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深澄━言葉にしてもいいのだろうか━


 電車が行く。どこまでも。どこまでも。

 視界を流れて行く景色に眼をやりながら、本当は窓に映る彼女の後頭を見つめていた。

 言葉はなくて、彼女に何を言えばいいのかも分からなくて、ただ彼女に逢えた事が嬉しい。それと同時に冷静さを取り戻した自分に、急激に襲い来る後悔――。


――俺、何やってんだろ…。


 無言のままお互いの鼓動を聞いていても、満たされる心とは裏腹に自分自身に矛盾が生じる。彼女に逢って自分はどうしたいのか。何を望んでいるのか。明確に見えていたはずのモノが、泡のように音も立てずに弾ける。この気持ちを言葉にしても良いのか、それさえも分からない。だって…。


 彼女を縛りたくない――。


 誰かに想われること、誰かに必要とされることの重みを知っている。そこに混じる沢山の期待や苛立ち、不安がある事を知っている。それを彼女にも背負わせるのか…。

 押し潰される事が分かっているのに、彼女の弱さに気付いているのに、それでも深澄(オレ)良佳(キミ)に気持ちを打ち明けていいのか。

 

「――っ」


 ガタッと開いたドアに、降りる人の群れが流れる。混み合っていた車内を冷やすように冷たい風が舞い込んで、深澄の頬を撫でていく――その刹那、何かが吹っ切れた。

 俯いたままの彼女の腕を掴み、乗り込んでくる人並みに逆らうように歩きだす。不意に彼女の戸惑う声が聞こえ、それでも足を止めずに電車を降りる。自分勝手かも知れないけれど、今はただ感情のままに生きてみたいと――そう思った。だから。


「深澄っ!?」

「ごめんっ、でも」

「――っ」


 ホームの反対側、行かなければいけない学校(場所)とは違う方向の電車に駆け込む。乗り込んだのとほぼ同時にけたたましく鳴り響く発車の音楽と、ドアのしまる音。そこに迷いはなくて、良佳が振り向いて遠くなるホームを見つめているのが分かるけれど、それでも繋いだ手を離す事は出来なかった。

 少し汗ばんだ掌をギュッと握り返す。その強さに気がついて俯けていた顔を上げる――不意に彼女の顔が目の前にあって、その瞳は真っ直ぐに深澄を捉えていた。

何か言いたそうなその瞳を覗きこめば、良佳は困ったように眉を八の字に模らせる。そうしてゆっくりと口を開いた…。


「なんで…?」

「……」


 困り果てたように呟き、今にも泣き出しそうに顔を歪める。またいつものように俯いてしまえば、それきり顔を上げてくれることはなかった。


――ごめん。でも…


 良佳(キミ)とこのまま別れたくない。

 不確かな関係のまま、想いを伝えずにいたくない。彼女からの言葉はもう、この心の中にあるから…。

 人もまばらな郊外に向かう電車の中に、不釣り合いな制服姿の男女が立っている。座席はがらがらに空いていて、とても先程まで満員電車に揺られていたとは思えない程の相反した景色に眼を奪われた。その僅かな空間にいる乗車客の訝しげな視線に気がついて、深澄は眉を顰める。目立たないように、そっと彼女の手を引いて車両の端、3人がけの席まで移動するとそこに隣り合わせて腰掛けた。手は、未だ温もりを繋いでいる…。


 目的の場所なんて在りはしないけれど、それでもこの落ち着かない気持ちを治める為には時間が必要だった。

 キミに伝える言葉を、伝えたい想いを“言葉”にする為に――。


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