深澄━心が、満たされた…━
ぼんやりと月を見ていた。
手元には参考書が握られていて、それを眼で追う自分がいるのに内容が一つも頭に入らないのは、やはり彼女のせいだろうか。月明かりの中で、窓を背に壁に寄りかかれば暗がりに慣れた眼が机の上に置かれた携帯電話を捉える。そうしてまた溜息が零れた。
――重症…かな。
参考書を伏せて髪を掻き上げる。
何も手につかなくて、かといって眠る事も出来ない。無駄な時間を過ごしている自覚はあるのに、こんな風に過ごす時間を嫌じゃないと思う。倒れ込むように横になって、そっと眼を閉じる。静かな家には、人の声も、気配も、煩わしいモノは何一つない。望んでいた“孤独”がそこにはある。それでも、いつも心のどこかにある“空白”――。
――本当は気づいてた。
“孤独”を“安らぎ”としながら、同時に“寂しい”と感じていた自分。その寂しさを紛らわすためにつき続けた嘘と矛盾。それを気付いてくれる人を求めていた――。
「ホント…素直じゃない」
自嘲気味に笑って、不意に伸ばした手が携帯に触れた。その刹那――。
「――っ」
震える胸と、震える指先。
驚きと、それ以上の期待が交差する。
“答え”を知りたくて、でも知るのが怖くて――煩いほどに響く自分の鼓動を抑えるように深呼吸一つしてから、メールを開いた。
――深澄。
貴方の声が聞こえた気がした。
もう、自分を許して良いのだと。
否定して、自分を傷つけなくても良いのだと。
貴方が――好きです。
このたった一言がずっと言えなかった。
ずっと言葉にしていいのかが分からなかった。
言葉にすれば貴方が離れて行くようで
言葉にすることも怖かった。
でも――。
答え合わせをしよう。
もう、自分を否定したりしないから…。
キミと真っ直ぐに向き合いたいから…。
ねぇ、深澄。
“答え”を教えて―― 良佳――
情けないくらいに、顔が熱を持って行くのを感じる。
ピアスに飾られた耳までも、その“ピアス”よりも明らかに紅く染まっていることだろう…。予想以上の彼女からの“答え”に不意打ちを食らう形で深澄は黙り込む。言葉なんて浮かぶ筈もない――。
「――っ」
声にならない感情が、胸に染み渡って行くのを感じる。
優しさと、柔らかさと、そしてどんどん膨らんで行く――愛おしさ。
いつも何処かにあった“心の空白”が、埋まって行く。
不覚にも涙が出そうなになって口元を塞ぐ。微かに息を止めて熱くなる目元を、涙が零れてしまわないようにきつく閉じた。
キミになんて伝えよう――それだけを思った。
――こんなにもキミが…愛おしい。
初めて芽生えた誰かへの感情に、優しい気持ちに包まれて深澄はもう一度空に浮かぶ月を見つめる。
優しい気持ちで見た世界は、どんなモノよりも色鮮やかで“綺麗”なモノに見えた――。