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月夜━misumi━


 漸く気持ちの整理をつけ落ち着いた(・・・・・)と言える頃には辺りは、薄紫から濃紺へと変わろうとしていた。初夏とはいえ冷たい床に座っていた身体はぎこちなく動き、立ち上がってみて初めて身体のあちこちが痛い事に気が付く…。


――そんなに座っていた覚えは無いんだけど…。


 無意識に年寄りじみた掛け声が口を吐いて出そうになるのを抑えると、人気の無くなった学校を後にしようと一人廊下を歩く。普段は足音やら人の話し声、当たり前の生活で出る騒音に悩まされる“学校”という場所も、今はただ静寂に包まれ少し虚しくも思う。人が沢山集まる場所が廃れるということは、きっとこの風景よりも“寂しい”ものなんだろうか。


「幽霊でも出そう…」


 常にはない一人言に深澄は自嘲気味に笑う。誰に聞かれるわけでもないが“優等生”である自分が“幽霊”の存在を信じるような発言をした事を訂正したいとさえ思った。そんな非科学的な現象や存在など信じない。

 生きている、同じ世界にいる“人間”さえ信じない(・・・・)自分が、それこそ見た事も触った事もない“幽霊(もの)”を信じるなんて馬鹿げている。人間なんて自分の目で見たものしか信じないし、自分の目で見たものさえも信じない。そんな身勝手な生き物だから…。


 下駄箱まで生徒はおろか教師にも会うことなく辿りつけば、玄関を抜けた処に待ち受けていたものに深澄はスッと眼を細める。空を包む初夏の色と、まるでピンポン玉でも打ち上げられたようなオレンジ色の月がそこにはあった。明るいその色に思わず溜息が零れる。なんとなく張り詰めていたような気持ちが軽くなった気がした。


――そう…難しく考える事なんかない。


 眼を閉じ息を吸えば、それだけで迷いは消えていく。葛藤も、孤独も、煩わしい筈のモノも。歩きだせば辿りつくのは通学路に面した児童公園で、深澄は無意識のうちに少し汚れた木のベンチに腰掛けた。緑の葉が風に揺られ初夏の匂いを連れてくる。“青臭い”とか、そんな風に感じる暇もないほど一心に、深澄は“応え”を返していた――。


――良佳。


 正直、君の口から“進路”という言葉が出た事に驚いている。

 失礼な話かも知れないけど…

 僕はあまりにも“君”の事を知らない。

 同じように“君”も僕の事を知らない。

 

 だから、

 無責任な話かも知れないけれど、

 僕が君に応えられることは

 限りなく少ないと思う…。


 きっと“夢”なんて泡沫で

 言葉にするのは“不安”だから。


 僕はそう思うよ。


 口にしなくても叶う“夢”がある。

 口にしても叶わない“夢”もある。

 どちらの思いが強いなんて、

 誰にも測れないし、測る必要なんてない。


 大事なことは今“君”が何をしたいか…。

 将来とか未来とか、

 そんな難しい言葉で表す事に

 なんの意味があるの?


 真実なんてきっともっと単純で

 分かり切っているはずだよ。


 こんな風に言ったって、

 僕には語れる“夢”もなければ

 “夢”を見る為の“自由”もない。


 だから悩むことのできる君が、

 少し羨ましい…。


 まずは君の好きな事を考えて。

 そしてやりたいことを。

 浮かんだなら次は、その為に今できる事を。

 やらなければいけない事を…。


 一つ一つ、足元から見ていくのが良いと思うよ。

 遠くを見続けるのは疲れるから…。


                      深澄――



 上手く言葉に出来たかなんて分からない。

 所詮は彼女と同じ“高校生(こども)”が語る事だ。そこに理論や正論なんてないのかも知れないし、大人から見たら手に取るに足らない答えだろう。それでも…。


――少しでも彼女の“応え”になればいい。


 一人で迷うのは心細いから。

 きっと皆、同じように悩み、ぶつかり、諦めている事も多い筈だから…。

 もしかしたら自分に出来ることは話を聞く(・・・・)ことだけなのかも知れないけれど、それでも君の力になれば良い。


――柄じゃないな。


 こんな風に“他人”の気持ちを考えて言葉にすることには慣れていなくて、らしくない自分を嘲る気持ちと、どこか温かくくすぐったいような気持ちが胸を占める。オレンジ色の月だけが、彼の些細な“変化”を見守っていた――。


こんばんわ^^


確実に変わり始めた深澄。

自分の変化に戸惑うが、それでも良いと思う気持ちも生まれ始めていく…。

このまま彼は変わるのか!?


久しぶりの深澄サイド、楽しく書かせて頂きました。



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