約束━yoshika━
二度目の逢瀬は予想外にもあっけなく訪れる。
始めて出会うその時よりも、再びの逢瀬は期待とそれ以上の緊張を宿す。会うことも、会わない事も、こんなに怖いなんて知らなかった。
――会いたくない訳じゃない。
最初に会いたいと願ったのは自分。それに応えてくれたのは“深澄”。
だからこそ例えば再びの逢瀬が彼の希望だとしても可笑しくはないのだ。ただ――彼を知るのが怖い。このまま深みにはまって抜け出せなくなってしまうのではないかと、彼を知れば知るほどにその思いは強くなる。
彼を信じることと、自分が彼から受けるだろう気持ちが比例しないのならば――いつか、彼の元から離れる時がくるのだろうと、その考えにちくりと胸が痛んだ。
――彼を…想ってはダメなんだ。
生きてきた十何年という過去も、経緯も、“深澄”と言う人物を作り上げてきたその環境のどれをとっても、自分のモノとは重ならない。彼は自分とは違う明るい未来を歩いて行ける人。ただ――それが寂しい。
同じように同じ場所に立っても、きっと同じモノは見れない。
だから――彼の未来に“良佳”は存在できない。
「――瀬…七瀬さん?」
「――っ」
不意に現実に引き戻されて、良佳は言葉に詰まる。
放課後の職員室。差し込む色は橙で延びる影は色濃く長かった。
眼の前に担任である春日井の苦い表情を見つけ、良佳の表情も知らず曇る。それでも逃げる訳にはいかなかった。
――自分のしたいこと。やりたいこと。
上手く表現出来ないけれど、ようやく見つけたんだ…。
それは彼が教えてくれた“良佳”にも叶えることが出来るかも知れない夢。
漠然としていて鼻で笑われても仕方ないような、曖昧な形。でも、決して譲ることのできない願い。
「七瀬さん?」
「……どう表現していいか解らない…けど」
「……」
ぽつり、またぽつりと、苦手な言葉を繋いでいく。
言う方も、聞く方もなんて根気のいる作業なのだろうと思う。それほど多くの時間を要しても、上手く伝えられたかなんて確信も持てない。
それでも言葉に心を尽くさなければ相手には何も伝わらないのだと、そう知っているから――。
「……」
「……うん」
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは春日井だった。
次の言葉が何を紡ぐのか、緊張と否定されることへの恐怖で良佳の心は常よりも早い鼓動を打つ。春日井の顔を見ている事が出来なくて一人ただ薄汚れた床を見つめていた。
だから――不覚にも予想外に紡がれた優しい言葉に涙が出そうになったなんて…言えない。
「よく頑張ったね、七瀬」
「――っ?」
「昨日の今日でよく考えたんだろう?」
「…はい」
拍子抜けしたように春日井の顔を見ればその表情は可もなく不可もなく、それでいて何処かすっきりとしたようなそんな色を宿しているように見えた。不意に眼を細め彼は優しく笑いかけてくれる。今まで一度も見たことの無いその表情には何処か“慈愛”のようなモノが滲んで、良佳の心を揺らす。
「不確かだとか、曖昧だとか、それはこれから考えて行こう」
「……」
「抽象的かも知れないけれど、それでも七瀬がきちんと考えて決めた事ならばそれが真実でしょ」
まるで突き放したような言い草で、彼は正論を言う。
でも、以前の様な嫌悪感や不快感は感じられなかった。そこに“心”があると言うだけでこんなにも人と他人は変われるのだと知る。
――僕には語れる“夢”もなければ
“夢”を見る為の“自由”もない。
だから悩むことのできる君が、
少し羨ましい…。
不意に深澄の声が聞こえた気がした。
語る夢を持たず、見る為の自由もないと言った彼の言葉が浮かぶ。
それがどういうことなのか良佳には解らない。
けれども、一緒に歩いていけないことと同じように彼のことを知らない事が寂しいとそう思う自分が居るのも確かだ。だから…。
担任の何処か優しくて嬉しげな声を聞きながら、良佳はまた一人思いに耽る。
そしてまた、二人は出会おうとしていた――。