対面━yoshika━
顔を上げた処にいたのはとても端正な顔立ちをした…けれども何処か冷めた眼をした人だった。
「はい…」
名前を呼ばれ思わず返事を返す。
殆ど無意識だったのだが、すぐにその返事が間違いだった事に気付いて良佳は視線を泳がせた。こんな時なんて言葉を返せばいいのだろう…そう思うだけで頭の中はパニック状態。眼が回りそう…。
挙動不審な良佳の様子を見て、彼はフッと眼を細める。その瞳の奥は笑っていない様に思えた…。
―どうしよう…何を言えばいい?
自分から“会いたい”なんて言っておいて、これでは不審がられても仕方ない。何より変な奴だと呆れられてしまうのではないか…その不安が押し寄せる。その時…。
「落ち着いて……深呼吸しなよ」
彼が…“深澄”が少し微笑んで、そう言ってくれた。いつの間にか握りしめていた震える手をそっと開き、良佳は彼に言われるままに深呼吸を二回してみる…。その間も彼は呆れるでもなく、ただ真っ直ぐに良佳の事を見つめる。本当にただ真っ直ぐに…。
「落ち着いた?」
「……はい」
「そう、良かった」
「……」
今時珍しい程の綺麗な黒髪に少し伏し目がちに揺れる眼が綺麗で…どこか“優等生”を思わせる雰囲気を纏っている割に、耳に光るピアスが印象的だった。彼が“崎本 深澄”なのだと頭が理解するのに、少し時間がかかりそうだ…。
「改めて、崎本です」
「あ…七瀬 良佳…です」
はっきりと言葉を言う深澄に、少し自信無げに良佳は視線を落とす。誰かと視線を合わせる事に慣れていないせいか、彼の真っ直ぐで曇りの無い瞳に見つめられているのが怖かった。何を言うでもなく二人は黙り込む…。ただ波の音だけが寄せては返して行った。
―何か言わなきゃ…。
橋の上に向かい合わせで立つ二人は異様なものに思える。親しいようでもなく、ただ黙って俯いていた。
「良佳…」
「はいっ」
突然の声に良佳の胸が跳ねる。驚いて顔を上げれば彼は海の方を見てから不意に視線を合わせた。
「少し歩こうか…」
「……」
優しい言葉に眼を見開く。彼が気を遣ってくれているのが痛いほど分かるから、余計に胸が痛んだ。
そんな気持ちを言葉に出来ず、良佳はそっと頷いていた…。
緊張する良佳に対し、彼は優しく冷静だった。
ようやく対面した二人…お互いを知るための会話が今始まろうとしている…。