未来に立つわたし
外の光は、やけに眩しかった。
窓のカーテンの隙間から差し込む午前十時の陽光に、澪は目を細めた。
カーテンを閉めるでもなく、開けるでもなく、そのまま布団の中で天井を見つめる。
今日は会社に行かなくていい。
いや、行けない。
数ヶ月前、澪は限界だった。メールの音に心が跳ね、上司の言葉に涙が止まらなくなった。
誰かの顔色をうかがって、目に見えない正解を探し続けて、自分のことなんてどこかに置いてきた。
——夢? 目標?
そんなもの、今の自分に必要だろうか。
ただ息をしているだけで精一杯なのに。
けれどある夜、ふと見た夢の中で、澪は誰かに手を引かれていた。
その人は言った。
「ほら、あそこにいるのが“未来のあなた”。行って、話してみて。」
夢の中で出会った“未来の澪”は、優しい顔をしていた。
少し笑って、こう言った。
「ねえ、覚えてる? あなた、子どものころ、図書館の司書になりたいって言ってたよね。
静かな場所で、誰かの探している本を一緒に見つけてあげるのが好きだったでしょう?」
——忘れていた。
そんなこと、もう遠い記憶の彼方にしまい込んだはずだったのに。
「未来の私」は続ける。
「好きなことだけやっていても、生きてる実感がなかったよね。
でも、“未来にいる自分”を信じるだけで、ほんの少しだけ前に進めるよ。」
澪は目を覚ました。
夢だった。
でも、不思議と胸の奥が温かかった。
その日から、澪はノートを開いて、未来の自分に手紙を書くことにした。
“わたしへ。今日、ほんの少しだけカーテンを開けたよ。”
“わたしへ。本屋に行って、読みたい本を一冊買ったよ。”
“わたしへ。図書館の求人、検索してみた。”
小さな一歩が、未来への地図を描いていった。
やがて澪は気づく。
「今」だけに生きていると、世界は止まったままになる。
でも「未来」に立つ自分をほんの少しでも想像することで、自分の居場所を社会の中に見出せるのだと。
未来の澪は、きっと今日よりも笑っている。
だから今日も、彼女はペンをとる。
未来に立つわたしへ。——また会いに行くよ、と。