寂しさ━yoshika━
教室を出た処で、不意に呼び止められる。
振り向いてみれば、そこには今年入ったばかりの新任教師・春日井の姿があった。 初々しい顔立ちの彼は密かに彼女たちの注目の的だ。
「七瀬さん、困った事があったら言ってね」
「……」
急に呼び止めて置いて何を言うのかと思えば、想像以上にクダラナイ用件に返事も返さず歩き出す。次の授業は教室移動になる…しかも実験準備で早く行かなくてはいけないのに、とんだ邪魔が入ったものだ。そう心の中で悪態をつくと、良佳は振り向く事もなく立ち去った。
お決まりな「言葉」を「教師面」して言う彼を、良佳は好きになれない。
「教師」というもの自体に良い感情を持ち合わせていないのも事実だが、彼のように「自分が何とかしてあげる」みたいな意気込みを持った人種とは出来れば関わりたくないさえ思う。
━どうせ、同じだ…━
信じても裏切られる。
また傷つく事になるだけなら関わりたくないし、関わらないで欲しい。
誰も本当の「私」には気づいてくれない…。
黒い感情が渦巻いていく…止められない。
「っつ…」
急にこみ上げてきた吐気に、良佳は口元を手で塞いでトイレに駆け込む。最近時々起きる発作の様なものだ。
本当に物を吐くわけではないし、具合が悪いわけでもない……それでも今のように心がマイナスに傾くと身体がそれを拒否するように起こる。本当は分かっていた。
━ココロが…死にそう…━
誰かを信じたい。でも怖い。何が。裏切られる事。ううん。自分を知られる事。それでも。愛したい。愛されたい。必要だと言って…。誰か…。
心が悲鳴を上げる。
誰かに知ってほしい。気づいてほしい。言葉が…欲しい…。
何でもいいから…。お願い…。
変わらない毎日を送りながら、心だけがあの日のまま置き去りになっていく。平気なふりをして、自分を繕って、そして大人になるの?…ただ、気付いてほしいだけなのに。
知らないうちに頬に暖かいモノがつたう。
訳も分からず零れ出る涙に、良佳は戸惑った。
こんな筈じゃなかった。
一人でも生きられると思っていた…。彼に出会うまでは。確かにそう思っていたのに…。
「寂しいよ……misumi…」
ずっと我慢していた言葉。
言いたかった言葉が、不意に口をつく。
怖い。信じたい。知ってほしい。知りたい。
色々な感情が入り混じり、そのどれもが本当で、矛盾して、頭が混乱するのに、一つだけ確かな気持ちがあった。
━misumi……君ともう一度話がしたい…━
こんな寂しさは知らない。
一人でいる寂しさよりも、一人だと思う寂しさよりもずっと…。
君という存在を知ってしまったから……君が応えてくれたから余計に寂しくなった。
「キミはまた言葉の真意を聞くのかな…」
自嘲気味な笑みが零れる。
遠くで始業のベルが鳴っても、良佳は動かない。
「もう一度メールを送ろう」…その決意は固く揺るがないものだった。
洗面台の鏡に映る自分の顔が、いつもより穏やかな気がする。
教室へは戻れないから、教師に見つからないように階段を上り屋上へと続くドアの前に出る。屋上への扉は安全面からか鍵がかけられ開かない。
仕方なく階段に腰掛けると、一つ呼吸をしてから携帯のメール画面を開く。
迷惑でもいい。自己中でも。
はっきり言われるまでは退かない。
そう心に決めて良佳は携帯に言葉を打ち込んでいく……言いたかった言葉、聞いてほしかった言葉を。
何の音もしない無機質な階段で、良佳の文字打つ微かな音だけが響いていた…。
早い事で40話目になります^^
読んで下さった方、お気に入りに入れて下さっている方、ありがとうございます☆
これも偏に皆様のおかげです。
「月さえ~」は書き方とか表現とか、そういうモノに囚われずに書きたいように、感じるままに書かせて頂いています。そのせいか、一話の中に語られるのはほんの数分にしか満たない様な感情表現だったり、気持ちの動線だったりします。それでもきちんと思う方向に進んで(亀ペースですが…)いますので、二人を暖かく見守ってやって下さい^^
*次回更新は6/10辺りを予定しています。




