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7 残酷な現実

ああ、何も出来なかった――その悔しさが、河上の奥歯を(きし)ませていた。

男の名は河上(かわかみ)といい、剣道部に所属する二年生だ。河上は拳を握りしめたまま、その場から動けずにいた。

 

「河上先輩……」

「嗚呼、佐々木か……」


駆け寄ってきたのは佐々木、今年から剣道部に入ってきた一年生だ。


「……私は、何も出来ませんでした。」

「俺もだよ、佐々木。」


ふたりの脳裏には、二、三時間前の出来事が甦る。

一年生の練習試合中、校庭に差し込んだ眩い光。目を閉じたら、気づけば見知らぬ紅葉の森に学校ごと転移していた。


 『っ、どうなってんだ……!!?』


金属がぶつかる音、誰かの断末魔、土と血の匂い。河上は動揺を隠せずにいた。

もちろん周りもそうで、佐々木に至っては現状を理解できずにぼけっとしていたのだ。

 

この道場に残っているのは一、二年生だけ。部長と顧問は「ここで全員待つように」と言い残して二人で去っていった。

 

このまま待っていても何も始まらない。二年生が一年生を引っ張らなくてはならないのに、河上は状況が理解できず、指示がうまく出せないでいた。

 

その時、剣道場の戸が勢いよく開いた。一人の少女……香織が駆け込んできた。彼女の目は血走っている。


『みんな、生きてる!? 早く、体育館へ!』

 

河上は耳を疑った。だが香織の声には隙がない。


『外に、殺人鬼がいるの、人を殺して回ってる。体育館の場所はまだ把握されてない!

皆で固まって、それぞれの得意分野で守れば、勝機はある!』


河上は何とか香織の言うことを理解しようと頭をフル回転させて、答えた。


『まて、ちょっと待て、状況が色々追いついてない!それに、そんな一箇所に集めたら殺人鬼に一網打尽にされるだろ!』

『っ、バラバラに逃げるのはもっと危ない。誰が生きてるか確認できないまま死ぬやつが増えるだけよ!』

 

言葉は短く、しかし重かった。

河上は彼女の瞳を見て、決断を迫られる自分があることを認めた。

 

『ああっ、分かったよ!剣道部全員は竹刀や何か武器になるものを持って体育館に避難だ!』


河上が指示すると、剣道部全員で体育館に向かう準備を急いでし始める。


この場に反対を言える人間は、いなかった。



『他の部活動の子達にも体育館に向かうように言ったし、これ、保健室からパクってきた!』

『それ、医療キットか!』

『そうそう、怪我人いると思うから!

 ……あとさ、朔夜来てない?』

 

河上は目を見開いた。


『お前、あいつの所に行ったんじゃないのか?』

『うん、でも言い合いになっちゃって……朔夜、飛び出して行っちゃったんだ。』

『飛び出してって……』



河上は思い出す。

朔夜が春の大会にて他校の生徒と試合になった際に敗北したことを。その試合を朔夜は引きずっていたことを。

きっとその事で二人は言い合いになったのだと、河上は悟る。

 

『朔夜は多分、あそこに行ったんじゃないか?』

『あそこ、って?』

『嗚呼、香織は知らなかったな。この学校の裏庭にある倉庫、滅多に使われないし、鍵もあるから一部の生徒から溜まり場になってたんだ。

……朔夜のやつ、ストレス溜まったらあそこによく行っていたからな。』


河上がそう言った瞬間、香織の顔から血の気が引いた。

外では、また誰かの悲鳴が聞こえた。

謎の殺人鬼に見つからないように、剣道部全員で静かに体育館に向かっていく。

校庭の方で、血を流した部長を絶叫しながら抱いていた顧問の教師を鎧を着た者が斬っていたのは、河上の見間違いではなかった。



 

『……いろんな部活の奴らが集まってるな。』


体育館に着くと、河上は目を見開く。香織の言う通り、他部活動の生徒たちが集まっており、全員が恐怖や困惑、不安に押しつぶされそうな顔をしている。


『っ、私倉庫に行って――――』

『おまっ、馬鹿野郎ッ!!今やばい奴らがいるんだぞ!!』

『で、でも朔夜が……!!私の、せいで――』

『朔夜は意地汚ねぇから大丈夫だ!!今は自分の命を優先しろ!!』

『でも、でも、私があんな、あんなこと言ったから、朔夜が……!!』


その叫びは、恐怖よりも後悔のほうが勝っていた。


『っ、奴らが来た……!扉、閉めるぞ!』


そう誰かが言うと、体育館のドアが閉まる音がやけに重く響いた。

外の悲鳴は、もう聞こえなかった。

 

―――――それが、不気味だった。


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