良佳━知れば知るほど、貴方に惹かれる━
古い街並みを二人はゆったりとした足取りで歩く。
繋がれた手はどちらのものか分からぬほど熱を持ち、掌に心臓があるのではないかと思うほど、その鼓動が脈打つのを感じた。火照った顔を上げる事も出来ない。
――貴方は、何を感じてるのかな…。
少し早い深澄の足取りに良佳は俯いたまま、彼の影を見つめる。凛とした立ち姿に揺れる黒髪。真面目な印象とは真逆の紅いピアスが彼の顔をより一層引き立たせる。誰も近づけさせないような雰囲気を纏いながら、それでも彼が優しいのだと知っている。
今も人混みの中を先に進むことで、歩きやすい道を――人にぶつからないように――選んで歩いてくれている。歩調が乱れれば自然とその歩みを緩め、振り向かなくても彼が気遣ってくれているのだと感じられた。それが、そんな些細な事が嬉しい。
――知れば知るほど、貴方に…。
惹かれて行く自分を止める事は出来ない。
初恋――なのかも知れない。淡い想いは告げることも出来ずにその色を濃くしていくのだろうか。だって、これは“叶わない”想いなのだから――。
「深澄……」
ぽつり呟く。
人通りの多い街の中、喧騒に紛れればこの声は届かないと――そう思った。なのに。キミは。
「…呼んだ?」
「――っ」
不意に立ち止まり、彼が振り向く。逆光に照らされた表情を窺うことは出来ないが、その瞳は確かに良佳の方を向き真っ直ぐに見つめている。胸が苦しくなった。
どうして振り向いてしまうのだろう。どうして知らぬふりを、気付かぬふりをしてくれないのだろう。どうしてこんなにも――。
――こんなにもキミが“好き”だ。
「ごめんっ、なんでも…ない」
「――うん」
何でもないわけがない。
そんなこと分かってる。痛いほどにこの心の想いに気付いている。彼を信じたいと思った瞬間から。いや。きっともっと前。彼を知った瞬間に。彼と言葉を交わした瞬間に。彼を――崎本 深澄を求めていた。
それでも――言えない。
彼が訝し気に頭を傾げてみても、困ったように曖昧に笑っても、言葉は出て来ない。きっと他人からすれば“クダラナイ”事に拘っている。好きになるのに理由はいらないとか、好きになるのに時間は関係ない、そう思えば思うほど“怖い”と立ち竦む。意気地のない自分が顔を出す。
「ごめんっ、ホント…」
「うん」
「…ごめんなさい」
そっと離れた手が熱を失っていくのを感じながら、同じ言葉を繰り返す。ごめん。ごめんなさい、と。頭は混乱しているのに、何故か心だけは冷静で“あぁ…ダメだ”なんて彼に呆れられるであろう自分を思って呟いた。そっと溜息が零れる。頭上に降った溜息は重たく、良佳の心を更に暗く沈めて行く。それなのに…。
ふわり頭に触れる温もり。
驚いて顔を上げれば、すぐそばにある彼の瞳とぶつかる…。
「良佳」
「……」
「キミはどうして、頑なに自分を否定するの?」
大きな掌が、手を離れて行ってしまった温もりが頭に乗せられ、少し強められた口調からは苛立ちを感じるのに、真っ直ぐに向けられる瞳は何処かとても辛そうに見えた。
「否定…」
「しているでしょ。今も」
冷たい物言いに背筋が凍りつく。
彼の言いたい事を理解してギュッと手を握れば、また一つその頭上に溜息が零れた。
「もっと…」
ぽつり喧騒に消え入りそうな声で彼が呟く。
その言葉を聞きたくて耳を澄ますのに、どうして肝心な時に限って周囲は喧騒の色を濃くし風は二人の間に壁を造るのだろう…。遮られた声は、彼の小さな声は良佳には届かない。でも――
――自分を……愛してよ…。
そう彼の口唇が模るのを眼で追っていた。
逸らす事もなく、瞬きすることもなく彼の言葉を受け止めていた。
一瞬のうち喧騒はやみ、風が吹き抜け辺りは元の色を取り戻す。動けずにいる良佳をよそに彼はそっと瞳を逸らし前を向いてしまう。一歩、また一歩、ゆっくりと人込みに紛れて行く彼の背を、良佳はただ見つめていた――。
こんばんわ。
今回から、サブタイトルの付け方を変えました。
後で自分で掘り返す時に分かりやすくする&個々の気持ちの変化をより理解するため…。
と、そういう感じの理由です。
まだ続きそうな「月さえ」ですが、今後とも宜しくお付き合いください。