痛み━misumi━
始業のチャイムが鳴り、深澄は自身の席に着く。
窓側の一番後ろ。視力は余り良い方だとはいえないが、他人が後ろに居る環境での勉強は遠慮したかったので敢えてこの席を選んだ。
今日は陽がなく、空は灰色に覆われている。日当たりのいいこの席は今日みたいな日には打って付の特等席に思えた。ポカポカと「日光浴」に興じる気はないし、かと言って「雨」の音に感傷的にさせられるのも納得がいかないからだ。
何分、今日の彼の「心情」にとても良く合う天気だと思う。
教壇には眼鏡をかけた生真面目そうな中年教師。声がでかいのと、見た目によらず熱血漢が印象的で、教え方は中の下くらい。
深澄は予習済みのノートを机に乗せ、教科書を開く。暖房がかかっている割に少し肌寒い窓際はブレザーを着たままで丁度良い位の暖かさだ。不意に胸ポケットに仕舞った「携帯電話」に意識が向く。
あの変な「メール」が気にかかっていた。
文章からいって、送ってきた相手は「女」だと思う。それも成人に満たない若くてあまり利口ではないタイプ。
でも、何故か気にかかる相手。
もう来て欲しくないはずの「メール」を、待つ自分が何処かにいるのも確かで、矛盾しているということも分かっている。
(らしくない・・・)
本当にらしくないと思う。本来なら集中しなければならない筈の授業でさえ、先程からペンは進まずノートは白いままだ。
幸いにも、この教師は板書が多く、基本的に生徒との受け答えを得意としないタイプなので気を抜いていても当てられる事はない。
小さく溜息をついてペンを指先で器用に回す。頬杖をつくと、ふと斜め前の席に座る女子と目があった。
『友枝 亜衣梨』
確かそんな名前だった筈だ。殆ど言葉を交わした事はないが、クラスの中では可愛い系で密かに男子の人気を集めている。肩まであるサラサラの茶色の髪に、目はクリっと円らではにかんだ感じの笑顔が可愛い・・・・らしい。スタイルも良いし、頭も悪くない。それでも、何故か深澄にとって魅力的には映らなかった。
彼女は少し微笑むと、そっと後ろ手に深澄へと「何か」を渡してくる。メモだ。
メンドクサイと思いながらも、深澄は渋々それを受け取り、開く。こういう時、優等生は殊更面倒で困る。嫌な顔をせず、応えなければならないからだ。
━昼休み、屋上で待ってる・・・━
メモにはそう書かれている。これで昼休みも余計な用事が出来てしまった。
深澄はそう思い一人溜息を深くした。
「友枝、何?」
「・・・・」
昼休み、食事を手早く済ませ深澄は屋上へと足を運ぶ。そこには一足先に彼女がいた。
深澄の問いかけに、友枝は応えない。何かを言い出すきっかけを伺い、フェンス越しに外を見ている。
深澄も小さく溜息をついてから同じように彼女の見つめる外の世界を見た。灰色の空に覆われたビルの立ち並ぶ世界。面白くもない現実。
「あのさ・・・」
不意に友枝が声をかける。深澄もその声に振り向き、二人は互いを見つめていた。
彼女の髪が風になびき、ゆっくりとその唇が動く。
「付き合ってくれない・・・かな?」
深澄が一番聞きたくない言葉。一番望まない感情がそこにはあった。
友枝は言うなり俯いて、黙り込む。
(意味・・・分かんねぇ・・・)
それが正直な気持ち。恋とか愛とか、そんなもんどうでもいい。今の自分には必要ない・・・愚かな恋情。
「・・・・悪い」
答えは初めから決まっていた。
彼女はその一言に耳を疑って、丸い目を更に丸く見開く。
「・・・・何・・・ソレ」
「付き合えない」
「・・・っつ」
最後の一言を告げると、彼女は一瞬顔を歪ませ走って屋上を去っていった。深澄は一人取り残される。
どうして女は、いつでも「被害者面」をするのだろう。振っても、振られても、いつだって傷ついた顔をする。
「・・・イライラする」
どうして、「他人」は勝手に心に踏み入るのだろう。自分の気持ちを押しつけ、それが叶わなければ、さも自分を「悲劇のヒロイン」に仕立て上げる。
踏み入られた「深澄」の心のことは、考えない。理解しようともしない。
━アナタハ、シアワセデスカ━
ふと、あのメールの言葉が浮かぶ。
「・・・幸せなんて、本当に・・・・あるのかよ」
灰色の世界を見つめ、深澄は呟いていた。
重大なミスに気がつきました(・_・;)
深澄の学校「私服登校」なのに、彼は「制服」を着ています(゜-゜)
ま、みっちゃん(深澄)の事だから「私服はメンドクサイ」とか云って制服着てても可笑しくはないですけどね・・・。
そんな感じで深澄の「痛み」でした。