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短編小説

ダイイングメッセージ

作者: 歌池 聡


※公式企画「春の推理2024」参加作品です。



 フリー・ジャーナリストの犬飼研之介が、仕事場として借りているマンションの一室で遺体となって発見されたのは、昨日の深夜。

 死因は検死の結果待ちだが、おそらくは毒物による中毒死だろう。

 警察は、自殺他殺の双方を視野に入れて捜査を始めた。






 自殺の動機としてまず考えられるのは、家庭環境だ。

 犬飼は仕事に没頭するあまり家庭を顧みず、妻から離婚調停を起こされていた。さらに、最愛の娘も犬飼と暮らすことを拒絶している。憔悴しきった犬飼は、最近は周囲によく『もう死んでしまいたい』と漏らしていたという。

 これだけなら、普通は通り一遍の捜査をした上で『自殺』と断定するようなケースだ。


 だが凄腕のジャーナリストである犬飼は、政治家や上級官僚と特定の企業や団体、反社会勢力との癒着などを数多く暴いてきた。彼によって重要なポストを失ったり、政治生命を絶たれた大物も少なくない。

 当然、多くの人から恨みを買い、幾度となく匿名の脅迫や殺害予告なども受けていた。

 これをあっさり『自殺』と断定してしまったのでは、警察が何らかの政治的忖度をしたのかなどと勘繰られかねない。

 そのため、慎重の上にも慎重を重ね、他殺の可能性が絶対にないことを証明せねばならなかったのだ。






「これってたぶん、『アレ』ですよねぇ……」


 捜査会議が始まる前の会議室の喧騒。

 そんな中、ホワイトボードに貼られた写真を指差したのは、今回が初の現場となる新人鑑識員の佐伯千夏だ。


「まあ、そうなんだろうなぁ。俺も初めて見たけど」


 2年先輩の須賀も困惑した表情だ。

 遺体の右手近くにペンが落ちており、左の手には謎の6桁の数字が書き殴られたメモが強く握りしめられていた。これはたぶん、ミステリ小説などでよくあるあの──。


「ほう、こりゃ珍しい! 『ダイイング・メッセージ』じゃねぇか。チョウさん、見たことあるかい?」

「いや、俺も初めてだな」


 ふいにふたりの背後から、渋い声の会話が聞こえてきた。


「え? ──お、おやっさん!? それに長沼刑事部長(デカチョウ)まで──!」


 振り返った須賀が、声の主たちを見て愕然とした声をあげた。

 そこにいたのは、『伝説の鑑識員』とも呼ばれる大山(通称・おやっさん)と、これまた『伝説の刑事(デカ)』と呼ばれる長沼刑事部長(通称・チョウさん)の大ベテラン・コンビだ。


「いったいどうして──? あの、おふたりとも()()()有休消化中でしたよね?」

「馬鹿野郎! こんな面白そうな事件、お前らみてぇなヒヨッコだけにまかせていられるか!」

「おうよ! おちおち休んじゃいられねぇってなぁ!」


 ふたりは鼻息も荒く、やる気満々といった顔だったが、部屋中の刑事たちや鑑識員たちは、そろって苦虫を噛み殺したような顔をしている。


『ああ、なるほど。こないだ須賀さんが言っていたのはこういうことなのね』


 新人の千夏も、この定年間際のふたりについての注意事項は聞かされていた。


『いいか、あのふたりから何かを言われてもまともに取り合うな。

 まるで見当違いのことしか言わないんだから、適当に聞き流しておけ』と。






 このふたりの『伝説の〇〇』という異名には、ふたつの意味がある。

 ひとつは、かつて幾つもの難事件を解決に導いた凄腕だということ。そしてもうひとつは──もうとっくに『過去の人』なのだということだ。

 彼らは、最近の進化した捜査手法や、高度に複雑化した犯罪の手口にまったくついていけなくなっていた。特に、IT分野に関しての知識のなさは壊滅的だ。


刑事(デカ)ってもんはなぁ、足で稼ぐんだよ! お前たちがちまちまいじっているそのパソコンとやらは、いつになったら犯人を捕まえてくるんだ?』


 そんな風に導入当時から強く反発していたせいか、書類作成にパソコンが必須になるまで一切触ろうともしなかったという。

 おかげで、今でも人差し指一本タイピングで、皆が30分で終わる書類作成も一日がかりだ。


 そうやって、すっかりお荷物となってしまったふたりは少しずつ捜査現場から遠ざけられ、定年を間近に控えたここ最近は、有休消化の名目で完全に蚊帳の外に置かれていたのだ。

 それがまさか、自発的に捜査会議に来てしまうなんて。

 かと言って、大ベテランに対して『邪魔だから帰れ』と言うわけにもいかない。


 ──もうすぐ捜査会議が始まる。署長や部長あたりがここに来てくれたら、あのふたりにも強くものを言ってくれるんだろうけど──。


 皆が内心そんなことを考えていると、ふいに写真をしげしげと眺めていた長沼が口を開いた。


「まあ、簡単な符丁だよな、おやっさん」

「──だな。まあ、大して事件の手掛かりにはならんな」


 ざわっ。

 会議室が一斉にざわめく。これから、この6桁の数字──『114106』についてどう解釈するべきか検討しようかというのに、まさか彼らにはこの暗号の意味が一目でわかったとでもいうのだろうか──!?


