会話━yoshika━
人気のない海辺を少し遅れて歩く。
とても隣に並んで歩けるような気分じゃなくて、ただ黙ったまま俯いていた。
―どうして…いつもこうなんだろう…。
肝心な時に言葉はでない。
本当は伝えたいことが沢山ある。メールが届いて嬉しかった。迷惑を承知で送り続けたメールに返信が来た時、言葉にならなかった。哀しい事も辛い事も、その存在があったから乗り越えられた。それなのに…。
―私を支えてくれていたのは貴方だ…深澄。
謝罪も、感謝も、伝えたい言葉全部が宙に虚しく舞うだけで、この口は役には立たない。さらさらとした砂浜を彼の足跡に沿うように歩く。彼は何を考えているのだろうか…。
少し前を歩く彼は時折海の波間へと視線を寄せ、思いを馳せる。その度に良佳よりも十数センチ高い処にある頭の綺麗な黒髪が潮風になびいた。そして彼は不意に歩みを止める。
「…っ?」
立ち止まった影に驚いて顔を上げると、真っ直ぐに見つめてくる深澄と眼が合う。彼は困ったように表情を歪めると、口を開く。
「…並んで歩こう」
その一言に良佳は眼を大きく開いた。思わず聞き返してしまう。
「えっ…?」
「隣においで」
良佳の言葉に気を悪くするでもなく、彼はそっと手を差し出した。細くて綺麗な指が良佳の手を招く…その行動の一つ一つに良佳は躊躇い、またそれを隠せない。眉根を寄せて視線を泳がせていると、彼は分からない程自然に短い溜息を漏らした。その事に良佳の胸は不安を訴え始める。嫌な思いをさせてしまったのではないかと。
「良佳」
「はいっ」
返事を返す声は知らずに裏返り、また指が小刻みに震えだす…かなり緊張しているらしい。きつく眼を閉じて、彼の二言目を待つ。最悪の結果を予想しながら…。なのに…。
「僕は君と話がしたい」
予想外の言葉に良佳は思わず目を開けた。
彼は先程までと少しも変わらずに良佳を見つめ、またその答えを待っていた。
全てを包み込むような優しい雰囲気を纏って…。
―どうして、こんな人がいるんだろう。
どうして、私の傍に来てくれたんだろう…。どうして…。
涙が出そうになる。
こんな優しさを良佳は知らない。
無償で与えられる優しい瞳に、優しい言葉。
良佳にとって欲しくても手に入らなかったモノが、今目の前にあるのだ。
縋りついて泣いても、彼は許してくれるのだろうか…。
「私も――貴方と話が…したい」
今度は眼を逸らさずにはっきりと言葉が口をついた。
彼を信じたい。信じてみたい。
その思いが、良佳の心を動かしていた―――。
会う事を切望した良佳。
…なのに、言葉は出て来なかった。
伝えたい言葉を口に出来ず黙り込む良佳に、彼ー深澄ーが言った優しい言葉。
その言葉を、彼を信じて、良佳は願いを口にした…。
二人の-会話-が始まります。