寝すぎ47 この一撃にすべてをかけて。……受けてみやがれっ! 俺のぉぉ! 20年んんんっ! っと!
「ギシャアアアアァァァァッ!」
洞窟型ダンジョンの最奥の扉を開けたその先。ボスの部屋――空間。
そこに、その巨大な怪鳥は羽ばたき、浮かび上がっていた。
――その名をショックパルス・ガルーダ。
翼長約10メートル、頭と胴体部だけでも5、6メートルはあろうかという、猛禽類に似た姿形を持つ、まさしく大怪鳥。
その最大の脅威は、その巨大なクチバシを開けて放つ、体内で魔力と圧縮空気により練り上げた衝撃波。その視認性は極めて低く、わずかな空気の振動から察知するしかない。
――かつてネルトを仕留めた一撃だ。
また、その巨体に見合うだけの高い生命力を誇り、自らの劣勢を悟ったならば、死んだふりをして騙し討ちをする程度の狡猾な知能を持つ。
――かつてネルトが昏睡することとなった遠因だ。
約20年前。ネルトたちは3人でこの大怪鳥と戦った。
その名称から、ただ巨大なだけの鳥ではないとまず看破。
と言っても、調べるまでもなく相対した際にダンジョンの機能により魔物の名称は脳裏に浮かぶものだ。
そして、そのあまりに生態や能力に直結したヒントめいた名称から、これもダンジョンが超古代文明の試練と言われる有力な論拠の一つとなっている。
とにもかくにも、かつてのネルトたちは、この大怪鳥と攻撃の要ハワードを軸に果敢に戦った。
小手調べと放たれた最初の衝撃波をかわし、当時攻撃力に欠けたネルトが自ら買って出て衝撃波から逃げまわる囮となり、ハワードが前衛で繰り返し斬撃し、ときにフィーリアが魔法でけん制、2人を回復して立ちまわった。
――そして、ネルト一人の犠牲により、辛くも勝利をおさめたのだ。
「会いたかったぜ……! クソ怪鳥ぃぃっっ!!」
怒りなのか、歓喜なのか、自分でもわからないままにネルトは口の端をつり上げる。
それは、その起源とされる威嚇。獰猛な、怖気のするような、敵に対して見せるためだけの凶笑。
「ギィィシャアアアアァァァァッ!」
それを知ってか知らずか、いや定まった手順のように大怪鳥が咆哮を上げる。
――ネルトは知っていた。この直後に、まず小手調べとして最初の衝撃波が来ると。
「形態変形……! 〈巨人の剛甲〉……!」
ピコン。
『お、おおおっ!?』
『な、なんだ!? 半透明な右の戦手甲がどんどん形を変えて、ま、まるで魔導巨人みたいに、めちゃくちゃデカく……!?』
「オジサマ……!」
「ネルおじ……!」
変形し、魔導機械めいて巨大化していくネルトの自在創造甲をそれぞれの瞳に映しながら、姉妹は祈る。
――ネルトは決めていた。ただ。
「ギジシャアァァ……!」
大怪鳥が大口を開けて空気を吸い込み、魔力をこめて体内で衝撃波を練り上げる。
ザッ……! と自身の身の丈すらもはるかに超える大きさとなった硬く固形化された流体金属の右腕をネルトは背よりも後ろに大きく引き、振りかぶった。
「ギジャアアアァァァッッ!」
互いの間の空気を震わせ、大怪鳥のクチバシがガパァと開き、衝撃波が放たれる。
「おおおああああぁっっ!」
戦脚甲による地を割る足の踏みこみ、ギュルリと音と摩擦の激しい強烈な腰の回転、練り上げられ凝縮し極限まで圧縮された魔力、そのすべてがその一点に集中し、弩のような――いや、破城槌のような右腕の一撃が放たれる。
――ネルトは決めていた。ただ、殴る。失った20年といまの自分のすべてをこめて、ただ、おもいっっきりぶん殴ると。
「受けてみやがれっ! クソ怪鳥ぃぃっ! 俺のぉぉ! 20年んんんっ! っと! この4日ぁぁっ!」
耳を劈くような強烈な破裂音。放たれた巨大な右腕が放たれた衝撃波とぶつかり合う。そして。
「オジ……サマ……!」
「ネル……おじ……!」
パフィールとスピーリアは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
いま、ネルトが口にした4日。それは、姉妹とともに過ごした日々にほかならない。
たった4日。それでも、いまネルトは、失った20年と並べるくらいに、同じくらい大切に、かけがえなく思ってくれている。
それが――たまらなく、たまらなくうれしい……!
――姉妹の胸の中に、あたたかい何かが灯る。いままでよりもはっきりとした、あたたかい何かが。まだ本人すら気づかない淡いほんのりとした光のままに。
そして、姉妹が見守る中。
「おおらあああああぁぁっっ!」
「ギジャ、ジシャアァァッ!?」
――大怪鳥から放たれた衝撃波を撃ち破り、呑みこみ、巨大な右腕から放たれた荒れ狂う暴風のごとき螺旋の魔力の渦が大怪鳥本体――その開かれたクチバシへと到達した。
「ギジシャ――――!?」
そして、次弾。その体内に溜め、いままさに開かれ放たれんとした新たな衝撃波と接触し。
「ギャシャアアアアアアアアアアッッッ!?」
――破砕、破裂。その結果、その体内で誘爆の暴風が巻き起こり、衝撃の連鎖反応は、一瞬でその巨体を断末魔とともに粉々に吹き飛ばした。
たったの、一撃。
「お、おおおおおおおおおおおおっ!」
怪鳥の欠片、その羽吹雪がまるで祝福のごとく降りそそぐ中。
右こぶしを――いや右親指を高く高く突き立て、天に向かってネルトが雄叫びを上げた。
長い間縛られていた何かから解放されたように、ふっきれたように、ずっと肩に背負いつづけていた重荷をやっと下ろしたかのように。
――自由を叫ぶように。
「おあああああああああぁぁぁっ!」
これが20年前のあのとき、そしてこれから先を――自らの意志で歩くための、ネルトの過去との決着の瞬間だった。




