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進路━yoshika━


 彼の声を今でも思い出す。

“ありがとう”

 その一言に込められた感情の危うさを彼は気付いているのだろうか。曖昧に造られた表情はぎこちなくて、でも飾る事のないその笑顔に胸は高鳴った。

 この気持ちをなんといえばいいのだろう。それはまだ彼女が知ることのない感情だった。


 五月に入り、桜は散れども鮮やかな新緑は残る。

 彼と初めて出会ったあの日から二週間。良佳の心は不思議なくらい落ち着いていた。


「失礼します」

「七瀬さん、こっち」


 行き慣れない職員室に足を踏み入れれば、遠くの自席から呼びかける声。新任教師―春日井―のにこやかな愛想笑いが眼について良佳は不意に視線をずらした。


―…違う。


 今も心に浮かぶのは、あの不器用な笑顔。

 確かに彼も“愛想笑い”を浮かべていたが、目の前にいるこの教師ほど胡散臭くはなかった。その上、何を考えているのか分からない春日井の眼は良佳に知らず嫌悪を抱かせる。

出来る事ならあまり関わりたくはない人物だ。

それなのに…。


「何か…?」


 口を吐いて出たのは素っ気なく短い言葉。嫌悪の表情を浮かべないだけまだましだと思って欲しい。それでも。


「うん。進路指導の調査用紙、まだ出ていないのは七瀬さんだけなんだ」

「……」

「どう? …進路については」


 彼は良佳のそんな態度を気に留めた様子もなく、笑顔のまま話を続ける。机の上には他の生徒から集めたのであろう進路調査のプリントが伏せられ積み重ねられていた。


―いつから進路指導担当になったんだか…。


 入って間もない新任教師が引きうけるには大きすぎる仕事だろう。何故彼がそれを担っているのかは分からないが、とても不釣り合いに思えた。不意に口を開く。


「貴方が指導を?」

「…?」

「どうして?」


 呟くように問えば、目の前の彼は少し怪訝そうに小首を傾げた。その表情はどこかあどけなさを残し、可愛らしくもある。例えば、ここにいるのが自分じゃなければ黄色い声の一つも上げたのではないだろうか…そう思えるほどだった。


―……。


七瀬さん(・・・・)

「…?」

「…僕、見えないかもし知れないけど一応先生(・・)なんだ」

「…はい」

「“貴方”はないんじゃないかな?」

「…」


 彼の意図する処を理解できずに良佳は黙る。呼び名や名称に拘るようには見えない…それでも線を引くように告げられたその言葉からは、微かに敵意の様なものを感じずにはいられなかった。


―…そう。


 一つ心の中で溜息を吐くと、良佳はそっと目を伏せる。もともと教師受けするタイプではないし、いや“教師”というよりも“他人”から好かれるタイプではない。誰から見ても世渡りの不得手な人間だった。


―分かってる。だから、今更傷付かない。


 拳を握り、良佳は眼を開く。そして、目の前にいる彼に口先だけの謝罪を述べた―ごめんなさい―と。


「明日…持ってきます」

「…ん?」

「進路」

「あぁ。分かった…お願いね」


 短く交わされた約束に、意味はあるのだろうか。

 心のこもらない言葉たちを並べて、良佳の瞳は次第に曇って行く…。

 進路とか、将来を考える事は憂鬱だった。未来なんて分からないし、夢なんて持ったところで叶わない人が殆どだ…それでも、()を語る事に、描く事に何の意味があるのか分からなかった。


―進路…か…。


 教室へと戻る廊下を歩きながら良佳の心は重く沈んでいた―。


長らくお待たせ致しました^^;

随分期間が空いた気がしますが、ようやく更新です!


初めての逢瀬を終えた二人。

そして、現実に迫りくる”進路問題”-。

良佳の進路とは?

そして新任教師”春日井”とは??


頑張ります^^

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