変化━yoshika━
家に辿りつく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
いつものように辿る家路は気の重いものであり、その歩みは酷くのろくてどんどん通り過ぎて行く人並みを茫然と見つめながら、自分のいる位置を考えた。
――私は何のために生きてるの?
在り来りな自分の考えを嘲りたいという思いと、その意味を問いたいと言う気持ち。この問いに返す“答え”があるのなら、是非聞かせて欲しい…。誰もが持つであろう疑問と不安を彼女もまた抱いているのだ。
古びた家に辿りつき暗い廊下を歩く。
灯りのついたリビングから聞こえるのは、珍しく揃う“両親”の声。けれどもそれはお互いを“罵り合う”為だけに存在しているような冷めた嫌な空気しか持たない。そこに良佳の望んだ“温もり”はなかった。酷い罵声を聞きたくなくて知らず両の手は耳を覆い、押し潰されそうに痛む胸は唇を噛むことで誤魔化した。息が詰まるほどの空気を感じながら、ただ部屋に逃げ込むことしか出来なかった…。
――どうして…。
大きな音と共に自室の扉を閉め、良佳は力なくその場に座る。小さく抱えた膝頭には数滴何かが零れ、また視界はぼんやりと揺らいでいた。そうして、心の中にいくつもの疑問が浮かび上がる。
どうして一緒になったの? どうして離れないの? どうしてお互いを罵ることしか出来ないの? どうして…どうして…。
浮かぶのはそんな言葉ばかり。
彼らの間に初めから“愛”はなかったのだろうか。
それとも“愛”はいつの間にか冷めゆくもので、終わるモノで、だからすぐに燃え上がるんだろうか。もしも“愛”が形を変えていくものなら、私はきっと“愛”なんて欲しくない。知りたくもない。だって…。
――こんなのは辛すぎる…。
哀しくて、辛くて、悔しくて、それ以上に何も出来ない自分が腹立たしかった。
家族なんて嫌い。いらない。望まない。なのに。
……そんな風に強がってみても、やはり家族は大切で、かけがえないものだから…。
――私は幸せになって欲しいと思った。
自分のせいで苦労をかけた“母親”を心配はしても憎めなかった。ずっと。哀しい思い出は沢山ある。辛い思い出も。
それでも一人取り残されたと知った時、“良佳”から解放された母の事を“良かった”と思った。これでもう苦しまなくて済む。そう子供心に感じたのだ。
――再会なんてしなければよかった。
ずっと“他人”のまま名乗る事もなく生きていられれば――その方が幸せだったかも知れないのに。それなのに…。
――どうして…?
「――っつ」
零れる涙は誰のものか。
張り詰めていた糸が切れるように感情の波が押し寄せては、引いていく。こんな自分は初めてだった。
――こんなの、違う。
今までは“自分”という人間を上手くコントロールしていた。感情を押し殺して、ひたすら影に、目立たないように生きてきた――はずなのに。
どうして今…それが崩れる?
「――っ」
嗚咽を飲み込み彼女はきつく眼を閉じる。
瞼の裏に焼きつくのは、今もあの瞬間の君――寂しそうに遠い目をして笑った“深澄”―で、その光景は鮮やかに言葉の一語たりとも違えず繰り返される。無意識に携帯電話を探りだせば、その画面に浮かぶ表示にまた涙が溢れそうになった。
深澄――君に心を傾けたあの時から、私はこんなにも弱くなってしまった…。
握りしめた携帯の画面に浮かび上がるのは“深澄”からの応えのメール。それを知らせるメールのアイコンに一つ高鳴る鼓動。
確かに変わって行く自分を実感していた――。
一昨日に引き続き更新です。
珍しく気分がのったので進めたんですが…どうでしょう^^;
人を想う事って怖いです。
確実に近いほど”自分”というものを変えていくし、弱い部分も、醜い部分も全部見えてしまいますからね。
果たして良佳は”変わる自分”を受け入れる事が出来るのか…。
☆今年中にもう一話くらいアップする予定でいますが、予定は未定です;;すみません。