何でも一番になりたい伯爵令嬢、うっかり聖女になって婚約を破棄される
偽物聖女婚約破棄ざまぁ百合もの。8000字ほどでお届けです。
「俺との婚約を破棄しろ、ジオラ! いま、すぐにだ!」
神の家と言われる教会、その礼拝堂で。
ブライト侯爵の長男、ジリアスの。
怒気に震えた声が、響き渡る。
怒られた彼の婚約者、クロブ伯爵令嬢ジオラは。
にっこりとほほ笑んで。
(しまった。やらかしましたね……)
悪戯を見とがめられたかのように、少しの反省をしていた。
婚約者がいるにも関わらず、聖女に選ばれてしまったことを。
ジオラは、一番になりたい女であった。そのために誰よりも努力を重ねた。
生家は子爵家である。
幼い頃から、何かに取り憑かれたかのように必死になって教養、作法を学び。
姉妹のうちで最も優雅で、教養豊かとなった。
それを認められたのか、王国一の武勇を誇るクロブ辺境伯に養女にと請われた。
ジオラは伯爵家でもよく学び。
またジオラと同い年の娘を亡くした養父の心を、よく癒した。
伯爵家の兄弟たちの中で唯一、王都の貴族学園への入学を許されるほどに、伯爵に認められた。
ジオラはデピュタントで華麗に中央社交界入りし、そのまま貴族学園初等部へ。
ここでも頭角を現し、成績は常にトップ。
入学間もなく、国一番の大貴族・ブライト侯爵の長男ジリアスに見初められた。
周囲はジオラがより高み、すなわちフラッグ第二王子狙いだと囁いたが。
彼女はジリアスによく尽くし、彼との絆を育んでいた。
彼女は「一番であること」へのこだわりを公言しており。
「フラッグが第二王子で、ジリアスが長男だからなびかないのでは」
と口さがなく噂されていた。
そんなジオラの順風満帆一番人生。
雲行きが怪しくなったのは、学園高等部への進学前だった。
成人を前にして婚約者がいるジオラは、修道院へ入ることになったのである。
学園はお相手を見繕う場でもあって、つまりこれは浮気防止の処置であった。
好いた相手の願いであるからと、ジオラはこれを受け入れた。
そうして三年。ジオラは――――手を抜かなかった。
掃除ばかりか、教会の屋根の補修までやってのける。
聖句は早々にそらんじており、祈りは誰よりも真剣。
貴族ではなく、生粋の聖職者だろうと誰しも認めるほどであった。
近年、最も聖女に近いと評判高かったジオラは。
ほどなく神の声を聞いたのが目撃され、聖女の内定を受けることになった。
皆がこれを祝福したが、問題があった。それは。
聖女は結婚できないこと。
聖女は神と結ばれるとも言われており、人との婚姻は認められていない。
ジオラもそのことは承知であり、聖女になる気はなかった。
だがつい、人前で「神の声」に応えてしまったのである。
(やっぱり〝神の声〟を聞いたこと、勘違いで押し通すんでした……)
ジオラは怒り露わな婚約者を前に、なんといったものか考えながら。
己のやらかしを今更ながら強く自覚し、胸のうちに嘆息を隠した。
ジオラは一番を目指す――――うっかり者であった。
伯爵が生家を訪れたとき、うっかり亡くなった娘の思い出話をして、姉たちを差し置いて伯爵に気に入られたり。
学園で会った侯爵令息のジリアスについ熱心に勉強を教えすぎて、彼に好意を寄せていた令嬢たちを出し抜いてうっかり好かれてしまったり。
操を立てるために修道院に入るという世間話を、うっかり嫉妬深いジリアスにして修道院入りを強く勧められることになったり。
他意はない。徹底的に、善意が空回っている娘なのである。
おかげでたびたび人から恨まれ、孤立する羽目になっていた。
「神の声」の一件にしても。
苦しむ友人の病気を言い当てて、周りや彼女を信じさせるために、つい神のお告げがあったとばらしてしまったせいであった。
そしてこれらのうっかりの結果、ジオラは。
望外の婚約、良き人生を歩めた一方で。
こうして婚約の破棄を、突きつけられたのである。
(ですが私は、聖女に……なりたい。
私の神に、背きたくありません。
ジリアス様とは、結ばれたく思っていましたが。
婚約を、破棄したいと仰るなら)
ジオラは内心の動揺を押し隠し、怒り心頭の婚約者を見据えた。
「そういうお話ならば、お義父さまにお願いします。
ブライト侯爵閣下とクロブ伯爵家でお話くださいませ。
ジリアス様」
ジオラはすらっと述べてから、聖印を切って胸の前で手を組んだ。
顔を少し俯かせ、瞳を伏せる。
反省のフリである。
「それでは間に合わん!
