と香織の行動で外に出るか、出ないかで対立が起きたが、結果的に外に出て、状況を確認するが多数であった。

しかし、外に出るメンバーには河上と香織を指名する者が少数でありながら現れた。一人の生徒が香織を睨め付けながら大声で怒鳴りつけた。


『勝手に外に出たんだから、アンタが責任取りなさいよ!』

 

河上は眉間に皺を寄せ、香織は黙って俯いている。

すると、黙って聞いていた一人の野球部員の男が口を開いた。


『待て、そりゃおかしいだろ。……お前、守ってもらうくせにいちいち文句とか言うな。』

『は?みんなを危険に晒した奴を守るの?意味わかんない。』

『みんな?はっ、自分のことしか考えてないの間違いだろ。』

『っ、この、!』

『…………やんのか?』


空気が、一瞬で凍りついた。仲間割れをし始めたのだ。

河上は静かにため息をついた後、自分が行くことを提案したが、その代わりに香織は置いていくと話した。が、ヒートアップさせる一方だった。


『待ってください。……なら、私を連れて行ってください。』

『佐々木、?』

『……お願いします。』

 

そう頭を下げる佐々木の姿に皆はもちろん、怒鳴りつけた生徒も何も言えなかった。


『ごめんなさい、佐々木さん……私、』


香織は泣きそうな顔をし、俯いたまま謝罪をした。すると佐々木は微笑む。

 

『大丈夫ですよ、雪代先輩。あたしがしたかっただけなんで!』

『で、でも……』

『なら、この事態が無事に解決できたらコンビニで何か奢ってください!あたし、コロッケと、ささみ揚げと、ハッシュドポテトと……唐揚げとおにぎりとサンドイッチとアイスが食べたいです!』

『待て待て待て、食いすぎだぞ佐々木!』

 

佐々木が挙げたあまりの数の食べ物に河上は困惑していた。その様子にクスッと香織は笑い、答える。


『ふふっ、用意するね。』

『え、あ、冗談だったのに……』


佐々木の顔は真っ青になっていた。


 


『ううっ……やらかしましたあ』

『別にいいだろ、それに俺も奢るし。』

『ええ……』

 

小声で校舎内の廊下を慎重に進んで行った二人。一階に上がるとやはり惨状は一階と変わらないなと河上は呟く。すると、一階から男女の話し声が聞こえてきた。


『!まだ生きている人が……』

『待て佐々木。あんまり聞いたことがない声だ。』


その時、誰かがいると焦ったのか河上は足元にある窓ガラスの破片に気づかずに踏んでしまい、ガチャンと音が辺りに響いた。


『あ、』

『っ、河上先輩!』

『すまないっ、今すぐ反対側の階段から降りて戻るぞ』

 

河上と佐々木は急いで階段から降りて体育館に戻ったのだ。



 

「……俺は、自分が情けねぇよ」


あの時、ガラスを踏まなければ何か違う未来があったのではないかと河上は嘆いた。

今、体育館にいる河上たちは、アサガネと名乗った男の部下たちから水や食料、衣類、そして治療を受けていた。


「……河上先輩、取り敢えず生き残ることを考えましょう。」

 

佐々木はそう言わずにはいられなかった。







 


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