手━misumi━
ただ黙っていた……違う。
本当は口にするべき言葉が思い浮かばなかっただけだ。
いつものように笑って曖昧にそれらしい答えを言えば良かっただろうに、そんな事に気を回す余裕もないほど心は乱れていた―。
―どうして…?
彼女の口にした言葉が、まるで凶器のように胸に突き刺さる。なんの変哲もない言葉なのに、深澄にとってその威力は絶大で僅かに眉根を寄せると自問自答ばかりを繰り返す。優等生が聞いて呆れるその姿は何とも滑稽だろうか。
―そんなの知らないっ。
“心が満たされない”なんて、そんな感情論を口にするつもりもない。それでも、自分は気付いてしまった。この心は、全てを蔑み見ていた世界は――どうしようもなく“孤独”なのだと。
―違う。そうじゃない。
孤独を“寂しい”と感じる自分と、孤独こそが“安らぎ”だと告げる自分が胸の内で葛藤する。
クダラナイと思っていた世界はただ“寂しく”て、それをクダラナイ世界と眼を閉じ耳を塞いでいたのは――。その先を知りたくなくて奥歯を噛みしめる。
気付きたくない事実に彼はまたも眼を逸らし蓋をした。
「深澄…」
微かに聞こえるは、自分の名を呼ぶ声。
今更ながらに自分の事を“名前”で呼ぶ人間が身近にいなかった事に気が付いて、どこか居心地の悪さを味わうと俯いた顔を上げるでもなく、ただじっと動かなかった。
「私はこんな風に思う」
降り積もるは良佳の言葉。
そこに何らかの意図を察して、深澄の心は少し跳ねる。彼女の言葉を怖がるように…。そして。
「“シアワセ”の本質なんて、きっと誰も知らない。でも、世界にはソレを感じて、喜び、泣く人がいる。ソレを感じられずに嘆き、哀しむ人も…。どうしてなのかなんて考えた事はないけれど、価値観は違うから。ささやかな事をシアワセだと言う人もいれば、全てに満たされているのに“不幸”だと笑う人もいる。今日一日を生きられた事に喜び、生きている事を嘆く。身勝手で、とても難しいけど」
思いもよらない彼女の諭すかのような言葉に、深澄は顔を上げその瞳を見つめる。その真意を問うように良佳の瞳を見つめてみたが、そこに映るのは情けない自分の顔だけだった。
―何が言いたい…?
その心同様、自然と顰められた眉に良佳が曖昧に微笑み返す。その表情に更に深澄は訝しがると口を開こうとした。その刹那、良佳の口が更なる言葉を生んだ。
「私は、深澄に会えて嬉しかったから。きっと、この温かい気持ちを“シアワセ”と呼ぶんだと思う…」
―ドクンッ
耳の奥にまで届くような自分の心臓の音に彼は眼を見張る。
彼女の言葉が彼の心に更なる波紋を引き起こし、波はただ…寄せては返して行く。
―……。
「…そう」
何も言わないのは不自然かと思い口を開いては見たものの、やはり言葉にはならなかった。愛想良く笑顔を作れなかったのは気のせいじゃない。ぎこちない笑顔を浮かべ彼は眼を伏せる。
ただ……涙が零れそうだった。
「ありがとう…」
言えたのはたった一言。それも聞こえたかどうかわからない呟きは波の音にかき消えてしまったかも知れない。それでも―。
―この気持ちを、なんて言えば良い?
湧き上がった複雑な感情を、言い表せれない気持ちを、君が理解してくれれば良いのに…。そう切に思った。
不意に傾きかけた陽に気付き、深澄は立ち上がる。
四月とはいえ、陽が傾けば大分冷え込む。ただでさえ軽装の彼女にはきついだろう。
―今日はこれまで…か。
「立てる?」
振り返れば未だに座っている彼女に、そっと手を差し出す。
こんな気障な行動普段なら絶対にしないだろう…そう思って自嘲する。何となく気恥ずかしいのは“嘘”じゃない。
眼の前の良佳が躊躇ったようにその手を重ねる。一回りほど小さな手が重ねられ、深澄はその手を軽く引く―冷たい指先が小刻みに震えていた。思わず笑みが零れる。
「……」
「なに…?」
「手」
「て?」
深澄の笑いを訝しく思った彼女が怪訝な顔で聞く。
その表情が可笑しくて深澄は必死で笑うのを堪えると、そっと彼女の耳に囁いた。
「震えてる」
「…っ」
僅かに息をのんで彼女が身体を強張らせる。
その震えが“寒さ”のせいか、それとも“緊張”のせいかなんて聞かずとも分かっていた。
彼が“他人”に興味を持った春の日の出来事だった――
予定よりも早い更新になりました~。
みっちゃんサイドです(゜-゜)♪
相変わらず、メンドクサイ考えの持ち主ですね(笑)
この…ほんの、極々僅かな、ホント見えない位の、彼の心の揺らぎを見て貰えたらと思います><
ちょっと色んな意味でプレッシャーがっ(^_^;)…かかるの、この子。
それでは、次回からはまたメールになりますよ~(@^^)/~~~