小噺『転生インターンシップ』
落語風の小噺を執筆しております。お気軽にお読みくださいませ^^
夜も夜中、深夜2時頃、洋子の部屋にインターホンの音が鳴り響きました。
「・・・なによこんな時間に~」
と、寝ぼけ眼でドアモニターに近づく洋子。モニターを見ると、そこには20代ぐらいの見知らぬ女性が立っておりました。
「えぇ・・・こんな時間に一体なんなのよ・・」
と訝る洋子に、その女性がモニター越しに声を掛けました。
「遅くに申し訳ございません。突然のことで恐縮なのですが、洋子様にご相談したいことがございましてお伺いした次第でございます」
「相談て・・・あなた一体誰なの?どこかで会ったことあるかしら?」
「いえ、これまで一度もお会いしたことございません。私の正体についてはそちらに上がらせていただいてからお話させていただければ・・・」
「そんな素性のわからない人を、しかもこんな時間に上げられるわけないじゃないの。まずはそこで話して頂戴よ」
「それはおっしゃる通りなのですが、なにぶん、周りに聞こえては問題になりますので・・」
「周りに聞こえちゃまずい身分てこと?ますます入れるわけにはいかないわ。もう帰ってちょうだい」
「と、言われましても、私にも時間がありませんので・・」
と、洋子の後ろからその女が声をかけてきたのだからびっくり仰天。
「キャーーーー!あああああんたいつのまに入ってきたのよ!」
「どうか落ち着いてくださいませ。そんなに叫んではお隣に気づかれてしまいます」
「だだ誰のせいだとおもってるのよ!あ、あんた泥棒ね!私と話してる隙に、ピッキングかなんかで鍵を開けて入ってきたんでしょ!け、警察に通報される前にさっさと出ていきなさい!」
「いえいえ、わたくしは泥棒ではございません。そもそも泥棒だったとしたら、わざわざインターホンを押して起こすようなことはいたしません」
「そ、そうかもしれないけど、新手の手口かもしれないじゃない。出てきたところを殴って気絶させるとか。あとはそう、呑みに連れていって、その間に仲間が盗みにはいるとか」
「・・・いずれにしろ、わたくしは泥棒ではないのでご安心くださいませ」
「ど、泥棒じゃなかったら一体なんなのよ」
「はい、わたくし、幽霊でございます」
「あら、幽霊なのね。なら安心・・ってなるわけないじゃないの!もっとマシな嘘をつきなさいよ」
「嘘ではございません。その証拠にほら、わたくしに触れてみてください」
「そ、そうやって伸ばした手をつかんで縛り上げるつもりなんでしょ!そんな細い腕して油断させて!」
「そんなつもりはございませんが・・でも、たしかにいきなりそんなことできませんね。失礼いたしました。では代わりにわたくしがこちらのペットボトルを掴んでご覧にいれましょう」
と、女性は机の上のペットボトルをつかもうとしましたが、その手はするりとペットボトルをすり抜けていきました。
「ご覧の通り、わたくしは実体をもたない幽霊なのでございます」
「そ、そんな・・じゃあ、ここに入ってきたのも?」
「はい、ドアをすり抜けて入ってまいりました。ご挨拶無しに上がりこみましてあいすいません」
「で、でも、それじゃあどうやってインターホン押したのよ?」
「実は地上に干渉できる手袋がありまして」
「そんな都合のいいものが、霊界?にはあるのね・・・いやそんなことより、一体何しにうちに来たのよ?」
「はい。あ、まずは自己紹介させてください。わたくし、ケイ子と申します。ケイはカタカナ、子は洋子様と同じ子供の子でございます」
「ケイ子さんね。なんだか古風なお名前ね」
「ええ。それには多少理由があるのですが、それは後程触れるとしまして・・実はわたくし、現在転生活動中なのでございます」
「え?転職活動?」
「いえ、”転生”活動でございます。転生というのはご存じないですか?」
「仏教なんかでいう輪廻転生の転生のこと?聞いたことはあるけど、ほんとにあるとは思わなかったわ。でも、活動てのはどういうことなのよ?」
「それこそ、転職活動のようなものでして、自分が転生したいと思う人物のことを調査して、最終的な転生先を決定する、といった活動でございます」