王子殿下に示しが……とにかく来い!
婚約を破棄するか、でなくば聖女の認定を辞退しろ!!」
ジリアスが、ジオラの手首をつかむ。
強硬な言い様に、ジオラは戸惑った。
「そんな!? 皆さまがご期待くださってるのです!
認定辞退など、できません!」
「俺への愛を誓っておいて、なぜだ!
操を立てるなどと言っておきながら!
どうせ〝神〟と称するどこかの男と通じているのだろう!?」
支離滅裂なことを叫びながら、彼はジオラを強引に引っ張って――――。
「あっづっ!?」
その手に閃光のようなものを浴び、ジオラを離してたじろいだ。
「ジリアス様! お怪我を……」
「寄るな、触るな! 悪魔憑きにでもなったか!
くそ――――おぉっ!?」
ジオラが案じ、近づこうとした途端。
ジリアスの体が宙を舞い、開け放たれた礼拝堂の扉の外へはじき出される。
教会の前の階段を転げ落ちた彼は。
「おのれ、覚えていろジオラ!!」
元気に捨て台詞を吐き、何処かへ去ったようであった。
Ω Ω Ω
深夜の告解室……俗にいう懺悔部屋で。
「それはひどい目に遭ったわね!」
己の罪の懺悔ではなく、ジオラの恥を笑う声が響いた。
告白を聞く側にいるはずのジオラは、小さく嘆息を漏らす。
「私がですか? ジリアス様がですか?」
「あなたに決まってるでしょ、ジオラ。
三年待たせておいて、聖女内定が広まったらすぐ来るんだから。
ジリアスは己のよからぬ罪を、告白したくなったのかしらね?」
「…………滅多なことを言わないでください。疑うのはよくありません」
「あら、随分聖女らしい物言いね? ジオラ」
「嫌疑をかけるなら、証拠を掴んでからやらなくては」
「ぷっ……小さい頃から、そういうところは変わらないわね」
少しの静寂が訪れた後。
「本当に、よかったの? ジオラ」
震えを伴う、声がした。
悪戯を咎められ、罰に怯える子どものような声が。
己が罪を僅かにさらけ出し、ジオラに赦しを請うていた。
「主がなんと仰るかは存じませんが」
本来、告解室で聖職者が見解など述べるものではない。
ゆえに、ジオラはそれが天上の主のものではないと、断った上で。
「私は待ち望んでいました。どれほど祈っても、届かないと思っていました。
ですから。あなたの聖女になるのは。
望むところ、です」
壁の向こうへ、そう言ってほほ笑んだ。
「ありがとう、ジオラ。
……おっと。ジム司祭、起きてるみたいね。
あなたももう、休みなさい。明日から認定の儀よ」
「はい、おやすみなさい」
ジオラは扉を開け、告解室から廊下に出る。
鍵をかけ、告白側の扉に向かった。
そちら側の扉の鍵が、かかったままなことを確認し。
(やっと……やっと明日、会えるのですね)
誰もいない壁の向こうに一礼して、自室へと向かった。
Ω Ω Ω
「あれが聖女様よ」
小さい頃、皆で見に行った聖女認定の儀。
祠から出てきた聖女の姿は、もう覚えていないが。
「お母さま、あのとなりのかたは?」
聖女のすぐそばに侍る、付き人らしき少女のことを。
布を深くかぶって、顔を見せない彼女のことを。
ジオラは今でも、忘れていない。
「お付きの巫女よ。でもね」
母が悪戯を計画するときのように、声を潜めて告げた言葉を。
忘れていない。
「聖女は祠に入るとき、一人なの」
「ぇ?」
「なのに出てくるとき、お付きの巫女を連れている。
だからはあの巫女は……神様じゃないかって、言われてるわ」
「聖女さまはいろんな国にいるんでしょ?
