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感謝━misumi━

  

 誰かに“自分を理解して欲しい”なんて、初めてそう思った。

 所詮血の繋がりがあったって他人は他人。そんな冷たい世の中を生きてきた。違う。そんな世の中だと勝手に思いこんでいた。

 信じるのは怖いから。傷付くのは嫌だから。自分が誰かの為に痛い目を見るのは、裏切られるのは不条理だと…そう思っていた。だから。


――誰にも本当の自分なんて見せたくなかった。


 醜い処も、弱い処も、腹黒くてただ傷付きたくないが為に虚勢を張っているに過ぎない“崎本 深澄”という名のちぽけな人間を。

 ぽつり、ぽつり呟く言葉に彼女は何も言わずに耳を傾けてくれる。自身が俯いていても分かるほど優しい眼差しで、ただ話を聞いてくれる。それがこんなにも嬉しい…。

 幼い頃に叶えられなかった何も求められない、代償のいらない“無償の愛”に束の間触れているようで、酷く落ち着かなくて酷く切なかった。

 例えば彼女なら本当の“崎本 深澄”を受け入れてすべて許してくれるような、そんな淡い期待に胸が高鳴る。

 怖い。怖い。何が。拒絶が。いや、違う。拒絶も怖いけれど、本当は…。


――受け入れられるのも“怖い”んだ。


 すべてを打ち明けたい“崎本 深澄(自分)”と、それを良しとしない“深澄(自分)”が交差する。今もまだ往生際悪く、彼女の中の自分を壊さないように言葉を選んで、顔色を窺って、そうして嘘を重ねるのか――。

 不意に黙りこみ、息を飲む…。そして。


「初めてメールが届いた時、悪質な悪戯だと思った」

「…え」


 もう逃げるのはやめだ。そう腹をくくって彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。交差した視線にそっと微笑むと、彼女が少し困ったように瞳を揺らしてけれども視線を逸らす事はなかった。その些細な事が、深澄の気持ちを軽くする。


「あんな訳のわからないメールを信じられるほど、俺は馬鹿じゃない…」

「うん…」


 少しだけ皮肉を込めて、正直にあの頃の気持ちを伝える。誰だって信じられるはずの無い突然のメール。歓迎できるはずもなく、戸惑うこともなく、ただ煩わしいモノでしかなかった。まるで冗談でも言い合うかのように軽い口調で語れば、彼女も同じように淡く微笑む。


「でも」


 口籠り俯いて、その先を探す。

 つくづく月日とは不思議なモノだと、そう思う。

 煩わしかった筈のメールに感謝する日が来るなどとは、到底夢にも思わなかったのだ。

 それなのに…。

 知らず溜息が零れて、そうしてもう一度彼女の方を見た。


――本当のことを言ったら、キミはどんな表情をするんだろうか…。


 少しの期待を込めて言葉を紡ぐ。

 “後悔してない”

 そんな短い言葉で、この気持ち全てが伝わればいいのに。そう願う。けれどもそれは難しいから、種明かしをするようにポツリ、ポツリと呟く。その言葉の意味を理解して、彼女の頬が熱を持って行くのを見つめる。

 こんな風に素直に、感情のままに動く表情を見ているのは好きだと思う。自分にはない、貴い部分。そして。


「ありがとう」


 ぽつり返された言葉に深澄は言葉を失う。

 どうしてこの子は…そう思う気持ちが心で綯い交ぜとなり、曖昧に頭を振る。違う。そうじゃないんだ。もどかしくてそう言いたいのに、上手い言葉は見つからない。それがまたもどかしい。だって――。


「礼を言うのは俺の方――」

「えっ?」


 彼女の声にハッとして我に返る。自分が口走った言葉に驚きを隠せないで、深澄は困ったように笑うことしか出来なかった。頭を介さずに言葉が口を吐くなんて今までなら無かったことだ。だから余計に自分自身に驚く。それでも、誤魔化すことなんて出来なくて。


「キミの言葉が()を救ってくれた――」

「……」


 在り来りだけれど、飾らない本当の気持ち。

 歪んでいた心を、燻っていた感情を初めて正面から受け止めてくれたのはキミだった。決して強くはなくて、怖がりで、傷付きやすい。そんなキミだから、俺の気持ちに気づいてくれた。

 本当はキミの“生きる理由”になるふりをして、自分が一番救われていたのかもしれないことを知っている。

 誰かに必要とされている事。

 誰かが、自分を思っていてくれること。

 それがどれだけ大切なのかを知る。


――ありがとう。


 そう心の中で呟く。

 今は素直に伝える事が出来ないけれど、この気持ちを忘れたりはしない。


「――っ、良佳?」

「えっ――」


 キミの瞳から零れた一筋の涙を忘れたりはしない。

 お互いに動揺して、戸惑って、けれども泣きながら浮かべた彼女の微笑みは今までの誰のモノよりも人間らしく“綺麗”だと思った。

 自然に距離は縮まり彼女の手に自分の手を重ねた。少し冷たくなった指先に温もりを移すように優しく握れば、同じ強さで彼女も握り返してくれる。


 あの日心に降り積もっていた冷たい雪が、微かに熱を持ち心の中を溶かして行く。

 その音を、彼はただじっと聞いていた――。


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