思い━yoshika━
9/23 挿絵挿入しました。
イメージを壊したくない方は挿絵機能を「オフ」にして、お楽しみください☆
二人は砂浜へと続く階段に並んで腰かける。
彼は“喫茶店にでも入ろうか”と言ってくれたけど、素直に頷く事は出来なかった。
人混みは苦手。息が出来なくなりそうで、その視線とか話声とか、温度に気持ちが悪くなる。だから、少し肌寒い海辺に腰掛けた…。
「寒くない?」
不意に深澄が話しかけてくる。
その言葉に良佳はそっと首を横に振った。
「平気」
短いけれど、今度はちゃんと彼の言葉に応える。その声に彼はふっと眼を細め優しく微笑んでくれる。
「…そう。良かった」
たったそれだけの短い言葉が、良佳の心を温かくしている事に彼は気付いているのだろうか…。その何気ない優しさが、彼女の心に小さな灯りを点す。
キラキラと水面は輝き、今この瞬間だけは眼に映る全ての物が優しく綺麗な物に見えた。
―不思議…。どうしてこんなに穏やかなんだろう。
隣に彼が居るだけで、良佳のざわついていた心は凪いでいる。とても心地の良い時間だった。
「良佳は、どうして詩を打つの?」
「…えっ?」
「初めてのメールは、不思議な言葉だった。あれは“詩”でしょ?」
意外な言葉に良佳は驚く。
“どうしてメールを打ったの?”ならまだしも、彼は“どうして詩を打つの?”と尋ねたのだ…。聞かれると思っていた事と違う事を聞かれ、良佳は戸惑った。どう答えればいいのか、暫し沈黙する。
―どうして…?
分からない…でも。
物心がつく頃にはすでに何かを文章にしていた。
最初は身近にある草や木、お日様や月も。感じるものを“言葉”に変えて表わしていた。それがいつしか表す事の出来ない“感情”になり、話す事の出来ない“言葉”にもなる。そうすることで自分の中の思いを無意識に消化させてきたのだ…。
「声にはならないから…」
「声?」
「上手く言葉に出せないから、それを詩にしてた…」
良佳の拙い言葉に、深澄は小さく相槌を打つ。上手くまとまらない言葉を彼は拾って真面目に話を聞いてくれる。
「じゃあ、あの詩は良佳の“心”なんだね」
「心…?」
「言えなかった“感情”なんでしょう」
「…うん」
驚くほど簡潔に、深澄は言葉をまとめると一人納得して頷いていた。その横顔がとても綺麗で、一瞬鼓動が跳ねた…。
―こういう時、なんて伝えればいいんだろう…。
多分“好き”とかそんな単純な言葉じゃない。“恋”とか“愛”とも違う。胸が苦しくて、震えて、そして―嬉しかった。誰かが自分を理解してくれた事が、解ろうとしてくれた事が…。
「…ありがとう」
初めて素直に気持ちが口をついた。
自分でも驚いて顔を上げれば、そこには想像以上に優しく微笑む彼の顔が待っている。
「良かった。ちゃんと笑えるんだね」
言われて自分が笑顔になっていた事に気づく。
もう大分する事のなかった笑顔に…。
その事実に頬が熱くなった。多分、耳まで真っ赤になっていることだろう…。
良佳のそんな表情をみて、深澄はまた困ったように笑う。なんとなく寂しい眼をしている気がするのは思い違いだろうか…。
「笑えるなら笑った方がいい…」
彼は遠い眼をして呟く。
まるで、自分は笑う事が出来ないかのように。その眼は今までで一番冷めたものに見えた。
「みすみっ」
その眼が気になって思わず呼びかけるが、呼び名に困る。いくらメールで“深澄”という言葉に慣れているからと言え初対面には違いないのだ。
「…崎本…さ」
「“深澄”でいいよ」
慌てて名字を呼び直そうとするが、その言葉は彼によって遮られてしまう。視線を海に置いたまま彼は眼を細めて呟いた。
―深澄…どうして、そんな眼をするの…。
急に黙り込む良佳の様子を気にするでもなく、彼はただ海を眺めていた――。
言葉を交わし始めた二人。
深澄の目に映るものとは…?
次回、深澄サイドで明らかになります。