3 物語の主人公
どうしてこうなったのか分からない。
香織の顔が浮かぶ。逃げた自分が、許せない。
恐怖と後悔と……死への実感だけが、頭を埋め尽くしていた。
校庭にいた生徒や先生が男達によって蹂躙され、振るわれた刀によって血飛沫を上げていた様子を見た俺は急いでその場から、逃げ出していた。
金属がぶつかり合うような音が響く。
誰かの悲鳴が、切り裂かれた。
鼻を突く鉄の匂い――血の匂いだと、ようやく気づいた。
「(こんな時、主人公は敵に立ち向かうはずだ。……なのに、俺は香織を置いて逃げ出した。)」
顔を歪ませながらも、倉庫の裏にあるフェンスをよじ登り、当てもなく走る。
「逃すんじゃねぇぞ……!!」
「あったりまえだろ!あのクソガキ……!!」
背後から荒い息と足音が迫ってくる。地面を蹴る音が、すぐ後ろだ。
全力で駆けていたが――その先は、断崖で後ろを振り返ると男達が迫っていた。
「っ、」
もう逃げられないのだと悟り、その場に崩れ落ちた。
「ようやく追い詰めたぞ……さあ、死に晒せ!!」
頭上には、本物の真剣が振り下ろされていた。
「(死ぬ時って、なんか、辺りがスローモーションみたいに感じるって本当だったんだ。)」
そんな事をぼやっと考えていたが、あの時の傷ついた顔をした香織の姿が脳裏を過ぎる。
「(……違う。違うだろ。)」
足が震え、うまく立つことができない。
「(勝手に逃げて……香織、死んでごめんで済むか……!!)」
それでも、立たなきゃいけない。
「俺は、生きる……!!」
次の瞬間、金属の火花の中、黒い影が割り込む。
黒い影は少女だった。
少女の持つ刀が、男の刃を弾き飛ばしていた。
火花が散る中、少女の声が辺りに冷たく響いた。
「……この男の命、私が貰い受ける。
――――邪魔立てするなら容赦は、しない。」
束ねた長い黒髪が風に吹かれて靡く。
そしてどこか翳りのある瑠璃の瞳が俺を射抜く。
―――その少女はまるで、物語の主人公のようだった。
「彼を殺したければ、私を殺してからだ。」
少女は目にも止まらない速さで、落武者へと刃を落とした。――刃を落とした瞬間、血が夜風に散った。
「……全く、弱すぎる。」
少女はため息をつくと、静かに刀を鞘に収めた。
辺りは血に濡れた男達の死体。思わず強い吐き気を催した。
「(――まずい、吐く。でも、吐いたら、)」
少女が何の躊躇もなく男達に刀を振るうのを、ただ怯えながら見ていた。
ここで吐いてしまえば、少女に殺されてしまうかもしれないと、吐きそうになるのを両手で抑え、必死に我慢する。
すると、少女は近づくと静かに告げた。
「吐くなら、吐いてしまえ。」
「……え」
「その様子だと、お前の世界ではこの光景は当たり前ではない、お花畑のような世界だったのだろう。
…………だったら、吐いてしまえばいい。」
次の瞬間、少女の方とは逆の方向に向くと吐き、泣いた。
涙が、止まらなかったのだ。
「(死ぬのが怖い、怖くてたまらなかった。
なんでこんな目にあってるんだ?
香織に酷い事を言ったから?………全てから、逃げ出したから?)」
泣きながら、思っていた。少女は何を思ったのか俺の背中をさする。
震える背中に、温かい手が触れる。
夜風の中、その手の温もりだけが、確かに生きている証だった。




