表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

始まり

ーー1999年5月。この頃はある事が世間を騒がさせていた。

 ノストラダムスの大予言。

 それは遠い昔の占星術師が占った、1999年7月に地球が滅びるという予言だ。

 世界中の人々はそれを本気で信じていた。

 それは風原千草のクラスでも例外なく――

 

「今月の月刊ウー見た? やっぱりノストラダムスの予言は本当なんだよ」

 美玖はそういうと、千草の机の上に勢いよく雑誌を置いた。

 千草は頬杖をつきながら美玖の一連の動作を目で追う。

 「ノストラダムスって……何言ってんのかね、この子は」

 千草はため息をつくと机の上の雑誌を手に取り、開いてあるページを読み始めた。

 「えーと、ナニなにぃ……『1999年の7の月、空から恐怖の大王が降ってくるだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために』 ってなんじゃそりゃ!」

 読み終えると同時に、千草はガハハと勢いよく笑った。

「んなわけないでしょ。 恐怖の大王が来たときゃあ私が相手をしてやるよ」

 そういうと千草はファイティングポーズをとる。彼女は空手で初段をとっていた。

「えっ、じゃあ千草のそばにいて守ってもらおーっと」

 横から紗枝が話に入ってくる。

「いいよー」

 千草はニッと笑う。

「もー茶化さないでよ。 本当に怖いんだから〜」

 美玖は頬を膨らましながら、千種の肩を小突いた。

 「あはは、ごめんごめん。 ちょっとトイレ行ってくる」

 千草はそう言うと自分の席を立って、そそくさと教室を出た。


 ジャーーーー

 用を出し終えた千草は洗面所の鏡を見ながら手を洗う。

「ノストラダムス……ノストラダムスって、みんなばっかじゃないの」

 ブツクサと独り言を言う不機嫌な千種の顔が鏡に映る。

「本当に世界が滅びるわけないじゃない」

 ハンカチで手を拭きながら、千草は悪態をついた。

 「いえ、滅びます」

 後ろからか細い女の声が聞こえた。千種は反射的にその声の方を振り返る。

 そこには陰気そうな顔の女子生徒が立っていた。

「ああ、斑目さんか。 びっくりした……ってか声聞くの初めてな気がする」

 千草が困惑した顔をしながら言う。

「ってか、誰もトイレに居なかったはずじゃ……」

 斑目の陰気な雰囲気も相まって、千種の中での斑目が『人間かそうじゃないか』の境界線が曖昧になっていく。

「このままだと世界は滅亡します」

 斑目は千種との会話が成り立っていないのをお構いなしに、先ほどの言葉を繰り返す。

 「はぁ……? あぁ、斑目さん、予言とか好きな人? ……ってか手拭きなよ」

 千種はそういうと自分のハンカチを差し出した。

「手、ビショビショじゃん。 ほら、こっち側使ってないから」

 斑目は濡れた手で千種のハンカチを受け取る。

「……手を拭く? ありがとうございます」

 斑目は受け取ったハンカチを不思議そうな顔で見つめる。

 「ハンカチもう一枚あるから、それ使っていいよ」

 千草はそう言ってとトイレから出ようとした。

「あ、待ってください!」

 斑目の声が大きくなる。

「お願いです、聞いてください。 じゃないと、あなたはまた後悔してしまう」

 何を言ってるんだ、この人は。

 必死の斑目とは裏腹に、千草はどんどん引いていく。

「……や、ちょっと。 何を言ってるのか意味が……クラスであんまりそう言う事言わない方がいいよ」

 じゃ、と言って出ていこうとする千草の裾を斑目が掴んだ。

「風原さん……あなたは今日、大量殺人の容疑にかけられます……」

 斑目の言葉に、千草は怪訝な顔で振り返る。

「はぁ? 何言って……」

 千草はそう言いかけたが、斑目の真剣な目を見て言葉を詰まらせた。

「……大量殺人って何? 私がそんなことするわけないじゃん」

「そう、風原さんは大量殺人なんかやっていません。 だけど容疑者として逮捕される」

 斑目はそう言いながら裾をギュッと握る。

「占いか何か……? 縁起でもない事言わないでよ」

 千草は困惑しながら言った。

「これは占いなんて曖昧なものじゃない、これから起きる未来の話なんです」

