交わす言葉━yoshika━
眼の前にキミの顔がある。
あの日よりも少し伸びた髪の毛が彼の端正な顔に影を落とし、それでもあの日よりも“優しく”彼は微笑みを向けてくれる。その表情に息も出来ない程胸は高鳴った。
――逢いたい。
逢いたかった。
キミと言葉を重ねるほどに、キミの存在を近く感じる。だからもっと、キミの事を知りたいと願う。
こんな風に誰かを思うこと。誰かの事を考えることなんてきっと一生訪れないと思っていた。浅はかな自分は“誰も好きになんてならない”と――。
風が流れて二人の髪を揺らせば、不意に距離が近づく。
ふわり飛んだ深澄の匂いに寄せられて、良佳はそっと瞳を閉じた。その髪に触れる温もり――彼の手が躊躇いがちに良佳の髪に触れ、そっと音もなく離れて行く。思わずその手を追いかけていた。
「――待って」
「良佳?」
訝しげな瞳に自分の姿が映る。
彼の手には何処からか舞った葉が一枚。とても綺麗な緑色をしたそれを綺麗な指先が優しく抓む。その葉になりたいと思った。
「ぁ…ごめん」
「……」
掴んだ手を離して良佳は俯く。
“変な子”だと、自分でも思う。こんな風に彼の一挙一動に反応してしまう自分はどこか可笑しいのではないかと。だって。
――深澄、キミがこんなにも…。
触れてくれた指先が嬉しくて、それがただ髪についた葉を取る為の行為に過ぎないとしても彼の気遣いや思いやりが愛しかった。良佳の中に知らない感情が湧きあがる。
もっと名前を呼んで、もっとキミの声を聞かせて、もっと、もっと…。
苦しいほどに胸が痛んで、顔を上げる事も叶わない。こんなの知らない――。
「良佳――」
「……」
「顔を上げて?」
頭上に降る少し困ったような、懇願するような深澄の声。
彼の足元を、延びる影を見つめていた良佳はその声に恐る恐る顔を上げた。
「キミと、話をしにきたんだ」
真っ直ぐに見つめる瞳。
きっと彼は迷うことなんてないのだろう。そう思った。
二人肩を並べて歩きだす。何処へと問うことをしなくてもどちらからともなく足はあの場所へと向けられる。あの日と同じ砂浜へと続くコンクリート造りの階段に。
寄せては返す波の音を聞きながら静かに腰を下ろせば、そこに言葉なんてなくてそれでもこの瞬間“心”は同じ場所にあると感じられた。だから――。
「深澄――」
「……?」
「私も貴方と話がしたい。貴方の事を…知りたい」
臆する事もなく“言葉”は口から零れた。
一瞬見開かれた彼の瞳がけれどもフッと細められたのちに困ったような笑みを浮かべる。それが何を指しているのかなんて知る由もなくて良佳は何も言えずに彼を見つめ、開きかけた口唇は言葉を生む事もなく閉じられた。沈黙が流れる。ただ静かに流れる潮騒に時折人の笑い声が混じり足音がいくつも通り過ぎて行く。お互いに自分の足元を見つめていた。そして。
「良佳」
沈黙を崩したのは深澄の方だ。
不意に呼ばれた名前に驚いて良佳は顔を上げると、そこには先ほどと同じように曖昧に笑みを刻む彼の顔があった。この表情を覚えている――。
――あぁ、あの日と同じだね。
あの「ありがとう」と言った時の複雑な眼をした微笑みが今眼の前にある。ずっと、その理由が知りたかった。どうしてそんな目で自分を見るのか。どうしてそんな風に笑うのか。本当の貴方を知りたいと思った。
彼の言葉の続きを待つ。そこには色んな気持ちが溢れていた。
次の瞬間小さく彼が嘆息して、僅かに眉根が寄せられる。良佳は思わず息を飲んだ。
「何から話をすればいい――?」
少し掠れた声で彼は呟く。
その表情は常よりも悩ましく、けれどもとても人間らしくて艶やかだった。