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深澄━同じ気持ちだから、余計に…━


 抱きしめて、抱きしめられて、心が満たされて行く。

 どうしようもなく心地良いと感じる自分と、彼女の身体を離すタイミングを模索する自分が入り混じって――自嘲するように曖昧に笑った。

 こんな風に幸せな悩みがあるなんて知らなかった。


 彼女の言葉を待ちわびて、常よりも少し早い自分の鼓動が耳に付く。煩いと思うのにソレを嫌だとは思わない。鼻先を擽るシャンプーの匂いが余計に深澄の心を波立たせていく。


「――ごめん」

「――?」

「ごめんっ、深澄」


 飛び込んできたのは予想よりも暗い良佳の声。

突然の謝罪に驚いて思わず身体を離せば、そこには今にも泣き出しそうに顔を歪める彼女の姿がある。揺れていた瞳が不意に逸らされ彼女は俯いた。

その理由が知りたかった。


――どうして? そんなに悲しそうな顔をするの。


 暗い表情をさせるような出来事なんて、何一つない。悲しませたい訳でも、泣かせたい訳でもない。思い当たる節を探してみるけれど一つも浮かんでこなかった。


「どうして、謝るの?」


 出会った頃のように視線を合わせる事も出来ずに俯く少女に優しく問いかける。少し肩を震わせて、彼女は詰めていた息を吐いた。


「良佳――」

「…だって」

「……?」

「怖いと思うから」


 呟く言葉は熱くなっていた深澄の頭を冷やすには十分だった。

 “怖い”――良佳は確かにそう呟く。何が怖いのかと深澄は訝し気に眉を顰める。こんなにも愛おしくて、満たされているのはきっと彼女も同じはずだ。なら、どうして怖い…。

 

「何が怖い(・・)の?」

「…」


 黙りこむ少女の肩にそっと触れる。

 それだけで少し緊張したように身体を強張らせて、良佳は自分を追い込む。そんな風に言葉を閉じ込める事が無くなればいいと思った。自分を抑え込むような生き方をしなくても良いように。自由に“七瀬 良佳”を生きられるように。


「良佳? 思いを言の葉に乗せて?」

「――っ」

「そんな風に自分を閉じ込めなくていいんだ。キミが自分を好きになれない(・・・・)のなら、僕が――その分キミ(・・)を好きになるから」


 気持ちが自然に言葉になり、口唇を吐いて出る。

 驚いたように伏せていた顔を上げ、瞠目する彼女の赤面を見て――初めて、自分が酷く恥ずかしい(・・・・・)ことを口走った事を理解する。耳が熱い。

 彼女が自分を見て少し困ったように微笑む。先ほどとは立場が異なり、今度は深澄がその顔を上げる事が出来ずに俯いた。どうしてもっと上手く伝えられないのだろう…。


――間違った事は言ってない。でも。


 嘘をついている訳じゃない。言葉は全て本心だった。だから尚更悪い。

 上がりだした熱は留まる事を知らずに頬と耳を真っ赤に染めていく。きっと今、自分でも見た事のない顔をしているに違いない。


「深澄」

「……」

「ありがとう」

「…何が怖い(・・)の?」


 照れくさくて上げる事の出来ない顔を誤魔化すように、深澄は自分の手を見つめる。心を落ち着かせようと変わり映えのない五本の指を眺めて、そして軽く握った。その手に自分のモノよりも白くて細い掌が重なった。良佳だ。


幸せ(・・)が―――続く事がないと知っている想い(・・)が、無くなってしまうことが怖かった」

「――?」

「永遠に続くものなんてない。約束も、誓いも決して永遠じゃないから。いつか消えてしまうのなら最初(・・)から無い方が、傷付かなくて済むと思った」

「どうしてそう思うの?」

「貴方には、きっと分からないよ。幸せが続いたことなんて、今まで一度もなかった…」


 突き放すように遣われた“貴方”という言葉が、深澄の心を突き刺す。寂し気に笑うその表情が、どこか遠くを見つめている良佳の瞳が、一瞬で二人の間に距離(・・)を造る。近づいては離れる。それが酷く腹立たしかった。


――どうして、幸せになろうとしない?


 永遠なんて不確かなものを信じている訳じゃない。

 約束も、誓いも、そこに意味がない事を知っている。絶対のモノなんてない。普遍的なモノなんてこの世に数えられるほどしかないのだ。だけど、それを言って何になる。だから諦める(・・・)のか。幸せになる事も、全ても。


「努力をしようとは思わない?」

「…だって、努力しても叶わない事がある」

「する前から諦めるの?」

「諦める事の方が賢明だと知ったから」

「そうやって自分自身も蔑にしてきたんだろ…何もかも、最初から諦めて努力もしないで」


 違う。そんな風に言いたかったんじゃない。本当は、もっと自分を大切にしてほしかった。分かっている。彼女の今までの様子からも見て分かるように、良佳の言う十八年間が深澄の過ごしてきたものとは違う事を。それでも――前を見て欲しかった。


「貴方には分から」

「分からないよ! 分かる訳ないじゃないか」

「……」

「キミだって、僕の事を分からないだろ? そんなの、言葉にしなきゃ分かるはずがないんだ…」


 寄せられた眉根に、良佳の頬を涙が伝う。果たしてそれは悔し涙なのか、それとも希望だと思って良いのだろうか。

 他人が他人を解ろうとするのに“努力”以外に必要なモノがあるのだろうか。言葉を、想いを交わさずに分かり合えるなんて、そんな夢物語のようなことを想ってはいけない。

 一つ一つ、お互いに歩み寄る事を始めなければ、その距離が縮まる事はないのだ。


「良佳――幸せになる努力(・・)をして?」

「…でも」

「キミにしか、七瀬 良佳を幸せにすることは出来ないんだよ」


 いくら他人が頑張った処で、最終的に“幸せ”だと判断するのは自分自身だ。それを他の人に委ねる事は出来ない。だから、誰よりも良佳自身(・・・・)に幸せを望んで欲しかった――。


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