言葉━misumi━
メールが返ってきたのはあの出来事とほぼ同時だった。
隠しきれない戸惑いと、変な違和感。それと彼女―友枝―への申し訳ないと思う気持ちが渦巻いて、暫く石のように固まり、その場から動くことさえ出来なかった。
正直に俺は動揺していたのだと思う。
考えた事もなかったが、気が付けば不意打ちで奪われた口付けが、自分自身の初めてだと知る。いわゆる“ファーストキス”を半ば無理矢理、しかも殆ど意識の無い状態で迎えた事になる訳だ。
その事態を悲しむべきか、それともクラスで人気の女子からの積極的すぎるほどのアプローチを喜ぶべきか…複雑な面持ちだった。
―こういうものなのか?
自分の口唇にそっと触れてみる…。
知らない感触と触れた温もりを思い出せば、知らずとその手は口唇を強く擦っていた。
しっくりとこない…そう表現するのが良い様な口付け。あまり好きにはなれそうもない。
暮れゆく陽光が教室を紅く染めてゆく中で、深澄の背に伸びた長い影だけが嘲笑っているように見えた。こんなもの知らない。知りたくなどなかった。
今はまだ必要ないものだ。その上、女の子のように取り乱す自分にも腹が立つ。どうしてこんな風に思うのか…ただ口唇が触れただけなのに…。
深澄はそのまま壁に寄りかかり冷たい床へと座り込んだ。
いつもと違う視線の先には誰も座る事の無い教室に並べられた無機質な机と椅子があり、光の中で空中に待っていた埃だけがきらきらと光を反射していく。座らなければ見えなかった景色。気付けなかったモノがそこにはある。
―…メール…来てたな…。
座った拍子に身体に当たった携帯電話をズボンのポケットから取り出すと、深澄はため息交じりにそれを開く。時刻は17時を過ぎた処…。進学校ゆえか部活動はあまり盛んではないから、この時間帯に校内に残っているモノは少ない。教室を包む静けさと冷たい空気に溜息を零すと、彼は待ち望んでいたはずだった“良佳”からのメールを開けた。
「……進路…」
そこに書かれている意外な言葉に眼を見張る。
“進路”とか“将来”とか、彼女からはあまり想像のつかない言葉たちに深澄は黙り込む。普通に暮らす高校生なら考えていて当たり前のことなのに、彼女がそれを口にした事に違和感を覚えるなんて…失礼な話かも知れないが…。
―進路…ね。
深澄には考える必要のない“将来”を、一生懸命に考えようとする良佳を羨ましいと思う。自分の将来を考える事も、選ぶこともできる彼女の自由さが深澄には与えられていなかった。だから、どう返せばいいのか言葉に迷ってしまう。
―等身大を話せるほど、子供じゃない…。
彼女の言う“等身大”であることを受け入れるのは難しい。思いも何もかもを全て曝け出せるほど彼女に気を許したわけでもないし、何よりまだ彼女を“信じる”ことは出来なかった。
それでも自分が望んだメールの答えを見せてくれた良佳に感謝はしている。だから余計、“応え”に迷う…。
―返す言葉が見つからない…。
こんな乱れたままの感情では考える事はおろか、気のきいた言葉の一つも言ってあげられない。それがもどかしいのに、曝け出すことは絶対にしたくないと思った。その意味も知らずに。
仕方なく開いていた携帯を閉じる。
微かな音を立てたソレはそのまま彼の胸ポケットへとしまわれた。
残ったのは常よりも艶めいた溜息と、床に座り込むという珍行動を起こした“優等生”の悩ましい姿態だったとか――。
唐突に奪われたファーストキスに、等身大を向けられた彼女からの言葉。
変わる気持ちの変化に追いつけず、深澄はまた難しく考え出す…。
そうして交わる言葉の行方とは??
まだまだ続きます~。
☆余談ですが、最近(前から?)”拍手”をつけてる方をよくみかけます。この話にもつけたら、もっと気軽にコメントして貰えるのかな…?と考えてるわけですが、どうなんでしょう^^;?
まず”つけられる”のかってとこなんですがね(笑)
ちょっと色々調べてみようと思います(*^^)v