海━misumi━
電車は進む。どこまでも・・・。そこに果てはあるのだろうか。
「はぁ~・・・」
深澄は俯き溜息を吐いた。いつの間にか前の席に座っていた親子は電車を降り、そこは空席になっている。興味も薄そうにポケットからipodを取り出すと、選曲部分に指を当てくるくると回す。
何となく気の向くままに曲を流すが、その音は耳に届いていない。正確には流れているだけだ。そこに意味はない。
ただ電車に乗っていること、一時間とちょっと・・・・外の景色はようやく都会の高層ビルから緑やキラキラと光る水面を映しだした。社内のアナウンスが聞こえ不意に音楽のボリュームを下げる。
『次は藤沢ー、藤沢ー、お出口は・・・』
(藤沢・・・か)
いつの間にこんな処まで来ていたのだろう。
深澄は重い腰を上げ電車を降りる。冷たい風がふと頬を掠め流れていく。ホームには人もまばらで、そのまま歩みを進めると、不意に江ノ電乗り場へと辿り着いた。
無意識に自分は何処かへと向かおうとしていたらしい。それが「何処」なのか、ココに立って初めて気づく。
(・・海・・・か)
この辺りには昔来た事がある。母方の姉である叔母が暮らす、海に近い静かな趣のある風景。藤沢から江ノ電にのり鎌倉方面へ進むと叔母の家がある最寄り駅に辿り着く。
よく叔母の家から海辺の砂浜へ散歩に行った。夏は海水浴の客が多くて近づけないから、いつも来るのは秋から冬。少し肌寒い海風と陽が傾く時の水面に映る夕日が酷く印象に残っている。
町並みすれすれの処を走る江ノ電に揺られ「江の島」で下りる。この辺の電柱や店先には観光客用に道案内の看板が掲げられている。親切心からだろうが、あまり褒められたものではないと思う。
この寒い時期に海に向かうモノ好きは少ないのか、駅に向かう人はいるのに、同じ方向に歩く人はいない。それでも深澄は海へと一心不乱に歩いた。何かを目指すように。そして。
「・・・・」
眼前にその水面を映し、彼は足を止める。言葉は出て来なかった。
革靴で砂浜に入るのは躊躇われたため、彼は仕方なく砂浜に続く階段に腰を下ろす。
何かをしたかった訳ではない。海に来たかった訳でもない。それなのに・・・。
ただキラキラと陽の光を映す水面を見つめていると、何故だか解放された気がした。
暫くの間、彼は海を見つめ黙り込む。砂浜には人もまばらで、犬の散歩やジョギングをしている人など、片手で数え切れるほどしかいない。
(何してんだ・・・俺、こんなとこで)
不意に我に返ると、彼は立ち上がる。すっかりコートについてしまった砂粒を手で払うと、そのまま躊躇っていた砂浜へと階段を下りた。
足で踏む砂の感覚に不思議なモノを覚え、深澄は一歩一歩ゆっくりと進む。
まるで自分が今、地に足をつけて歩いている事を確かめるように、只管歩く。そこに生きていると、感じる為に。
あの狭い環境で暮らしていると、時折、自分が本当に生きているのか・・・自分がそこに居るのかさえ、分からなくなる時がある。例えば自分の姿をした「他人」が入れ換わっても誰も気づかない・・・・自分にはそれ程の「価値」しかないようにさえ思えた。
フワッ
風が通り過ぎ、潮の香りを運ぶ。その匂いに気づいて、深澄は砂浜を見つめていた顔を上げる。
目前には、少年の様な格好をした「少女」がいた。
(女?・・・・だよな)
向こうも深澄の視線に気づいて、一瞬、目が合う。
彼女は不思議なモノでも見たような表情をしていた。何か言葉を発そうとしたのだろうか。口は僅かに開かれ、またすぐに閉じる。
(・・・?)
そのまま深澄は視線を逸らす。ぶつからないよに距離をとると、少女の横を通り過ぎた。
(俺には関係ない・・)
知り合いでもなければ、見覚えさえない「女」・・・それも明らかに男を装う格好をした変な「女」なんて関わり合う気にもなれなかった。面倒事は嫌いだ。
彼はそう思うと、陽も落ちかけて冷たくなった風に背中を押され歩く。
後には彼の「あしあと」だけが残り、その足跡もまた、波に消されていった。
交差する二人。
でも、なかなか接点はなく・・・・もう21話まで来てしまいました(・・;)
でも、出会うまではゆっくりで良いのかな~…とか最近思ってます。
きっと出会えば、運命は瞬く間に動き出しますから・・・。