神さまもたくさんいるの?」
「――――おられるのよ。聖女の数だけ、ね」
(本当に、お母さまの言う通りでしたね)
ジオラは遠い日を思いながら。
隣を歩む、深く布を被った少女と手を取り合って。
祠を出た。
Ω Ω Ω
認定を終えた聖女は、国元に帰る。
その特別な力により、人々を守るために。
ジオラは王城に迎え入れられ、謁見の間へと案内される途中。
「そこまでだ! 偽物の聖女め!」
見覚えのある、煌びやかな貴公子に指をさされた。
(第二王子のフラッグ殿下?
それに、ジリアス様もいる……。
他にも、学園で見覚えのある方たちが。
でも王子の隣の女性は初めて見ますね?)
廊下で数人の男女に行く手を阻まれたジオラは。
隣の少女の手を少し強く握り、足を止めた。
「我が国の聖女は、このリディ一人だ!
貴様などではないッ!!」
王子の隣の女が、深く頷いている。
そして皆がそろって、ジオラを強く睨んだ。
「聖女だというなら……そちらの方の神は、どこです?」
「は?」
ジオラは素っ頓狂な声を王子に返され、首を傾げた。
リディというらしい女が、得意げに胸を張って進み出る。
「神はどこにいでもおわすのよ! そんなことも知らないの?」
「さすがリディ。お前こそが本物の聖女だ!」
「的外れなことを言って、我々を惑わそうと言うのか! ジオラ!」
ついぞ元婚約者にまで指をさされ、ジオラは思わず眉根を寄せた。
「神の声を聞き、その実存を確かなものとして知る聖女ならば、必ず。
〝ここにいる〟と。
そう答えるはずですが」
「デタラメ言わないで! この国の聖女は私って決まってるのよ!」
「王国の聖女は長いこと不在ですが……誰がお決めになったのです?
予言でも出たのでしょうか」
ジオラが呆れを隠して応える。
彼女からすれば、リディという女はどう見てもペテンのたぐいであったが。
「このリディ自身が予言者だ! 様々なことをぴたりと言い当てた!
そのリディが、お前は偽物だと言うのだから間違いない!」
元婚約者のジリアスが、進み出て言い切る。
王子たちはどうにも、女の言葉を信じているようであった。
(証拠もなく、無茶を言いなさる……。
というかこのリディという方。そんなに聖女になりたいのでしょうか?
苦役しかないと言うのに……おや?)
騒ぎを聞きつけたのか、奥から鎧姿の兵士たちがやってきた。
振り返れば、後ろからも。
ジオラと隣の少女、それに使用人や案内の者ごと兵士たちが囲む。
「やっと来たか! その偽物を捕えろ!
いや――――――――」
フラッグ王子が、腰の剣を抜いて。
「この際だ。お前が始末をつけるのだ、ジリアス」
その柄を、ジオラの元婚約者に向けた。
「なっ!?」
「忠義を示すがいい。
その女と、手が切れていると。
今ここで!」
ジリアスはたじろぎ、リディという女と王子を見比べて。
剣を、手に取った。
振り向いた侯爵令息が、悪魔のような形相でジオラに迫る。
槍を構える兵士の間から、進み出て来た彼は。
その剣を大上段に構え。
「…………何か言い残すことは、ないか」
囲まれて身動きの取れないジオラに、慈悲深そうな声で告げた。
「そう、ですね」
ジオラは嘆息と共に、言葉を吐き出す。
「お慕いしておりました。一年くらい、前までは」
「やはり何者かと通じていたか! ジオラッ!!