「えぇ・・そんな俗っぽいものがあの世にもあるのね・・・その、転生先は自由に決められるの?」
「いえ、ある程度は制限しないとうまく回っていきませんので、どんなものにも転生できるというわけではございません。各人にいくつかの選択肢が割り当てられ、その中から希望のものを選ぶ、という形式になっております」
「ふーん。まあそんなものかしらね。で、私の家に来たのも、その転生活動の一環というわけ?」
「はい。実は昨今のあの世では、これまでの転生活動のあり方が見直され始めておりまして。過去の転生活動は、転生先の様子をあの世から眺めるだけのものでしたが、それだと、実際に転生してみたら想像していたものと全然違ってた、というケースがしばしば発生していたのです」
「ほんとに就職活動みたいな話ね。でもちょっと待って。実際に転生したら想像と違ってた、て、その感想は誰から聞いたのよ?まさか転生した後でも前世の記憶がしっかりあって、しかもあの世と交信できたりする、てこと?」
「人事から聞いた話によると、なのですが、物心がつくまでの間はまだ前世の記憶が残っていて、あの世とも交信ができるそうなのです。その後、ある程度の時を経て、前世の記憶やあの世と交信する力は消されるとのこと」
「・・なんだか嘘くさいわねぇ。まぁ幽霊を前にして嘘くさいと言うのもなんだけど」
「噂では、ごくまれに前世の記憶が消え切らなかったり、あの世と交信する力が残ったままの人もいるとか。ほら、まるで人生2周目なのではないかと思わせる子供がいたりしますでしょ?あとはイタコとか」
「え~、そりゃそう感じる子もいるけど・・・信じがたいわねぇ。まぁ仮にそうだとして、ようは転生した先での生活が思わしくなくて、それに対してあの世に対してクレームを入れる人が出てきて問題になっている、ということ?」
「はい。ですので、転生する前に転生先の内情をもっと知れるようにと、転生インターンシップが始まったのでございます」
「ん?ということは、あなたもインターンシップとしてうちに来た、ということ?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
「いや、私、まだ結婚もしてないし、まして妊娠なんてしてないわよ?・・・ええ、してないしてない・・・大丈夫、あのときは安全日だったし・・・」
「あの、誤解させたようで申し訳ありませんが、なにも妊娠してから伺わないといけない、というルールはございません」
「なんだそうなのね!ビックリさせないでよ〜・・・ああ安心したわ」
「ただ、洋子様が妊娠してるかしてないかは、私も存じ上げません」
「えぇ・・・なによそれ、ぬか喜びじゃないの・・・」
「申し訳ありません。もし何か心当たりがあるようでしたら、一度お調べになるのがよいかと思います」
「・・余計なお世話よ」
「いずれにしろ、将来お生まれになる洋子様のお子様が、私の転生先候補の一つになっておりまして、この度インターンシップとしてお伺いした次第でございます」
「そうなのね・・・あぁ、色んなことが一気に舞い込んできたから頭が痛くなってきたわ。少し落ち着かせてちょうだい」
「これは失礼いたしました。ぜひ一度お座りになってくださいまし。なにか飲み物でもご用意いたしましょう。こういうことも、インターンシップ活動の一環でございます」
「ああそう・・・。じゃあ台所から適当に何かもってきてくれるかしら」
「かしこまりました。ではちょっと失礼しまして・・・
・・・
・・・あの、お休みのところ早速で申し訳ありませんが、急須やお茶っ葉はどちらにありますでしょうか?」
「急須にお茶っぱ?そんなもの、うちには無いわよ」
「さようでございますか。えと、では何をお飲みになってらっしゃるのでしょうか?」
「冷蔵庫にペットボトルのお茶が残ってるはずだから、それを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました。ではちょっと失礼して・・・うわっ!・・・これはまあ・・・」
