深澄━幸せだと言えるなら…━
長らくお待たせしました。
「月さえ眠る夜に」連載再開です。
駅のホームに佇み一人時刻表を見つめる。
ようやく流石から解放され零れ落ちる溜息と同時に目を伏せる。まだ陽は高く、今から帰っても時間を持て余してしまいそうな気がした。壁に寄りかかり組んだ腕で頬杖をつく。いつもと変わらない何気ない仕草にも、どこか色気があるようで遠巻きに眺めていた制服姿の女子高生からの視線が痛い。意識して何かをした覚えはないが、それでもあまりいい気はしなくて視線を逸らすと携帯を弄って見せた。
――煩わしいだけだ。
名前も知らない異性からの言葉や視線など気味が悪い以外の何物でもない。そんなものを貰って喜ぶ奴の気がしれないし、欲しいとも思えなかった。ただ一人を除いては…。
そう。これが良佳だったならば、きっと素直に喜べたのかもしれない。
――どうして、そう思う?
彼女だって、ついこの間までは顔も知らない“他人”に他ならなかったはずだ。それなのに、どうして心はこうも簡単に深澄のことを裏切るのか。
結局、人間という生き物は――心は単純にできているのかも知れない。そう思うと、少しだけ自分という人間を許せそうな気がした。
こんな身勝手で、本当は誰のことも愛せなかった自分自身を――。
――キミにしか、七瀬良佳を幸せにする事は出来ない……か。
あの日の自分の言葉が胸に響く。
自分にしか自分を幸せにすることはできない。
幸せの度合いは人によって違うから。自分の幸せを決めるのは他ならない自分でしかない。そんなこと痛いほどよくわかっている。
だから自分が“不幸”などと思ったことはない。少なくとも“不幸”に酔えるほど“幸福”というものに触れたこともなかった。
――あなたは幸せですか……?
そういえば良佳と知り合った頃にそう聞かれたことがある。
今ではもう懐かしい思い出。腹が立って、憤っていたあの頃の自分はもういない。いつか君が言ったように“出会えたことが嬉しい”と思えるから――もう寂しくはない。幸せだと自分に言ってもいいのだろうか。
頬を撫でては通り過ぎる風にフッと息を吐く。
あの日から良佳のメールは来ていない。
自分から送ればいいのにと思うのに、なんと切り出せばいいのかが分からない。作っては消すという“無駄”に思える作業を繰り返して、空を見上げた。
流石から見ても分かってしまうほど明らかなのに、どうしてそれを認めてはくれないんだろう。好意を受け入れて貰えないんだろう。
すれ違う理由が分からなくて、心はすっきりと晴れない。でも、今は彼女が一人で考えるべき時なのだとそう思った。
――自分で答えを見つけなければ、必ず後悔する。そうだろ?
携帯電話を閉じてまた一つ溜息を漏らす。
滑り込んだ電車へと歩みを進めて、深澄は考えることを諦めた。もう一度繋がるだろう“縁”を信じて――。