裏切り者めぇ!!」
ジオラは鋭く振り下ろされる剣を、ぼんやりと眺めた。
その刃の切っ先が目の前に迫り。
ぐにゃりと、捻じ曲がるのを。
刃がぐにゃぐにゃになった剣が、そのまま床を叩く。
「……………………は?」
「何をしている、ジリアス! 手心を加えたか!」
「いえ、そんな!? 剣が勝手に曲がって!」
「もういいッ!」
王子が兵士から槍を奪い、ジオラに向かって突きこんできた。
だが。
「曲がっ、た……? 面妖な!」
槍もまたぐにゃりと曲がり、ジオラにはまったく刺さらない。
「偽物が、なにをした!」
「おのれジオラ、悪魔め!」
(そこで何で神の奇跡だとか思わないんでしょうかね、この人たち……)
曲がった武器を手に、王子とジリアスが狼狽える。
ジオラがどうしようかと思案していると。
「はっ、リディ! 君の力でなんとかできないか!?」
「は? えぇ!?」
ジオラの元婚約者が、無茶ぶりをし始めた。
「君は聖女なんだろう!? 聖別を与えて、あの悪魔から俺たちを守ってくれ!」
「私にそんな力はないわよ!?」
「だが君は聖女だと……!」
「そうよ、この国の聖女は私だけ! 〝ヒロイン〟は私なんだから――――」
妙な言葉を口走った女は、慌てて口元を塞ぐも。
「そう、私こそが主役! 神の加護は私にあるのよ!」
胸を張って、堂々と言い直した。
ジオラには、明らかに詐欺師の言い訳に聞こえたが。
「さすがリディ……!」
「衛兵、とにかくその女を捕えろ!
地下牢に放り込め!」
侯爵令息と王子は納得したらしかった。
しかし。
「――――――――やっと〝ヒロイン〟だと認めたわね。リディ」
ジオラの隣の少女が手を離し、そう高らかに述べて進み出た。
「な、だから何だって言うのよ!?」
「この国の法には、迷える魂……転生者についての取り決めがちゃんとある。
これに従わず、運命を捻じ曲げる行いをした者は。
囚われ、罰せられるのよ?」
「し、知らないわよそんなの!? 第一、あんた何者なの!?」
喚く女と、狼狽える兵士、王子と元婚約者の前で。
ジオラの〝神〟が。
ゆっくりと、そのヴェールをとる。
深くかぶっていた布から、現れた顔を見て。
リディが顔を青くし、がたがたと震えはじめた。
「そんな、〝悪役令嬢〟ホワイト!? 確かに、止めを刺して――――ハッ!」
「そのホワイト……クロブ辺境伯の娘のホワイトで合ってるから。
今更取り繕わなくてもいいわよ?
あたしを殺した女を、許す気はないのだから」
ホワイトと名乗ったジオラの〝神〟が、左手をかざした。
兵士たちの槍や剣が、すべて曲がる。
「我が聖女を敵と心得る者よ、曲がり給え。
しかし神敵を見誤らぬのであれば」
ホワイトが左手で、震えるリディを示す。
「この神の、聖女の張る結界の内に留まることを、許そう。
人の子よ、選びなさい」
兵士たちが一人、二人とリディの方を向く。その槍が真っ直ぐになる。
フラッグ王子が一歩下がり、リディに向き直る。彼の手にする槍が直った。
そしてジリアスが。
「うるさい、悪魔め! リディこそが聖女だ!」
曲がった剣を持ち、リディを庇うように立つ。
「そ。さすがは――――」
彼を見て。ホワイトの横顔が、凶悪に歪んだ。
「婚約者がいながら、そこの娘と不義密通を働き。
王子に黙って、ずっと情を交わしていた男ね」
「なっ、デタラメを!?」
「やっぱりそうだったのか、ジリアス! リディ!」
フラッグ王子が怒りに顔を歪め、彼らに真っ直ぐな槍を向ける。
「ち、違います王子! 誤解です!」
対するジリアスは、曲がった剣で己が身を守ろうとするも。
「誤解じゃないでしょジリアス! 私を守って!」
後ろからリディに抱き着かれ。
逃げ場を、失った。
呆然と立ちつくした後。
侯爵の令息は、剣を手放し。
両膝を折って、座り込んだ。
(ご自分が不貞を働いていたとは。
完全に詰まれましたね……我が元婚約者殿。
さて、あとはあちらのリディとかいう娘ですか)
「ジリアス!? ちょっとジリアス!