「……え、意味わかんないんだけど」

 斑目の非現実的な言葉の連続に、千草は苛立ち始める。

「風原さんあなた今日の夜、仲のいいクラスメイトと学校に忍び込む予定ですよね」

 それを言われた千草はドキッとした。

 確かにクラスメイトに誘われて、今日の夜学校に集まる予定があった。

 盗み聞きでもされていたのだろうか、別に知られていてもおかしくはない。

「だから、何?」

 千草は少し不機嫌そうに答えた。

「そこでは、あなた以外の五人が死ぬことになる。 明らかな外傷を残して。

 ただ一人そこに生き残ったあなたが、容疑者として逮捕されるんです」

 斑目はまるで現状を知っているかのように話した。

「……なんで斑目さんがそんなことわかるの?」

「それは私が2050年から来た未来人だから。 私はあなたを助けに来ました」

 斑目は自信満々にそう言うと千草の眼を見つめた。

「……ごめん、私そう言う冗談あんまり好きじゃないんだよね」

 千草は目線を逸らしながらそう言い、斑目の手を無理やり振り解いてトイレから立ち去った。

 トイレで一人になった斑目は、千草の立ち去った方を見つめる。

「ああ……また失敗してしまった」

 彼女は肩を落として力無くつぶやいた。


 千草はその後の授業も全く集中できなかった。

 話したことのないクラスメイトに突然『あなたは殺人犯になる』なんて言われたのだから当然の事だった。

 下校のチャイムが鳴り、学生がは次々と教室から出て行く。部活に行くものと帰宅するもので行き先は分かれた。

 「千草帰ろー」

 その声と同時に後ろから羽交い締めにされる。

「ちょっ紗枝、苦しいって」

 羽交い締めにされた腕を叩く。

 「ごめん、ごめーん」

 紗枝は特に悪びれた様子もなく舌を出した。

「だって今日の千草、ノリ悪いんだもーん。 どしたの?」

 そう言いながら紗枝は千草の顔を覗く。

「なんもないよー。 ただ今日の授業つまんなかったなーって思ってただけー」

 千草はそう言いながら顔をしかめる。

「確かになぁ、山センの授業はマジで子守唄だったわ」

 紗枝はそう言いながら自分の言葉に、ウンウンと頷いていた。

「確かに」

 千草は愛想笑いをしながら学生鞄を手に取る。

「今日の夜までどうする? マックで時間潰す?」

 紗枝が千草を誘う。紗枝も今夜集合する一人なのだ。

「いや、一回家に帰ろうかな」

 千草は紗枝の誘いを断った。正直、一人になりたかった。

「そっか……じゃ、私も一旦帰ろっと」

 そうして千草と紗枝は一度帰宅することにした。


「今日の夜ってさ、何するか聞いてる?」

 千草は下駄箱から靴を取り出しながら、紗枝に問いかけた。

「いんや、なんも聞いてない」

 紗枝はそう答えると、下駄箱から出した自分の靴を放り投げた。

「なんとなくだけど、嫌な予感がするんだよね……やっぱ今日はやめにしない?」

 千草の言葉に紗枝が驚く。

「ほんとどうしたの今日、体調でも悪いの?」

 千草はノリの良さだけで生きてきた。そんな千草がこんなことを言うんだから只事じゃないと紗枝は思った。

「そうだね、今日は中止にしてもらおうか」

 そう言うと紗枝は携帯電話を取り出し、この企画をした美玖に電話をかけた。

『――もしもーし』

「あ、美玖? ごめん、今日なんだけどさー私も千草も用事があって行けそうにないからさ、別日とかにしてもらえないかなー?」

『えっ……そうなの? わかったー、じゃあみんなにも伝えておく』

 美玖がそう答えるとブチッと電話が切れた音がした。

 とりあえずこれで斑目の予言は外れそうだ、と千草は安堵した。

「紗枝、ありがとー」

「全然。 でも何かあったの?」

 紗枝は心配そうな顔で千草を見つめる。

「いや、それがさ……」

 千草は言おうか言うまいか悩んだ。

 今日あなたは死んで私がその殺人犯として捕まる、なんて口が裂けても言えない。

「……ノストラダムスの予言ってさー本当だと思う?」

 苦し紛れに出てきた言葉だった。

「えっ? 何? 本当にどうしちゃったの!?」

 予想外の言葉に紗枝は吹き出して笑った。

 紗枝のその反応に千草は少し恥ずかしくなった。

「いや、私は信じてはいないんだけどね。 信じてはないんだけどなんとなく、ふと……ね」