「え?なによ一体?」
「あ、いえ、お茶はあったのですが・・・その、なんと言いますか・・・冷蔵庫の中がちょっと・・・」
「な、なによ。中が汚い、て言いたいの?し、仕方がないじゃない、いつも仕事で忙しくて自炊できないのよ」
「それは仕方がないことですが、せめて賞味期限が切れたり、腐ってるものは早めに廃棄されるのがよろしいかと」
「わ、分かってるよ。というか、インターンシップで来てるなら、そういう処理もやってくれていいんじゃないの?」
「ええ、それはもちろんでございます。それは後程としまして、ひとまずお茶を入れましょう。えっと、コップのようなものは・・・あ、これが食器棚かしら、でも棚の中は空っぽのようですね・・・
あら!まあまあこれは・・・」
「もう!今度はなんなのよ!」
「いえ、シンクの煩雑さに、少々、驚きまして・・・」
「少々のリアクションじゃなかったわよ。それも仕事が忙しくて洗う暇がないのよ。ちゃんと週末には洗う予定なのよ・・・」
「さようでございますか。ですが、こちらも後ほど私が洗っておきますので、ひとまずはグラスを・・・はい、どうぞ、お茶でも飲んで落ち着いてくださいませ」
「落ち着かないようなこと言ってくるのはあなたなのよね・・・でもまぁありがとう、いただくわ」
「では私も失礼しまして。よっこいしょ。しかしまあ、洋子様もなかなかお忙しいようでございますね。この先結婚して子供を育てるとなったときはどうなさるおつもりなのでしょうか?」
「い、いきなりだわね。そのときはそのときで考えるわよ」
「退職して家庭に入る、というのも考えてらっしゃるのでしょうか?」
「はは、そんなこと考えてないわよ」
「あら、そうでございますか。お子様をしっかり育てるには、母親が専業で面倒みるのがよろしいかと思いますけれど」
「そんなのムリよ〜。今の時代、教育費にいくらかかると思ってるのよ。共働きで稼いでいかないと、そもそも子供なんて産めないし育てられないわ。あとね、女性が家庭にはいらなきゃいけない、なんて価値観はもう古いのよ」
「あちらの世界でも聞いてはおりましたが・・世知辛い世の中でございますね。とは言いましても、やはり母親の愛情というのは、幼い子どもにとっては大事な栄養ですから、そういったことも少しはお考えになってはいかがでしょうかねぇ」
「あなた、私の母親みたいなこと言うわね・・・」
「いえいえ。むしろわたくしの母親が洋子様になる予定でございますので」
「・・そ、そうだったわね。まさか生まれる前の自分の子供から育児について説教されるとは思わなかったわ・・」
「それも転生インターンシップの利点の一つでございます。転生してくる人間の方が人生経験豊富ですから、その知識を伝授すれば、育児の悩みも少なからず減らすことができる、と。また、転生してくる人が生きた時代と転生先の時代には、当然ながら隔たりがございますから、先ほどのように価値観にも大きな隔たりが生じることがございます。ですが、こうして一度家庭にお邪魔すれば、その価値観のすれ違いを少なくしていくこともできるのです」
「ふーん。まぁ言ってることは分かるけどねぇ。ところで、そういうケイ子さんが生きてた時代はいつなの?」
「わたくしの場合は、昭和の初め頃でございます」
「昭和の初め!?かれこれ100年も前じゃないのよ。よく今まで転生しなかったわね」
「よく言われることでございます。ですがわたくしの場合、あの世にきてからすぐに転生するといっても、まだ日本は戦時中でございますでしょう。正直申しまして、あのような悲惨な状況の日本に戻りたいとは思えませんでした」
「それはそうよね。でも、戦争が終わって、例の高度経済成長期の頃には戻ってもいいと思えたんじゃないかしら?」
「たしかに、その時代に転生していった同期もたくさんおりました。ですが、わたくしにとっては少々派手すぎたいいますかねぇ、あの雰囲気についていくのは骨が折れそうだと感じましたので、ここでも転生はお断りさせていただいたのでございます」
「結構融通が利くのね、転生というのは。それで?どうして今になって転生する気になったのかしら?」
