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良佳━貴方の声が、私を変える━


 静かな沈黙が訪れて、熱くなった自分の頬を風が撫でで行く。

 何か言いたいのに何を言えばいいのかが分からない。深澄の問いかけは卑怯だ。

 真っ直ぐに見つめられれば瞳を逸らしたくても、逸らす事さえできない。


――そんな表情、ずるい…。


 切なくて、愛しくて、胸が張り裂けそうだった。

 深澄の言葉が、声が、良佳の色を変えていく――。

 どうしようもなく彼に触れたかった(・・・・・・)


「―――っ深澄!?」

「――」


 その願いを聞き届けるかのように、不意に彼が良佳の腕を掴むと強く引き寄せる。無防備だった身体は倒れ込むように――自然に――彼の腕の中に収まった。突然の奇行に驚いて声も出ない。


――なに…?

  どうして?


 自分の鼓動が煩い。

 一瞬の後に冷静さを取り戻して、その胸を押し返すが、見た目よりも厚い胸板は良佳の力などではびくともしない。それどころか少し悪戯に目元を細めたキミが手首を掴むモノだから、鼓動はより一層早くなった。

 深澄の顔がすぐ近くにある。

 息も触れるほど(・・・・・・・)――そう表現できてしまうほど近く、彼の口唇が耳元を擽る。そこには一ミリの距離も不安もない。抱きしめられて、抱きしめて――。

 お互いの鼓動が、その早さが分かるほどに近くて温かかった。

 誰かに抱きしめられると言う事が、こんなにも心地の良い物なのだと、安心するものなのだと知らなかった。

 こんなにも幸福で、こんなにも切ない――。


「深澄…?」

「…ごめん」

「…何を謝ってるの?」

「……うん」


 自分よりも高い位置にある肩口に頭を乗せ、彼の名を呼ぶ。とても特別で、とても優しい時間。手に入れたいと思っていた温かさのはずなのに、今この手の中に在るのだと思うと、それがどうしようもなく不安で恐ろしい事のように思えた。

 孤独(・・)が怖かったのに、孤独(・・)じゃなくなる事も怖いなんて言ったら、キミは何て言うかな…。


「ねぇ、良佳」

「…」

「僕にも、まだよく分からないんだ」


 ぽつり、ぽつり、呟く言葉が深澄(・・)らしくなくて良佳は淡く微笑む。いつだって真っ直ぐに物事を見つめて、いとも容易く解決してしまう彼らしくもない何処か弱い姿に胸が震えた。そっと彼の背中に腕を回して、初めて自分から深澄を抱きしめる――。


――ねぇ、深澄。可愛い(・・・)なんて言ったら、キミは怒るかな?


 初めて抱くこの気持ちが“母性本能”なのかどうかは分からない。自分に母性があるとも思えないし、なにより誰かを愛することなど出来ないと思っていた。

 でも、これだけは分かる。今キミといるこの時を、失いたくない――。


「恋とか、愛とか、そう言うものに興味を持った事が無くて―――これが、この感情が“恋”と呼ぶのか、それさえも分からない」

「―――うん」

「でも」


 少し自嘲気味に笑う息遣いが聞こえて、彼が躊躇うように言葉を漏らす。

 これが“恋”と呼ぶのか―――同じように、同じ事を考えていた事が嬉しい。戸惑い、悩み、揺らぎ、そんな風に彼が感じてくれていた事が嬉しい。

 目の前で風に揺れている黒髪にそっと手を伸ばす。指先にさらさらと絡まり流れていく髪はとても柔らかかった。同じように彼も良佳の髪に触れる。

 頭を撫でるように通り過ぎ、彼よりも明るい薄茶色の髪に彼が触れれば、それだけで身体が震える。思わず息をつめた。

 隠れた耳を探しだすように髪を梳いて、不意に彼の息が耳に触れる。


「――良佳、キミの傍にいたいと思うんだ」

「―――っ」

「僕と、付き合って(・・・・・)くれますか?」

「……」


 耳が熱い。

 涙が溢れそうでそれを堪える為に口唇をキュッと結ぶ。

 こんなにも幸せで、こんなにも怖い事があるのだと初めて知った――。


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