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良佳━駆け出した想い━


 灰色の雲が月を隠し、光は闇へと落ちた。

 薄暗い、今にも泣きだしそうな空を見つめ彼女は机に腰かけて窓枠に縁取られた世界を見る。

この世界の中に、一体どれだけの人間が暮らしているのだろう。呼吸(いき)をしているのだろうか。

 そんなこと誰も知りえない。きっと考えようともしない。


――そこに自分が居て、他の誰かが居てくれることの幸福。


 一人ぼっちになることが怖かった。

 でも“独り”でいることは平気だった。怖いけれど、誰かと居ることにも恐怖があったから――独りでいることは()だと思った。

 溜息一つ口唇から零れて、抱き込んだ膝頭に降る。

 待ち続けた彼からの返信は未だにない。もう――ダメなんだろうか。


「遅すぎた…かな」


 ぽつり零れる言葉に携帯電話を握る手に力がこもる。

 頬を掠める髪を搔き揚げて耳にかけると、また一つ誰も知らない溜息が漏れた。

 溜息をつくと幸せが逃げる――そう教えてくれたのは誰だったろう。


 膝に顔を埋め目を閉じる。

 世界があまりにも静かで、何も聞こえない。暗く広がる闇の中には、少しだけ不機嫌そうなあの日の深澄が浮かぶ。どうせなら笑った顔で登場してくれればいいのに…。

 そんなことを思って、自嘲気味に笑う。それだけで幸せだと思えた。その刹那――。


「――っ!?」


 震える携帯電話に、息が詰まる。

 慌てて顔を上げて携帯を開くと、そこにあるはずの――いつもの――画面がない。振動はメールの受信ではなく、そこによく知る人物の名前を浮かび上がらせた。深澄だ。


「……」


 初めて齎された彼からの着信は、良佳の心を高鳴らせるには十分で、携帯を持つ手が震える。一瞬パニックに陥って、それでも深呼吸を一つ落とす。背中に“大丈夫”という声が聞こえた気がした。


――声…聴きたい。 初めて、電話…。


 動揺が欲望へと変わる。

 今はただ彼の声が聴きたい。そう思った――。


「……」

『もしもし?』

「……」

『良佳』

「……はい」


 受話器越しに聞こえる彼の声がなんだか擽ったい。常よりも少しだけ掠れて低く聞こえるのは電話での声を初めて聴いたからだろうか。

 

『ごめん。メール』

「うん」

『気が付かなかったわけじゃないんだ。ただ――』


 躊躇いがちに彼が言葉を選んでいるのが分かる。

 不意に零れる彼の溜息が妙に艶を帯びていて、良佳の胸は痛いほどに脈を打つ。この音が受話器越しのキミに聞こえればいいのに――。

 こんなにも不安で、こんなにも胸が苦しくて、こんなにも君が好きだ。


「深澄」

『良佳――』

『…「好き」だよ』


 その声はどちらから発したのか、重なって一つになる。

 名前を呼んで、声を聴かせて、その想いが溢れ出して――そうしてようやく二人の心が一つに溶けあう。それだけで十分だった。


『――良佳』

「うん」

『……逢いたい(・・・・)って言ったら、困る?』

「――っ」


 甘い囁きが耳を掠めてまた一つ良佳の鼓動をさらう。

 困らないわけがない。困る。どうして? 自問自答を繰り返して、その感情の意味を知る。


――逢いたい……私も同じ気持ちだから、困る…。


 思いは同じだから、それをいとも簡単に言葉に変えてしまえる彼が少しだけ妬ましい。困る。だって、本当はそれを拒まなければいけないから――。


 雲に隠れた月はあと少しで二人の頭上へと登るだろう。

 こんな夜も遅くに、未成年である二人が逢うことが許されるはずもない。だから彼の言葉を遮って拒まなければいけない。でも――。


――これは秘密の逢瀬。キミに逢いたいから、私も…。

 

「私も―――――逢いたい(・・・・)


 消え入るような声で呟いて、良佳は俯く。必死だった。


 何もない暗い世界に飛び出して、駆けだす。

 いつもなら億劫で短く感じた駅までの街路樹の道が、今日はやけに長い。敷かれた煉瓦に足を取られ時折躓きそうになっては、彼女は切れる息を継いでまた走った。

 ただ彼に逢うためだけに、終電間近の電車に飛び乗って夜の景色を見送る。

 幼い恋と大人は笑うかも知れない。だけど、二人にはそれがすべてで。この不安だらけで形の定まらない想いを伝えたくて、掴めない絆の形を知りたくて、キミに逢いたいと思った。


 月さえ眠る夜に――二人は、微かな希望を見出そうとしていた。


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