「はい。なんだかんだと理由をつけてはあの世にとどまっていたのですが、あの世の高齢化もだいぶ進んでまいりましてねぇ、さすがにこれ以上はまかなえないということで、半ば追い出されるように転生することになったのでございます」
「・・・想像していた以上に現実的なのね、死後の世界って・・・じゃあ本音としては、別に転生したいわけじゃない、てこと?」
「いえいえ、いずれはやらねばならぬことだと思っておりましたし、今の地上もそこまで悪くはございませんので、前向きに検討させていただいておりますよ」
「そこまで、てのが気になるけど、いやいやじゃないならよかったわ。全然気乗りしない人が私の子どもとして生まれてきたら最悪だもの」
「その点はご安心ください。その証拠に、洋子様以外にも20件ばかし、インターンシップを予定しておりますので」
「20件も!?そんなに回りきれるの!?」
「大変ではありますが仕方ありません。今は少子化ですので、転生できる数も限られております。いわゆる転生難という状況でございますので、なるべく多く顔を出しておく必要があるのでございます」
「ほんとに世知辛いわね・・死ぬのが嫌になってきたわ。ところで、そんだけの候補数の中で、私は何番目の候補なのかしら?」
「もちろん、洋子様が第一候補でございますし、もし選んでいただけましたらそのほかの候補についてはすぐにお断りするつもりでございます」
「転生活動でも転職活動の定型文を丸々転用してるのね・・・まぁいいわ。で、この先どうするの?しばらくうちで生活するつもり?」
「洋子様さえよろしければ、そうさせていただけますと幸いでございます」
「うーん、炊事洗濯とかの面倒みてくれるなら構わないわよ」
「ありがとうございます。それでは1年ばかし、お世話になりますのでよろしくお願いいたします」
「い、1年もいるつもり!?あ、あなた20件回るんでしょ?全部回るのに20年かかるわよ?」
「あ、20件は同時並行でございますよ。我々幽霊は簡単にあちこち移動ができますので、その辺は問題ございません」
「あ、あぁそうなのね。まぁもうなんでもいいわ・・・」
「洋子様にしても、一人っきりになりたいときもございますでしょうから、そういうときには他所のお宅に出かけますのでご安心ください」
「あ、そういうことなら、ほら、私にも一応彼氏がいるわけよ」
「えぇえぇ、さきほど妊娠を心配されたお相手でございますね」
「・・・それはいいのよ・・。で、当然ながらうちに来ることもあるわけだけど、そのときは出かけててくれるわよね?」
「はい、洋子様がお望みとあればそういたします。ですが、そのお相手様が、もしかしたら将来わたくしの父親になる可能性もございますので、できましたらそちらの男性も吟味させていただけますと幸いでございます」
「吟味って・・・なんか変なことするんじゃないでしょうね?」
「まさかそのようなことは。傍から観察させていただくだけでございますよ」
「私だけならまだしも、彼氏の査定もされるとはね・・・さっきみたいに昔の価値観で判断しないでちょうだいよ」
「そこは重々心がけております。しかしまぁ、冷蔵庫や炊事場をあのような状態にされている洋子様を受け入れてらっしゃるのですから、きっと器の大きなお方なのでございましょうねぇ」
「あんたもしつこいわね・・彼氏がくる前にはちゃんと整理しているのよ」
「あら、うまいこと化かしていらっしゃるのですね。幽霊のわたくしも顔負けでございますわ」
「・・くだらないこと言ってるんじゃないわよ。さて、もう今日はいいでしょ。こんな時間に起こされて、眠くてしょうがないわ」
「これは失礼いたしました。では明日からしっかりお勤めさせていただきますのでよろしくお願いいたします。お休みなさいませ」
「はいはい、お休みなさい・・・。って、そんなところに突っ立ってられると寝れないわよ!」
「申し訳ありません。なにぶん、幽霊の指定席は枕元と相場が決まっております」
いかがでしたでしょうか。
こんな感じの小噺をアップしていきますので、引き続きよろしくお願いします^^