や、やめて! 私は、私は……!」
槍をもって迫る兵に、リディが追い詰められていく。
そこへ。
「待って」
聖女ジオラの涼やかな声が、かかった。
「ジオラ。あたしは許す気はないと……」
進み出るジオラ。隣のホワイトは、不機嫌な様子であったが。
ジオラは弱く首を振って彼女の右手をとり、告げた。
「転生者は確認され次第、教会に保護される決まりです。
本当は生まれてすぐ、発見されるはず。
王国か、教会に手違いがあったんでしょう」
「だから許せと?」
「許さなくてよいので、ルールには従ってください。
お願いします、我が神」
ジオラを見つめる、神の顔に。
穏やかな笑みが、浮かんだ。
その左手が下がり、すべての刃がまた曲がる。
「我が前で争うなかれ。
人の子たちよ、迷える魂を守りなさい。
いずれ我が家の者たちが、その子を迎えにくるでしょう」
厳かなホワイトの声を受け、皆が曲がった武器を下げた。
リディが壁に寄り掛かり、ずり下がって座り込む。
彼女は涙を流し、唇を震わせ、声もなく泣いていた。
Ω Ω Ω
王都に小さな〝家〟が新しく設けられ。
その告解室……俗にいう懺悔部屋で。
「ざまぁないわね!」
深夜に、神の陽気な声が響き渡った。
告白者として席についたジオラは。
見えないのをいいことに、口元を少し楽しげに歪める。
「王太子指名を焦ってリディの甘言に乗ったフラッグ王子は、謹慎。
王位継承権も危ういという話だったわね? ジオラ」
「ええ、ホワイト。そう聞いています」
「あなたの元婚約者のジリアスは、結局どうなったの? 廃嫡?」
「ブライト侯爵家の次期当主は、彼の弟がなる見込みだそうです。
といっても彼は、家を追い出されてリディを追いかけていったので」
「本人としては、よかったのかしらね」
「そうですね。リディも改めて、本物の聖女になる道を歩むそうですし」
「あの女。ヒロイン役だからとフラグ建築を焦って、私を転生者だと睨んで殺し。
王子たちを体を使って意のままに操って……明らかにやりすぎだけど。
聖女を目指すといっても、彼女に〝神〟がつくのかしらね?」
「どうでしょう。いるかもしれませんよ? 私のように。
失ってしまった……迷える魂が」
この世界の教会組織は、迷える魂、すなわち転生者の保護を題目に掲げている。
転生者本人たちを匿い、彼らが世を乱さないようにする一方で。
その魂の声を聞く〝聖女〟を世に送り出し、人々の暮らしを守っていた。
聖女とは。非業の死を遂げた転生者の魂を、慰撫する存在であり。
救われた魂が現世に降臨して〝神〟となり、世の為人の為に働いている。
「だといいわね。救われて悪いことなんて、ない。
あたしのような者も、ジオラのような者も。
けど……あたしを殺しておいて、聖女になんてなれるものかしら?」
ホワイトは煽るように言ったが。
「リディたちも勘違いしている様子でしたが、聖女とは本来そういうもの。
己が罪を悔い改めんとする者こそが、目指し、至るのです」
ジオラは首を振った。
「華々しく宣伝されていますが、実態は苦役で囚人より過酷。
むしろ牢屋に入った方が、すぐ出れて楽だったはずです。
あなたも知っているでしょう?」
子孫を設けることも許されず、生涯を人々のために捧げる。それが聖女である。
神の強大な力の媒介者であり、その力は人の身を簡単に蝕んでいく。
それでも結界を張り、霊薬を作り、呪いを祓い、不浄を清める。
