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良佳━許しても良いと、貴方の声がした━


 どれくらい経っただろうか…。

 静寂の中何もせず、何も考えず、ただじっと“応え”を待っていた。深澄、貴方からの応えを。


――今、何時だろ…。


 不意に静寂を壊す騒がしさを階下に感じて良佳は閉じていた瞳を開くと、顔を上げる。

 完全に閉じた扉越しにも聞こえる怒気を孕んだ声。物音一つしなかった家に、いつになく緊迫した両親(ふたり)の罵声が響いていた。耳を塞いでも聞こえてくる。この両の手だけではこの痛みに耐えられない。この哀しみに押し潰されてしまいそうだった。


「やめて…もう…」


 どうして“愛”は不確かなのだろう。

 どうして“永遠”に続かないのだろう。どうして、二人は憎み合っているの…。

 耳を塞げば聞こえないと思っていた。眼を閉じれば見えないと思っていた。なのに。

 近づいて来る足音に恐怖はない。あるのは哀しみと虚しさだけ――。


 扉が開かれ暗い室内にズカズカと踏み入る影がある。逆光に照らされたその男の表情を測り知ることは出来ないけれど、そこに嫌悪や憎悪が入り混じっている事を知っていた。

 男の手が近づき乱暴に腕を掴み上げられ身体を起こされる。その先に待つ痛みを予感しながら、けれども眼を逸らす事はしない。せめてもの抵抗を嘲笑うかのように男は低く呻った。


「生意気な眼しやがって…」

「……」

「お前なんか」


 その先に待つ言葉を知っている。

 呪いの様に呟かれるその言葉と痛みは、この心に傷を残して行く―――お前なんかいらない(・・・・)――と。

 頬に走る鈍い痛みと伝わる熱。放された両手で頭を庇えば、容赦なく蹴りが入る。叫ぶことはしない、泣く事も。それらは行動をエスカレートさせる材料にしかならないと思えた。だから、ただ痛みに耐える。


「――っ」

「お前らがいるから、俺は…」


 怒りに震えた声で男が悔しそうに呟く。彼も被害者なのかも知れない。

 世界は誰かを傷つけることでしか、自分の傷を癒せない。誰かに虐められるから誰かを虐める。哀しい事があるから、違う苦しみを与える。そうして、この世界は連鎖を生んで行く。それを止める術も分からないままに…。


――なら、この世界に“救い”はないの…?


 傷つけて、貶めて、そんなことでしか“自分”を守れない。そんなの哀しい。そんなの…。


 不意に携帯電話が鳴る。

 視線がぶつかり、この一瞬、男の動きが止まった隙をついて良佳は携帯を拾い上げる。これだけは、失くせない。これだけは守りたいと思った。だから――。

 

「――っ」


 携帯を抱いて男に背を向ける。

 怖くなんてない。怖いのは、掴みかけた希望を手放してしまうこと。彼との繋がりが途絶えてしまうこと…。だから。


 ただギュッと眼を瞑り次に襲いい来るであろう痛みを待つ。けれども次の痛みはいつまでもやってこなくて、その代わり耳に微かに聞こえた――ドアの閉まる――音。安堵と、涙が堰を切ったように溢れでる。蹲ったまま声を殺して泣いた。縋れるものは何もなくて、ただ彼との繋がりを抱いて――。


「…っふ…」


 微かに漏れる吐息の様な声を、溢れる涙を袖口で拭って痛みに軋む身体を起こす。彼からの“応え”を知る為に――。

 そこに待つ言葉を、受け入れる為に。


――もっと真っ直ぐに、

 もっと明るく笑う君がみたい。

 いつしか、そう思うようになってた。


「…深澄っ…何を」


 優しい言葉が溢れていく。

 開いた応えのその先に見え隠れする深澄の存在がとても近く感じる。痛みを、悲しみを、奪い去って行くような彼の言葉たちはただ静かに良佳の心の深い処へと真っ直ぐに入って行った。この気持ちを言葉にしても良いのだろうか――。

 彼は、それを許してくれるのだろうか――。


 止まっていた涙が一筋零れる。

 もう自分を許しても良いと、認めても良いのだと、彼の声が聞こえる。否定ではなく、彼は許しを与え、そうして全てを包もうとしてくれる。だから――。


「貴方が…好きです」


 心は決まっていた。

 彼の言う“答え合わせ”を、震える手で打つ。

 傷だらけの身体で、心で、精一杯の“答え”を。

 深澄、貴方に――。


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