深澄━見上げる空は…━
一人暗い夜道を歩いていた。
海風に吹かれていた髪がぎこちなく揺れ、暗い家路を照らす街頭だけが時折眼につく。ただぼんやりと良佳のことを考える。電車に揺られている間も、人並みに押されて改札を潜った時も彼女から送られてきたメールのことを思っていた。
――ねぇ、深澄。
キミならこの淋しさを理解してくれる?
自分を否定しなければ守れないモノがあると彼女は言う。それが何かなんて多分彼女にしか分からない。あれこれと想像することは出来る。人間は“想像”することが出来る生き物だから――人の痛みや、悲しみや、そう言ったものを“考える”ことは出来る。でも。
彼女が言いたいのは本当にそういうことなんだろうかと、不意に疑問が浮かぶ。
――私の十八年と言う短い人生は
人に“否定”されてばかりだった。
否定された心には一体なにが残るのだろう…。
頑なに自分を否定して、感情を押し込めて、そうして告げることの出来なくなった言葉たちはどこへ行くのだろう。
ようやく気がついた事がある。
彼女が作ってきた“詩”たちは、その場の思いつきなんかじゃなく“七瀬 良佳”という少女が積み上げてきた十八年の想いなのだと。告げる事の出来なかった言葉たちの行く末なのだと。
――自分勝手で、
我儘でごめんなさい…。
そう言った彼女の表情を容易に思い浮かべる事が出来るのは、それだけ良佳に近づけた証拠なのだろうか…。
――近づいたり、離れたり…。
我ながら忙しい日々だと思う。こんなふうに感情を持て余して一喜一憂することも、誰かの事を思い時を過ごす事も。
今までになら起こることの無かった非日常がそこにはあって、それだけ彼女がこの心に入り込んでいる証なのだと覚る。それでも。
――まだ“怖い”とか言うのか…。
何度も繰り返す問答。
いつだって問うのは彼女で、答えを出すのも良佳自身。それでも彼女の問いが止む事はない。どうすればこの心が、言葉が届くのだろう…。
――ねぇ、良佳。
キミに僕の言葉はちゃんと届いているのかな?
僕の心は届くのかな?
不確かな関係がキミを余計に不安にさせているのなら
確かな“言葉”や“形”が必要なのなら――
僕はこの気持ちを真っ直ぐにキミに伝えるよ。
本当はずっと分からなった。
どうして、こんなにキミが気になるのか。
キミの態度に苛々して、キミの言葉に驚いて、
けれどもキミのことを思うと胸が痛んだ。
もっと真っ直ぐに、
もっと明るく笑う君がみたい。
いつしか、そう思うようになってた。
ねぇ、良佳。
どうしてなのか、キミには分かる?
僕が何を言いたいのか…
何をキミに伝えたいのか…。
分かったら、僕に教えて?
僕と―――答え合わせしよう。 深澄――
意地悪をしたかった訳じゃない。
でも、そう言う気持ちが少しも浮かばなかった訳じゃない。だから。
――“真っ直ぐに”とか言って、これじゃあ伝わらない…かな。
先刻までの苦い笑いとは違う、どこか温かい気持ちが胸に広がる。
キミも同じならいい――。
ゆっくりとした足取りで辿りついた先の、灯りの点らない家に安堵する。
与えられた人生に、それを監視する家族のいる家に安らぎはない。だからこそ“孤独”を望んでいた。穏やかで侵されることの無い孤独を。
でも、今は――。
窓から覗く月明かりを見つめ、同じ月を見ているのだろうかと思いに耽る。
良佳からの返信を待ちながら、ただ空を見上げていた――。