 照れくさそうに千草は言う。

「えーそうだなぁ。 私は意外と信じてるかも」

 予想外だった。まさか本気で紗枝が信じていると千草は思わなかった。

「えっ、嘘でしょ?」

 千草は思わずそう聞き返してしまった。

「うん。 確かにこの世界は何千年も何万年も続いてきたけど、それが永遠に続くかなんてわかんないし。

 まぁ、一番は学校ダルいから休みになってほしーって願望込み」

「いや、休みになるどころか、なくなるから」

 千草がそうツッコむと紗枝が笑った。つられて千草も笑う。

「やっと笑った! もう、今日の千草ずっとこんなんだったんだからー」

 紗枝はそう言うと、指で目尻を釣り上げる。

「えっ、何その顔! 全然似てない」

 千草はむくれながら紗枝の鞄を叩いた。

 その後もお互いの別れ道に行くまで、話は盛り上がった。

「じゃ、また明日」

「うん、じゃーね」

 T字路に辿り着くと、紗枝は右へ千草は左の方へ進んで行った。


「ただいまー」

 千草が家の玄関の扉を開ける。おかえり、と言う返事は返ってこない。

 それに対して千草は何も思わなかった。むしろ当然だからだ。

 千草は一人暮らしだった。築百年くらいはありそうな大きな一軒家に。

 千草は無言のまま直進にある台所まで行き、食卓の上に置いてあるグラスを二つ手に取る。

 左手でグラスを持ちながら、横にある冷蔵庫を開けて中から麦茶のボトルを取り出した。

 お尻で冷蔵庫を閉めるとそのまま隣の部屋の仏間に向かった。

 仏間の中央には低いテーブルがあり、千草はそこに腰を下ろした。

 グラスを置いて麦茶を注ぐ。一つは自分の方へ、もう一つを右側に置く。

 自分の方に置かれたグラスを手にとり、勢いよく飲み干した。

「聞いてよ、おばあちゃん」

 千草はグラスをガンッと置いて、右の方に顔を向ける。

 そこには誰も居ない。あるのは仏壇とその隣に置いてある刀掛けだけだった。

 居るはずもないのに、千草には()()におばあちゃんが視えているのだ。

「今日学校で嫌なことがあったの。 喋ったこともないクラスメイトに、あなたは殺人犯になる!なんて急に言われてさ……ほんっと最悪」

 千草はそう言うとテーブルに顔を突っ伏した。

「はぁ、もうほんとに最悪……さいあ……く」

 急激な眠気に襲われ、千草はそれに抗うことなく瞼を閉じた。


 カタカタッという物音で千草は目を覚ました。

 辺りはすでに暗くなっていて、電気もつけていない仏間は月明かりの光でかろうじて少し見えるくらいだった。

 中途半端に寝たせいか、頭が重くスッキリしない。

 千草の横には相変わらず祖母がいてニコニコしている。千草は祖母のこの顔を以外見たことがないのだ。

 祖母は千草が生まれた時にはすでに他界していた。だから千草の知る祖母は、遺影の写真とこの場所でいつもニコニコしている姿だけだった。

 しかし、それでよかった。この広い家に一人でいるより、変わらなくてもずっとそこに誰かが居てくれるだけでも寂しさは紛れる。

 カタカタと言う音は、初めは祖母の方から聞こえるのかと思ったが違った。

 耳を澄ますと祖母の後ろの方からその音は聞こえた。

 千草はその音の出どころを探る。元々、道具がほとんど置かれていない部屋だったのでそれを見つけるのに時間はかからなかった。

 カタカタと鳴っていたのは日本刀だった。

 千草は絶句した。日本刀がひとりでに動いて音を鳴らしているからだけではない。

 置かれていなかった刀掛けの上に見覚えのある刀が置かれていたからだった。

「どうしてこれが……」

 千草はそれを知っているからだ。過去に何度も見た光景だった。幼い頃の記憶が瞬時に蘇る。


 千草はこの音が嫌いだった。

 この音を聞いた日の晩は必ず母親が出かけに行く。そして、大抵は朝まで帰って来ない。

 だから千草は一夜を一人で過ごさなくてはなくなる。

 幼い千草にとって、暗闇を一人で過ごすのは恐怖でしかなかった。

 気づけばその頃くらいからだろうか、祖母の姿が視えるようになったのは。そして気づけば祖母以外の()()も視えるようになっていた。

 幼い頃は母親が何をしていたのか分からなかったが、ある日それがわかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