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孤独━misumi━



 静かに凪いでいる海を見つめ、彼の心も驚くほど冷たく(・・・)凪いでいる。

 ようやく僅かばかりの興味を見出せたかと思ったのに、その瞬間に落とされる…こんな事になるのなら出会わなければ良かったのに。不意にそんな事を考えていた。


―クダラナイ。


 彼女の言葉に、仕草に僅かにでも興味を持った自分に嫌気がさす。誰にも振り回されたくはない。ペースを乱されることは嫌いだった。自分が保てなくなる事も。


―余計なモノに惑わされるな。こいつ(・・・)は、違う。


 決められたレールの上を歩くのに、余計な障害物はない方がいい。その方が何も考えずに済むし、煩わしい思いもしなくて済む。だから…。

 二人はただお互いに口をつぐんで、違う事を思う。

 こんなに傍にいるのに…肩口が触れ合うほど近い距離なのに、その心はどんどん離れていく。

 意味のないこの関係を清算してしまいたくて、深澄は不意に良佳へと視線を戻した。その時。


「―っ!?」


 その尋常ではない彼女の様子に思わず息をのむ。

 小さく抱きこまれた身体は震え俯いた顔の表情は窺えないものの、その額には脂汗の様なものが滲み前髪を張りつかせていた。次第に荒くなる呼吸に、これが異常(・・)な事なのだと深澄に悟らせる。

 

―何の発作だよ…これっ。


 発作の原因はいくつか考えられる。

 一つは病気―分かりやすい例なら喘息の発作とか、アレルギー性の発作があるだろう。この場合、応急処置あるいは病院への移送が必要になる。でも…。


―…PTSD…か?


 すぐに思いついたのは身体から起こる異常では無く、“心”から起こる異常『PTSD』だった。

 本で読んだ事がある。

 『PTSD』と呼ばれる心の病気を。日本語では“心的外傷性ストレス”―いわゆる“トラウマ”。

 過去に起きた事柄により心に傷を負う、あるいは酷く負荷がかかり起こる。

 普段は何事もなく生活できていても、同じような事が起こった時、また思い出された時に発作のような症状を起こすのだそうだ。

 彼女の様子は、なんとなくソレ(・・)を思わせた。


―何が原因だ…?


 知る由もないその原因に僅かばかり眉根を寄せると、深澄は彼女の肩を揺する。もし、このまま意識障害が起こるようならすぐに病院に連れて行った方がいい。そう思った。


「良佳?」

 呼びかけに彼女は顔を上げる。

 その瞳が不安定に揺れ、顔には暗いものが浮かぶ。深澄はその瞳をまっすぐ見つめ返した。


「…ごめんっ、何でも…ない」

「…そう」


 “何でもない”

 その一言がどんなに頼りないものか彼女は分かっているんだろうか。

 僅かに視線を逸らし、乱れた呼吸を正すように良佳は何度か深呼吸をして見せる。その間も彼は医者が患者を窺うような眼で彼女の様子を見つめていた。不意に良佳の口が動く。


「ねぇ、深澄」

「…?」


 突然の問いかけに首を傾げると、彼女はそっと目を細め微笑みを浮かべる。不意打ちともいえるその表情に深澄は驚きを隠せなかった。


―何故…笑う?


 彼女の笑顔を訝しく思った瞬間、唐突にその言葉は紡がれる。呪いの様なあの言葉が――。


「アナタハシアワセ…ですか?」

「―っ」


 思わず息をのむ。

 メールで送られてきた言葉。唯一深澄の心に引っ掛かり、また少しの苛立ちを残しているモノ。その言葉はあの日から、まるで抜けない棘のように心に刺さってざわついていた。


―何が言いたい。


「…どうして、そんな事を聞くの?」


 多少の苛立ちを笑顔で押し留めると深澄はその真意を問う。あの日からずっと聞きたかった答えを――。


「私には、分からないから」

「何が?」

「シアワセが」

「どうして?」


 会話とは呼べない程端的な言葉たちを気にする余裕すらなかった。ただ、ずっとその意味を聞きたいと思っていた。だから…。


―…どうして、そんな事を聞くんだよ。


 少なくとも“不幸だ”などと思った事はない。

 割と裕福な家庭に生まれ、生きていく上での不自由はないし、両親にも恵まれているはずだ。欲しいものは殆ど与えられてきた―その見返りに彼女たち(・・・・)が望む“理想の息子”を演じ、つまらない人生を歩むことになったとしてもそれを悔むつもりもない。

 どうせつまらない人生なら、誰かの敷いたレールの上を歩くのも同じだと思えたから…。


―俺は、俺の意思でソレ(・・)を決めた。


 今更“シアワセ”なんて求めない。考えたくもない。それなのに。


―どうして、こんな気持ちになるんだ…。


「…その意味を問うの?」

「……」


 視線を海へとずらした彼女が静かに告げる。

 その横顔は先程までの様子とは違い、とても落ち着いていた。まるで違う人と話をしているような…そんな錯覚を思わせるほどに。


―なんて表情だよ…。


 小さく鼓動が跳ねた気がした。

 それを気のせいだと自分に言い聞かせ、彼は俯く。その頭上からはもう一度彼女の声が降った。


「意味はない。ただ…少なくとも私はシアワセ(・・・・)なんかじゃなかっただけ」

「……」

「深澄…貴方は?」


 どこか優しさと慈愛を含ませたような声音に深澄はただ耳を傾ける。気付きたくなんてなかった。こんな風に“シアワセ”について考えるつもりなんてなかったのに…それでも彼女は真っ直ぐに言葉を向けてくる。


―心は…満たされない…。


 その事実が深澄の心を掻き乱していた――。


どうしてこんな気持ちになるのか…。

気づきたくなかった事実に、深澄は戸惑う。


彼の中の何かが静かに動き出した瞬間だった--。



ちょっと書いてて戸惑うみっちゃんが楽しかったです(゜-゜)♪

PTSDの触りは学生時代の授業からうろ覚えで拾ってきてますので、あしからず^^;

こんな感じで物語は続きます!

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