寝すぎ23 さわやかな朝の汗と、つきつけられた切先。……たち?
「ん、ぁ……?」
パチリと目を覚ますと、ネルトは一つ伸びをしてからベッドから下りた。
もちろん、スキル〈睡眠〉によって昨日の疲労などの諸々については完全回復済みで、寝起きもバッチリだ。
それから、扉を開け廊下に出てあたりを見まわすと、ふと首を傾げる。
「……あれ? ふたりとも、いねえ? まだ朝早えのに……んー? この感じは下、か?」
英雄冒険者並の感覚で家の中での姉妹ふたりの不在となんとなくの位置を察知すると、ネルトは玄関の先の転移装置へと向かった。
「はあああぁぁぁっ!」
「ふうううぅぅぅっ!」
ギンッ……! ギャキッ! キン、キンッ!
――おお……! やっぱりふたりとも、かなり強えな……!
昨日夕食の席でくわしく俺に教えてくれた両親譲りのスキルはどっちも使ってないみたいだけど、剣だけでもかなりの腕前だ。
ピースフル一家が所有する50階フロア。そのフロアすべてをぶち抜いて作られた広々とした訓練場。
壁際でネルトが見守る中。肌にピッチリとしたヘソ出しセパレートのノースリーブにスパッツと動きやすさを重視したそれぞれピンクと水色の訓練着を着て汗を流す姉妹ふたりの剣戟の音が絶えず響いていた。
「やああっ!」
いまはその金髪をポニーテールに結った姉パフィールの剣は、ひと言で言えば、剛。鋭く、苛烈な一撃をもって力で相手を制する剣。
「しっ! ふっ! はっ!」
対して、肩までの銀髪をなびかせる妹スピーリアの剣は、ひと言で言えば、柔。かわし、時に相手の動きを誘い的確に隙をつき、急所を狙う剣。
その実力は伯仲。……ゆえに。
「たあああっ!」
「……そこっ!」
――決着もまた、紙一重。かつ一瞬だった。
近い間合いでくり出された必殺の威力を持つ剛剣の横薙ぎを頭の上をかすめながらも妹スピーリアが地を這うようにして低く低くかい潜る。そして、振り抜いた後の一瞬の隙をついて、その剣の柄頭が姉パフィールのあご先でビタリと止められる。
静止し、カランと剣を落とすとともにパフィールはつぶやいた。
「あ〜! 負けたぁ〜!」
「ん。でも、ぎりぎり。パフねえとの間合いが近すぎて、刃まではあてられなかった。実戦なら、まだまだわからない」
「いーわよ! スピー! そういう慰めは! どっちみちこのルールでは、今日はあたしの負けなんだから!」
「んふ。そう。わたしの勝ち。これで、パフねえの今日の夕食後のスイーツはわたしのもの。わたしの分とあわせて、今日はイチゴとチョコのホールケーキにする」
「ふん! そんなに甘いものたくさん食べて、太ったって知らないんだから! わかってると思うけど、今日はオジサマのためにみんなで買い物に行くから、一日中カロリー消費のために訓練漬けってわけにはいかないんだからね!」
「だいじょうぶ。パフねえ。スイーツは別腹」
「っこのナマイキ妹は減らず口を〜! ……って、お、オジサマっ!? い、いつのまにっ!?」
「ネルおじ。おはよう」
「あ、あたしも! お、おはよう……! オジサマ……!」
「おう! おはよう! パフ! スピー! いやー、勝手に悪ぃな! 少し前から、観させてもらってるぜ!」
片手を上げて挨拶しながら、壁際に用意されていたピンクと水色のタオルをネルトは姉妹それぞれに手渡す。
「ん。ありがと。ネルおじ」
「あ、ありがと……! オジサマ……! でも、声かけてくれてもよかったのに……」
「いやあ。ふたりとも、すっげえ集中してたからなあ。邪魔するのも悪ぃと思ってよ!」
汗だくなのが少し恥ずかしいのか、姉のパフィールは頬を染めながらそう言って、差し出されたタオルで丁寧に髪や顔の汗を拭う。
だが、一方で最小限の汗を拭き終えた妹のスピーリアは、まったく別の行動に出た。
「ん。来てくれたのなら、ちょうどいい。ネルおじ。一つお願いがある」
「ん? なんだ? スピー? あらたまって」
そして、状況を察しない間の抜けたままのネルトの顔へ、ゆっくりとその切先を向ける。
「力を試したい。わたしたちと――戦って」
決意を秘めたその青い瞳がネルトをまっすぐに見つめていた。




