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過去・Ⅰ━misumi━


メールは、悪戯だった。


そうとしか思えない。あれが「悪意」以外の何物でもないと、彼は理解した。

よく言う「チェーンメール」みたいなモノ。性質の悪い悪戯だ。

気に留めるほどのものでもない、そう思ってすぐに「削除」した。時間の無駄。考えるつもりにもならない。

「暇なんだな・・・」

深澄は呟く。下駄箱に上履きをしまい、代わりに黒い革靴(ローファー)を取り出すと、地面に落した。

あんなモノを送ってくる奴は、余程の「暇人」だと思う。それとも人を困らせることで快感でも得ているのだろうか。どちらにしろ自分には理解が出来ない事だ。するつもりもないが。

元より人が人を理解する必要などあるのだろうか。家族だろうと、恋人だろうと他人は他人、そこに理解を求める方がどうかしているのではないか。少なくとも彼は、自身を他人に理解して欲しいなどと一度も思ったことが無い。興味もない。

家への帰路を辿りながら、ぼんやりと思う。いつから、そう思うようになったのだろう。

幼い頃は、そこいらにいる子供と変わらなかった。自分で言うのもなんだが、今より遥かに可愛げもあったはずだ。

「・・・・」

考えても仕方ない。きっとそこに答えはない。

幼い頃からずっと、彼は大人扱いをされている。子供のうちに大人扱いをするのは、自立を促す良い術だと何でも一人で出来るように叩きこまれた。それは医者になる為、強いては家を継ぐために必要だからだ。子供であった記憶などない。ただ一度、一度だけ無邪気な子供の様に過ごした事がある。



夏の、天気の良い日だった。家族で父親の同僚の家に遊びに来た時の事。同僚の人の子供と近くの森へ散策をしに出かけた。別に散策をしたかった訳でもないが、大人同士、子供がここに居てはしづらい話もあるだろうと自分なりに気を遣って、相手の子供を誘ってみた。二人で歩くうちに、いつしか森の大分奥まで進み、小さなせせらぎの音をさせる小川へと辿り着く。そこで彼は言った。

『あそこに見える大きな木まで競争しようぜ』

なんとも子供らしい発言に、深澄は内心溜息をついたが彼の機嫌を損ねない程度に忠告を加える。

『水辺は滑るからやめた方がいいと思うよ』

深澄の忠告も聞かず、彼は「うるせえ」と走り出す。その時だった。

『うわああ』

『大丈夫!?』

忠告空しく、彼は水辺の石に足を滑らせ大きく転倒した。深澄もすぐに駆け寄るが、彼の脚には血が滲み帯状の線を作っていく。傷は浅いが、思った以上に出血の量が多かった。

『とにかく、手当しないと』

深澄は気が動転した少年を励まし、持っていたハンカチで患部を抑える。彼も同じ医者の息子だろうに、到底医者には向いていないと思えた。されるがままに応急処置を受け、二人は歩き出す。

来た道を戻るだけ。戻ればきちんとした手当を受けられる。そう思って深澄は彼に肩を貸し、今来た森の方を見た。そこに広がるのは一面の緑。右も左も、前も後も、見える全てが緑に覆われていた。

『どっちから来たんだ・・・』

『分からないよ』

幼い二人は、初めて来た森に困惑していた。完全に迷子だ。

深澄もこの時ばかりは焦りを隠せず、呟く。

『どうしよう・・・どうしたらいい』

冷静になろうと、自分自身に問いかける。深澄の言葉に、隣にいる少年の瞳にも焦りの色が浮かぶ。

『帰ろうよ』

『・・・・』

『帰れないの?』

『・・・・』

『崎本君!?』

少年の声が悲痛に変わる。それでも深澄はただ黙り、一人考えを巡らせていた。

(むやみに動くのは良くない・・・。でも、まだ夕暮れには時間がある)

家を出たのがお昼過ぎだったから、日が暮れるのには大分時間がある。それは幸いだと思った。今、彼を連れてむやみに森の中を動き回っても体力の消耗に繋がるだけだ。一番良い方法は何だろう。

『・・・!?』

その時、深澄の視界に白いモノが見える。あれは何だ。

『・・・煙?』

『え・・?崎本君?』

深澄の呟きに気づいて少年は俯いていた顔を上げる。彼にも深澄が見つめる先の一筋の白い煙が見えた。

『あれ、何?』

『分からない・・・でも』

少年の問いかけに、深澄は応える。確かな事は分からなかったが、あれは民家の煙に思えた。

『行こう』

『行くって・・・あそこに?』

『そうだよ』

『危なくない?』

『大丈夫』

確信があるわけではない。でも、こういう時、不安がる相手を安心させるためには言いきるのが一番効果的だと、彼は知っていた。予想通りというか、少年は深澄の言葉に頷いて立ち上がる。二人は小川に沿って煙の上げる方へと歩いて行った。



少し歩いて行くと、小さな家を見つける。

木漏れ日の差す小川沿いに建てられた一件の家。

『すみません、誰かいらっしゃいますか?』

深澄は礼儀正しく、入口を叩いて声をかける。例えどんな人だろうと、迷子になったと話せば道くらいは教えてくれるだろうと深澄は思った。出来れば傷の手当てもしたいが、それは相手の反応を見てからだ。そんなことを考えていると、ギィーとドアが音を立てて開く。

中から出てきたのは、上品そうな老婦人だった。彼女は深澄たちを見つめる。その瞳には優しさが滲み出ていた。

『こんにちわ』

老婦人がニコリと微笑んで、会釈する。

『こんにちわ。あの、すみませんが、道をお伺いしたいのですが』

深澄は一つ会釈を返して、老婦人へと尋ねる。彼女は二人を見ていた視線を、少年の脚から滲む血へと移した。

『まずは手当てをしましょう。それからお話を』

彼女はそう言うと、二人を中へと招き入れる。促されるまま、二人は足を踏み入れた。


『どうぞ』

リビングへと案内され、促されるまま椅子に腰掛ける。

彼女はお茶とお菓子を用意しに台所らしき部屋に姿を消した。二人は顔を見合わせ、互いに首を傾げる。深澄は天井を見上げ、部屋の中をぐるりと見回す。ふと視界に男の人が移る。

『こんにちわ』

『・・・こん・・にちわ』

老婦人同様、彼もとても優しい雰囲気を纏った人だった。白い髭、大らかな体つきに皺の刻まれた優しげな目元が印象的。彼は何処からか箱を持ってきて、怪我をした少年の傷を手当てしてくれた。

『お祖父さん、お上手ですね』

老人の慣れた手つきに深澄は思わず呟いてしまう。老人は少し驚いた表情を深澄に向けた。

深澄はその視線を受け「失言だった」と気づく。

『失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません』

慌ててその場を取り繕おうと言葉を続けるが、出てきたのはそんな言葉だった。老人は更に少し目を見開いてから、ふっ、と優しく目を細める。

『お若いのに、しっかりした人だ。子供である事を忘れてしまったんだね』

彼は微笑んでそう言った。

他人からそんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。






深澄の過去を書いている内に、予想以上に長くなっている事に気づく(-_-;)

これでは「マズイ」と思い、取り合えず二つに分けてみる事に・・・。


なので、次回も深澄の過去の話になります。

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