良佳━回想・想い━
きっかけは些細なことだった。
イジメ、体罰、無視される日常の中で心は悲鳴を上げていた。
そこに居るのか、居ないのか。自分にももう判断が付かなくて、ただ女である――誰にも必要とされない――自分が、嫌だった。
――アナタハシアワセデスカ?
冷たい冬の夜の下。
誰もいない公園のベンチに座り見上げた空は。今にも泣き出しそうで、雨粒じゃなく雪が降ればいいのに――と、そう願った。そうして汚い世界が真白に染まればいいと思った。
そんな退屈で、窮屈な日常に光が射したのはキミのメールが届いたあの日からだ。
━君は、誰?…━
たった一言の返信。
でも、それだけであの頃の良佳には十分だった。
誰かに言葉が届いた。誰かが存在に気づいてくれた。そして、返事をくれた。それ以上、何を望むことがあるのだろうか。これ以上を望めば罰が当たる。
「深澄……キミは今、何を考えてるのかな」
愛おしそうに携帯電話の表面を撫でて、ストラップの月に触れる。
あの頃よりも少しだけ伸びた髪が頬に当たり、肩から滑り落ちた。女であるということが嫌で仕方がなかったはずなのに、今は自分が彼とは違う女であることを少しだけ嬉しく思う。
苦しくて、切ないこの痛みに気付けたことも――。
こんな気持ちいらない。
そう思っていた。永遠なんてないから、確かなものはすべてが不確かで移り変わらないものはない。不動のものなんてこの世に何一つないのだと知った。
醜い両親の言い争い。温かさなんて微塵も感じない冷え切ったリビング。味のしない義務のような食事には、生きるための喜びなんて浮かばなかった。
自分が生きているのかさえ分からなかった。
“愛”なんて信じられなかった。
何よりも不確かで、形も見えない感情がとても怖くて――誰かに想われる自分も信じられなくて――彼の想いから逃げた。
あれ程望んでいた温かな感情なのに、いざ手に入ろうとすれば怖くて遠ざける。分かっていた。本当はないものねだりをしていたということ。ただ欲しいと子供の様に駄々をこねて、その場で足踏みを続けた。私は意地を張っていたのかも知れない。
手に入らないからと、手に入った時のことを想像したことなんてなかった。だから望んだものが目の前に現れて、どうすればいいのかが分からなかった。
――答えなんて簡単だったのに。
その想いを受け入れるだけで、何もかもが変わったかも知れない。
何もかもが変わらなかったかも知れない。どちらに転ぶかなんて誰にも分からない。きっと神様にだって…。
それでも、まずは初めて見なければ分からない。
――怖がっている暇なんてないの。ただがむしゃらになればよかった。
がむしゃらに生きて、がむしゃらに何かを望んで、ただ自分を解放してあげればいい。
好きなことをして、好きなものを好きと言って、好きな人と一緒にいればいい。そういうことでしょう? それが私にしか見つけられない“シアワセ”の形――。
「ねぇ、深澄? まだ間に合うかな?」
キミがくれた想いに応えてもいい?
今度こそ足踏みをやめるから。シアワセになる努力をするから。
本当はまだ怖いけれど、一人じゃないということを知ったから――キミが居たから――今、歩き出すよ。
打つ言葉たちはキミに届けたかったもの。
あの日言えなかった本当の気持ち。
心から君を、愛してる――。