「どういうことですか⁉ まさか、もうこの数字の意味がわかったんですか⁉」


 須賀が、食いつくように前のめりで質問する。


「何だぁ? 須賀、こんなこともわからんのか?」


 そう答えた長沼たちは、ずいぶん得意げな顔だ。


「今どきの若いのは『デジタルに強い』とか聞いてたが、まさかこんなこともわからないなんてな」

「──どうだ、嬢ちゃん。お前さんにはわかるか?」


 急に話を振られて、千夏があわてて口を開く。


「え、ええと、これがダイイングメッセージだとしたら、犯人を示す手がかりなんじゃないかと思ってたんですが──」

「おいおい、まだ他殺と決めつけちゃダメだろう。

 そんな大層なもんじゃねぇよ。これはおそらく、嫁さんか娘にあてたメッセージだな」

「え? じゃあ、何て書いてあるんですかコレ!?」

「そう答えを急ぐな。まず自分で調べてみな。これはな──『ポケベル』の符丁だ」






「ぽ──ポ、ポケベル!?」


 あまりに予想外な言葉に、千夏の声が裏返る。


 ポケベル──ポケット・ベルとは30年以上前、携帯電話が普及する前に10年ほど流行った情報機器だという。千夏も須賀も、話に聞いたことはあるが現物を見たことはない。

 急いでスマホで検索してみたのだが──その()()()()()()()()()()()に言葉を失ってしまった。


 ただ十数桁の数字を受信して、表示するだけの装置。

 外出中の誰かと連絡を取りたい時に、その人のポケベルに自分の電話番号を送り、折り返し電話をかけてくれるのを待つだけという、あまりに原始的な通信手段。

 当初は主にビジネスマンの間で使われていたのだが、女子高生などにも普及するにつれて、電話番号だけでなく語呂合わせでメッセージを送ることが流行ったのだという。

『39』で『サンキュー』、『49』で『至急』など──。


 そんなメッセージの例の中に、『114106』も書いてあった。意味は──『愛してる』!?


 ええと、『1』は五十音の一文字目で『あ』、次の『1』『4』は読みから『い』『し』で、次の『10』は──テンのもじりで『て』?

『6』はロクから転じて『る』って──あまりに苦しすぎるっ!


 千夏や須賀たちがスマホで解説ページをみて唖然としていると、何やら会議室の入口辺りが騒がしくなってきた。どうやら署長たち上層部が来たらしい。


「おおっと、煩いのが来たから俺たちは退散するわ。

 じゃあな、若いの。もっとデジタルの知識を勉強しなきゃいかんぞ」


 そう言ってきびすを返した大ベテランふたりの背中を、若い面々が揃って敬礼で送り出す。


『はっ! ご教授、ありがとうございました!』


 そう言いながらも、彼らは心の声で一様にツッコミを入れていたのだった。


『いや、ポケベル時代に小学生だった被害者(ガイシャ)が、そんな符丁使うわけないですって!

 ──それに数字の語呂合わせとか、全っ然デジタルは関係ないんですけどねっ!?』






 結局、他殺を示す証拠が何も出なかったことから、犬飼の死は自殺と断定された。

 だがその捜査の過程で、彼のパソコンから大物政治家の不正を示すファイルがいくつも見つかり、やがて政界を揺るがす大事件へと発展していく事となる。


 ──犬飼が握っていたメモの数字は、ただ単にそのパソコンを開くパスワードにすぎなかったのだが、その事実は『伝説』のふたりが定年退職する日までは厳重に口止めされていたという。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アナクロなベテランが面目躍如と思いきや、まさかの展開でした。 伝説の二人に恥をかかせないようにした同僚たちの配慮が素晴らしいですね。
[一言] 拝読させていただきました。 現実にポケベル世代を生きたおぢさんたちも普通はこの発想は出ません。 お二人、かなりの期間、実戦から遠ざかっていたようですね。
[良い点] ポケベルという着眼点が良かったです! [一言] 結局、あのメッセージは遺書とかじゃなかったんですね!拍子抜けしたけど面白かったです!!
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