人の為、神の為に身を捧げ続ける……ある種の生贄であった。
「罪、ね。それで――――あなたは何を、告白するの? ジオラ。
この告解室で、神の前で、何を懺悔するというの?」
ホワイトの明るく振る舞うような声が、何かを促すように尋ねた。
「あたしへの愛の告白とか?」
「それだったら毎日してますし。
私の関心は、神の愛にしかないのです。
わかっておられるでしょう?」
「そうね。愛の重いことで。
じゃあ、なに?」
僅かな震えを伴った、ホワイトの呟きが響く。
「あなたがその生涯を捧げてでも、聖女になろうとしたのは。
その罪を悔いたがゆえなんでしょう?」
ジオラは胸のわだかまりを。
(これから、ホワイトと歩んでいくのならば。
私は罪の赦しを、請わなければなりません。
一番をこのお方に、返さなければ。
私は私を――――許せない)
幼い頃にできた、つかえを。
静かに口にした。
「私は。ずっとホワイトの代わりに、一番になろうとしてきました。
誰よりも一番になりたがっていた、あなたの代わりに。
いなくなってしまったあなたの、代わりに。
でも、うまくいきませんでした」
「そんなことない。あなたは優秀で、美しくて。
お父さまのお心だって、癒してくれた」
「違います! 私はそのために、たくさんの人を傷付けました!
姉たちも、義兄弟たちも、学友も、修道院の仲間も!
大好きだった、ジリアス様だって……!」
大人しく、優雅に、努力を重ねてきたジオラは。
膿んだ心の傷を、叫びに乗せてさらけ出す。
「こんなの、うまくいったなんて誇れません!
あなたの代わりができたなんて、胸を張れません!」
「そんな……周りがあなたを勝手に妬んだだけじゃないの」
「いいえ! すべては、欲濡れた私のせいです!
過分な望みを抱えた、私が悪いのです!
私は、本当は!」
ジオラは聖印を切り、胸の前で手を組み。
「私はホワイトの一番になりたかった!
だからあの日だって、他の子と仲良くするあなたと喧嘩してしまって!
目を離した隙に、あなたは池に沈められていた!」
強く祈るように、固く固く握り締めた。
「だから私は! 主にお認めいただいた後、あなたの声を聞いた時!
婚約者が、ジリアス様がいるのに!
聖女になりたくなってしまった! あなたを取り戻したくなった!
ジリアス様を、傷つけると知りながら……!!」
「あなたが悪いわけじゃ――――」
「言わないで、ホワイト。
あなたが許さないで。お願いよ……我が神」
ジオラは静かに告げて、顔を上げる。
「これは本物の告白。懺悔なのです。
あなたに聞いてほしいわけでは……ありません。
あなたに許してほしいわけでは、ないのです」
「えっ?」
壁の向こうのホワイトに向かって、微笑み。
一筋だけ、涙を零してから。
「我らに祝福を与えてくれた、主よ。
己の欲で、大事な者を守れなかった弱き私を。
己のために、聖女となった罪深き私を」
もう一度聖印を切り。
「神に恋して道を踏み外した、浅ましい私を」
ジオラは目を瞑って、祈りを捧げた。
「――――――――どうか、赦し給え」
壁の向こうのホワイトと。瞳を閉じたジオラには、見えなかったが。
罪を告白し、赦しを請う者のそばに。
愛を祝福する、温かく小さな光が。
降り注いでいた。
神は聖女の隣にいる。いつもここにいる。
主はどこにでもおわす。
迷える魂たちを。
彼らを癒す、聖女たちを。
ずっと、見守っている。