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9 新しい夜


異世界転移から数時間後。

アサガネ配下の軍勢が紅蓮山の山道を進んでいた。先頭に立つ指揮官が前方を凝視した先に、影のような男がぽつりと立っていた。

 

「おやおや、皆様方、どうしてこんな山奥に?」


長い銀髪を後ろで束ね、翡翠のような瞳を持つ男を見て、先頭の指揮官が歯を食いしばり、低く返す。


「……お前は山神(やまがみ)眷属(けんぞく)、妖狐だろう?」 

 

男はにやりと笑い、ざわつく風が耳を撫でた。背から六本の尾が、ほんの一瞬だけ揺れた。

扇を取り出す仕草は優雅だった。だが、その瞳に宿る熱は、凍てつくように冷たい。

 

「ありゃ、正体バレちゃったか。じゃあ、消えてくれないかな?今日は仕事が億劫(おっくう)でね」

 

指揮官が叫ぶ間もなく、男が扇をひと振りした。

爛々(らんらん)たる炎が風を裂き、山腹を赤く染める。兵の咳き込み、慌ただしい叫びが一斉に広がった。多くの負傷者が地に転げた。

男は肩をすくめるように笑う。


「僕はね、あんまり殺生は好かないんだ。ただの警告さ。

―――弱い者を連れて退いてくれないかい?」

「ぐっ、撤退だ!!」


指揮官が兵を率いて撤退していった。

その背を見届けた次の瞬間、炎は――いつの間にか霧に呑まれるように消えた。


翡翠(ひすい)

 

その様子を一人の男は静かに見ていた。

 

「幻覚とは……炎を出すのは辞めたのか、お主。」

「え〜。炎なんて出すと思ってた?昔の僕じゃないんだからさあ……あと、扇なんだけど不調気味なんだ。治して〜」

「……お主という奴は、はあ、全く。」



老人口調で話す、茶髪に赤い瞳の男は静かにため息をつくと、男の扇を取り上げ、「一時間待て」と言い放つ。

 

狸爺(たぬきじい)さん、いつもごめんね〜」

「爺じゃない緋石(ひせき)だ。……あと、女遊びをやめろ、人間臭くてたまらん。」

「え〜。女の子と遊べなくなるのは嫌だ〜。」


夜風が、二人の笑いを(さら)っていく。


「……それにしても、懲りないねえ人間は。」

「…………翡翠、気をつけろ。

最近アサガネのヤツが何かを企んでいるようだ。」

「知ってるよ、けど無駄でしょ。

 ――人間は神秘には敵わないのだから。」

「…………」



この世界にはある法則があった。

それは、人間は、神秘には敵わない。

 

そして、神秘に抗うには――さらなる神秘を、ぶつけるしかない。

これが、この世界の法則だ。


「ま、警戒はするよ。だって――――」


翡翠と呼ばれた妖狐は空のほうへ目を向け、睨みつけた。

 

「……ヤツら、勇者召喚に成功したみたいだしね。」

 

夜空に緑、赤、青などの歪んだ光が走り、紅葉の森の上空に鏡を割ったような巨大な裂け目が生まれていた。



 

 

「ねえ、アサガネさまー?」

「なんだ、傾奇者。」

「なんで軍を山に送ったの?今の段階じゃ無理って分かってたでしょ。」


傾奇者とアサガネは学校にいる負傷者たちの手当てなどを見守る中でそんな会話を交わす。

アサガネはニヤリと笑い、傾奇者に言い放った。


「決まっている、奴らを油断させる為だ。……勇者だけがこちらの切り札だと向こうは思っているからな。」

「まあねえ〜、山神はいざ知らず、その山神の眷属"(あやかし)"を倒す手段はいくらでもあるからねえ」


傾奇者は(あやかし)山神(やまがみ)を嘲笑うようにゲラゲラと笑う。






 

 

「……ここまで来れば、少しは安全か。」

 

瑠璃は辺りを警戒しつつ、朔夜は静かに呼吸を整えていた。

 

「…………良い新月だ」


 

瑠璃の声に、朔夜は夜空を仰ぎ、月の光に目を細めた。

朔夜の目には、月がとても輝いて見えた。



 

序章 「始まりの夜」




 

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