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孤独━yoshika━


 誰もいない海をただ眺め、彼はどこか冷めた目をしていた。何処かで見た事があるその瞳に、良佳の心は不安に揺れる――まるで、あの時(・・・)のように。


―どうしてっ? 間違えた…?


 哀しい記憶を呼び覚ますその眼に良佳は自分の身体を抱きしめ縮こまると、何も考えない様にきつく眼を閉じた。その眼は見たくない。本能が拒絶を繰り返して行く…。


―止めて…忘れていたいの…。


 誰だって嫌な事は忘れたい。痛い記憶なら尚更。思い出せば自分が壊れてしまいそうで、自分を守る為に忘れた。だって忘れることは罪じゃない。忘れなければ“生きて”いけないから。私を…殺さないで――。


「良佳?」


 不意に肩を揺さぶられ我に返る。

 気付かないうちに呼吸は乱れ、熱くもないのに額には汗がべっとりと前髪を張りつかせていた。彼の眉が怪訝そうに寄せられる…その瞬間に“彼”を知った気がした。

“崎本 深澄”という、優しい仮面(・・・・・)を被った冷たい人(・・・・)の素顔を。


「…ごめんっ、何でも…ない」

「…そう」


 心配そうな表情を浮かべているものの、彼の瞳は少しも動かない。動揺するでもなく、心配するでもなく…相変わらずの冷たい色をしていた。

 乱れた呼吸を正すために、何度か深呼吸を繰り返し良佳はようやく息を吐いた。その横では深澄が何も言わずに見つめている。その瞳に耐えきれず今度は良佳から話しかける。


「ねぇ、深澄」

「…?」


 不思議そうに少し首を傾げて見せる彼に、良佳はそっと目を細め微笑んで見せる。今度は故意に、笑って見せた。彼の瞳が少しだけ見開かれる…。そして。



「アナタハシアワセ…ですか?」

「―っ」


 その言葉に彼が息をのんだのが分かる。

 呪文のようなこの言葉に意味はない。いや、本当は誰かに聞いてみたかったのかも知れない。同じ世界を生きる人々に投げかけた言葉。こんな哀しくて辛い事に溢れた世界で、一瞬でも“シアワセ”だと思える人がいるのか…それがずっと聞きたかった。


―私には…分からないから。


 幸せだという人も、笑顔で笑う人々も、彼女には遠い存在で現実味のない物語の様だった。不幸を翳すつもりはない。不幸に酔っているつもりも。でも…。


「…どうして、そんな事を聞くの?」


 幾分か温度の下がった彼の声に視線を上げる。

 そこには未だに笑顔を崩さない深澄の端正な顔がある。手を伸ばせば触れられる―確かに彼はそこにいるはずなのに…心はまだ遠い処にいるようで胸が少し痛んだ。


「私には、分からないから」

「何が?」

「シアワセが」

「どうして?」


 驚くほど饒舌になった彼の眼は少しも笑わない。

 それどころか揺らぐ事もなく、言葉の真意を探っているように思えた。良佳はどこか寂しい様な、けれどもホッとしている自分に気が付いて自嘲気味に笑みを浮かべる。その表情に彼の眉が微かに動いた。


「…その意味を問うの?」

「……」


 冷たい視線を受けながら、良佳は不意に視線を海へとずらす。これ以上彼の冷たい瞳を見ている事は出来なかった。


―本当は…優しいはずなのに…。


 そう思うのは、出会う前の温かいメールのせいだろうか。それとも彼が今まで纏っていた雰囲気のせいなのか…。そのどちらも違う気がした。そんな否定されればあっさり消えてなくなるような事実じゃなくて、もっと違う何かが良佳の中の彼を彩らせていた。


「意味はない。ただ…少なくとも私はシアワセ(・・・・)なんかじゃなかっただけ」

「……」

「深澄…貴方は?」


 黙りこみ俯く彼に良佳は問いかける。

 普通に暮らすごく一般的な男子高校生であるのならば、即答できるだろう質問に彼は口ごもった。出会ってから初めて見た―彼の迷いと、苛立ち―が、良佳の心に深く突き刺さって行く…。


―貴方も……一緒なの、深澄?


 言葉はなくて波の音が響く中、良佳はそっと目を閉じる。

 ただ、彼の言葉を待っていた――。


深澄の心の闇を垣間見た良佳。

彼はその瞳に何を映すのか…。



近づく二人の距離はどうなるのか??


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