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三 しあわせな結婚の指南役

 あっという間に日がたって、アレクシアはステイントン侯爵家に加わる日をむかえた。


 侯爵家は郊外の領地の屋敷のほかに、首都にもタウンハウスを持っており、夫人は今年は一年じゅう、このタウンハウスで過ごすつもりのようである。


 実はそれもすべてアレクシアのためだった。


「あなたはもう十七歳でしょう。わたくしたちのまわりでは、女子は十七歳になったら、王宮への拝謁(はいえつ)を経て、正式に社交界へデビューをはたします。いますぐにも王宮へあがって恥ずかしくない淑女としての教育をはじめなければなりません」


 そのための勉強と、簡単な舞踏会への参加練習を、社交シーズンをむかえるまえに、首都で済ませようと言うのだ。


「そう、あなたに、お目付け役をつけなければいけませんね」


「シャペロンですね」


 ヴァージルから聞いていたとおりの単語が出てきて、アレクシアはどきりとした。


「ええ。上流階級の令嬢は、いつでもひとりで外出することは叶いません。かならず誰か供のものをつけなければいけないの。昼の散歩などでしたら、家庭教師やメイドでかまいませんが、社交の場の舞踏会ともなれば、そうもいきません」


 そこで、適任のかたが名乗りをあげてくださったわ。と、侯爵夫人はうれしそうに笑う。


「わが夫、ステイントン侯爵のいとこにあたるステーシー子爵家の三男にあたる方です。軍に所属し、自力でナイトの位をたまわりました。優秀な方ですよ。わが家の養女となったあなたからは、はとこの関係になりますね」


「男性……なのですか。お目付け役を男性がつとめることもあるのでしょうか」


「ええ、兄上や父上がつきそいというご令嬢もいらっしゃいますよ。わたくしには娘がおりませんから、社交界で人気の紳士や、有力な紳士についての情報にはさとくありません。わたくしがお目付け役になるよりも、きっと彼の方があなたの力になるでしょう」

 

 ご紹介しますね、と言う侯爵夫人の案内にあわせて、室内に入ってきた人物をみて、アレクシアは息をすいこんで、そのまま吐き出さず、口をおさえた。


 当の本人は、すずしい顔でアレクシアのまえに立つと、人生できょう初めて会った令嬢にするように丁寧にあいさつをした。


「はじめまして。レディ・アレクシア。わたしはヴァージル・オブライエン・ステーシー」


 見上げた目線で、アレクシアにだけわかるように、サー・ヴァージル・オブライエンは小さく笑った。





「すぐ会えるって言っただろう」


 ふたりだけで応接間に残されたアレクシアは、すぐにヴァージルに詰めよった。


「それにしては、あまりにもすぐ(・・)ではありませんか」


 知っていたんですね。とアレクシアはあきれたようにヴァージルをなじる。


「あの日、君に話をきくまで本当に知らなかったよ。子爵家にもどって確認したら、どうやら間違いないらしいので、シャペロンに立候補した」


「どうして」


「言っただろう。これはチャンスだって。焚きつけたのが俺だからな。最後までめんどうみるよ」


「なにか……たのしそうですね」


「そりゃあ楽しいさ。なりたての侯爵令嬢をいかに条件のいい相手と結婚させるか? こんなたのしいゲームはないだろう?」


「人の人生で楽しまないでください」


「大丈夫、俺が付いているんだから、まちがいない。かならず君に、幸せな結婚をさせてあげるよ」


「二十歳になったら結婚してくれるという約束は?」


「もちろん有効だが、それまで指をくわえてぼうっとしているのはもったいない。積極的にいこう。そうすればそんな約束あっという間に、ないも同然さ。そもそも君と俺じゃあ、今度は俺のほうが格下だよ。侯爵夫人がお許しにならない」


 しあわせな結婚ね。


 アレクシアは、ヴァージルが最終目標にさだめるものについて、自分でも考えてみる。最初に彼女に結婚という言葉を意識させたのは、まぎれもなく目の前のヴァージルだったのに。

 

 優秀な軍人で、将来を期待され、自力でナイトの称号も取ってきた。ヴァージルは貴族のご令嬢から求婚されてもおかしくはないような、立派な青年将校だ。


 ずっと、生きる世界がちがう、釣り合わないと思って、見ているだけだった。やっと近づいたと思ったら、今度はアレクシアのほうが身分が高すぎるという。


——人生って、うまくいかない。


「顔が暗いよ。いい加減自分の人生の転機というものを、受け入れたら?」


 ヴァージルはつとめて軽い口調でアレクシアに声をかける。


「……いままでの自分が全部なくなってしまうようでいやなんですよ」

 

 まだ暗い顔が晴れないアレクシアに、ヴァージルはいままで聞いたことのないくらい優しい声で語りかける。


「そうか。わかった。じゃあ俺は、君がレディ・アレクシア・ステイントンになっても、ずっと変わらずアレクシアとしてあつかい続けるよ」


「え……」


「テイラーの働きもののジェネラルメイド、アレクシアだよ」


 彼女の反応がかんばしくないのを見て、ヴァージルは首をかしげてもっとくだけた言い方をする。


「どっちがいいんだよ」


 ヴァージルは詰めよるように顔を近づけてくるが、言い方はやさしかった。


「言えよ。レディと、アレクシア。どっちがいい?」


「アレクシア。アレクシアがいい……。レディには、私まだなりきれません」


「よし、わかった。アレクシア。これはふたりだけの約束だ。君は俺のまえではずっと、ただのアレクシア」


 作らない笑顔をふりまいて、ヴァージルは宣言した。

 


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