きっかけ━yoshika━
雪が降る。
白い、白い、雪。
私の心にも、
振り積もればいい。
そうすれば、
何も考えずに済む。
傷つかなくて済む。
心を凍らせて、
大丈夫、
まだ生きていける。
良佳は体育館にいた。正確には体育準備室。
ここで何をしているのかと言えば、「暇つぶし」につき合っている。そう表現するしかない。彼女たちにとっては「暇つぶし」以外の何物でもないからだ。
世間的にはよく云う「イジメ」。自殺でもすれば誰か存在を認めてくれるのだろうか。世間は一時でも同情してくれるのだろうか。そんな他人事のように良佳は思う。
火の点いたタバコを細く白い腕に押しつけられる。
「っつ」
皮膚の焼ける匂い。人間が焼ける匂い。
良佳は決して声を漏らさないように、目をそらして耐える。それがこの場をやり過ごす最善の方法だと知っていた。少女たちは愉悦に顔を歪ませ、タバコの火を消すために良佳の腕に擦りつける。
本来なら「灰皿も知らない、愚か者」とでも言いたい処だが、今の良佳に感情はない。心を凍らせる。
心が無ければ、痛みも辛さも何もない。あるのは「無」のみ。
「こいつマジ、うける」
「ね~、良佳ちゃ~ん。なんで何も言わないの~」
「もっと入れて欲しいの、コンジョーヤキ」
相手は四人。いつものメンバーと、外に見張りの優等生が一人。
優等生だって刺激が欲しいのか、助けるどころか仲間に加わる始末。誰もホントの処は分からない。ただの「暇つぶし」としてのイジメ。
長い前髪を掴まれ、良佳は顔を上げる。もうすぐ終わる。もうすぐ。
心の中でカウントダウンが始まる。始業まであと1分。・・・30秒・・・3、2、1。
良佳のカウントダウン通りに始業のベルが鳴り、少女たちは舌打ちや悪態をつきこの場を去っていく。
良佳は一人タバコの吸い殻が転がる準備室に残される。先生も黙認。権力には勝てない。
「この世界に・・救いはありますか・・・?」
良佳は誰に言うでもなく、呟いていた。涙はでない。
無造作に襞の草臥れてしまったスカートのポケットに手をやると、携帯電話を取り出す。
そのままカメラ機能を起動させ、あちこちに散乱する吸い殻をまとめて撮った。何に使うわけでもないが、これも良佳の習慣。カメラに収めることで、今の気持ちも終わりにしてしまいたかったのかも知れない。
ふと、汚れた机の上に目をやる。彼女たちが忘れて行ったんだろうか、そこには今どきの占い雑誌が置かれていた。
(好きな異性を振り向かせる方法?・・・恋の特効薬・・・)
開かれていたページには、そのような事が書いてある。色恋沙汰に興味関心はないが、何となくそのページに目を通す。
別段、特別な事が書いてあるわけでもなく読者からのお便りやおまじないの成功例の紹介、また人気雑誌モデルのコメントなどがつらつらと書かれていた。最後に気になるコメントを見つけ、良佳は目を見開く。
『好きな名前と誕生日を入力してメールしたら、片思いの彼だったんです!』
コメントの見出しはこれだ。そんな偶然あるわけがないと思う。
携帯電話の会社でさえ何社もあるのに、名前と生年月日の一致で意中の男性に当たることなど99パーセントないのではないだろうか。
勿論、良佳に想い人などいない。でも、仕舞ったままの行く宛の無い思いを誰かに聞いて欲しいと思う自分がいることも確かだった。
「届くわけない・・・ばかみたい」
自虐的に呟いてみるが、その手には携帯が握られている。震える指で「未送信」のメールに宛先を打ち込む。
「Tuki・・・・・・」
携帯会社はとりあえず自分の使っている処を選んで、ドキドキする胸を抑え「送信」ボタンに指をやる。もし、使われていないアドレスであるなら、送ると同時にすぐに返ってきてしまう。怖さと少しの望みをかけて、彼女はボタンを押した。こんなに胸が高鳴ったのはどれくらいぶりだろうか。何故だか少しだけ、笑いたくなる。
誰もいない準備室に座り込み、良佳はメールが戻ってくるのを待っていた。
偶然見つけた雑誌のコメント。
果たして彼女の思いは誰かに届くのでしょうか?
・・・注)実際にやったらいけませんよ!!(;一_一)