良佳━眠れない夜に…━
灯りの点らない家に帰るようになって、もうどれほどの時間が経つのだろう。今日も一人、暗い玄関のドアを開けて音もない冷めたフローリングに足をつける。冷え切った室内に人の温もりはなく、キッチンのテーブルには置き手紙が一枚。
――夕飯は適当に食べなさい。 母
適当って何だろう。
暗い室内に灯りもつけずに、もう慣れた空間を手探りで進み冷蔵庫の扉を開ける。ひんやりとした冷気はけれども室内よりも冷え切ってはいなかった。
食べるモノなど見つからない空虚な庫内。今の良佳の心と同じ。空っぽで、何もない――。唯一ある水のペットボトルを掴むと、気配のあるリビングには行かずに階段を上って自室へと籠った。
いつものこと。変わらない日常。これが当たり前で、他の家と比べることなど出来ない。比べなくても分かっている。自分の“家族”が“異質”なものであることを――。
――でも、家族がいるだけマシかな…。
施設に預けられ育った日々。
甘えられない、甘えてはいけない施設職員と、お互いに支え合わなければ淋しい時を紛らわせられなかった同じ境遇の子供たち。家族じゃない。友達でもない。いわば“同士”のようなそんな関係の人々。中には親の都合により一時預けられた子供もいた。そう言う子たちには大概週末に親が面会に来る。良佳もその中の一人の筈なのに…。
いつだって、いつまで待っても“親”は逢いに来なかった。
思い出せば自嘲気味な笑みしか浮かばない。
冷えたペットボトルを握りしめたまま蹲るように両ひざに顔を埋めた。一つ溜息を零す。
今日も眠れそうにない。昨日は彼に逢えるという不安と緊張で高鳴っていた胸が、今日はまた違う色を宿して暗く沈む。何にこの気持ちを向けていいのかも分からずに、ただ一人鬱鬱とした気持ちを抱えたまま過ごす時間に、いつか救いは訪れるのだろうか――。
「いつか…」
この気持ちを持て余すことが無くなったら、世界はもっと明るいモノへと変わるのだろうか…。
キミに近づけるのだろうか。
一人、そんなことを考えていた――。