寝すぎ13 摩天楼と、見果てぬ夢。……俺の冒険は、これからだ!
「あ、着いたわね。行きましょ。オジサマ」
「行こう。ネルおじ」
「あ、ああ……!」
20年越しの夢のような時間〈ピースフル姉妹が接待してくれるお店?(無料)〉が終わり、口の中にまだふたりにあ〜んされた果実と菓子の甘みをほのかに残すネルト。
左は娘姉妹の姉パフィール、右は妹スピーリアに手をとられ、うやうやしく頭を下げる執事の男にドアを開けてもらい、黒塗りの高級車から外に出る。
「えっ……!? こ、これが……!? パフと、スピーの……!?」
――そこで、またしても圧倒された。
目の前にそびえるのは、まるで照りつける太陽さえも衝くような摩天楼。〈果ての先〉の時代において、いわゆるタワーマンションと呼ばれる種類の建物だった。
全体はほのかに青く輝いていて、おそらく魔導技術の飛躍的向上によって精製できるようになった新素材。
ネルトがきょろきょろと辺りを見まわしても、高さ、材質ともに近くのどの建物よりも立派で、そしておそらく高価であることは、疑いようがなかった。
「ええ。ここの一番上の52階のフロアすべてがあたしたちピースフル一家の居住スペース。あと、その下2つの50階までは違う用途で同じくフロアすべてを所有してるわ。さあ、行きましょ? オジサマ」
「ん。はやく帰ろう? ネルおじ」
――左右から見つめる、ゆるく巻いた金色のツインテールに赤い瞳。肩までで整えた銀色の髪に青い瞳。
さっきまでの夢のような甘い時間もあって、一瞬、錯覚しそうになった。
今日から、こんな超すげえ建物の最上階に住んで、親友の娘とはいえ、こんなめちゃくちゃ可愛い美人姉妹がおじサマと慕ってくれて両手に花で、もしかして俺は人生の勝ち組なんじゃねえかって。
――俺自身はまだ、何一つだって成し遂げちゃいねえってのに……!
浮かんだ歪んだ思いを振り払うように、ブンブンと強く首を振り、ネルトはパフィールとスピーリアから手を離す。
「オジサマ?」
「ネルおじ?」
「悪ぃ! パフ! スピー! ちょっと先に行っててくれるか! すぐ追いつく! 俺はちょっと気になることがあるからよ!」
そう言うと、「「わかった」」と首を傾げながらそろって建物の入口に向かっていく二人の背を見送って、ネルトは黒塗りの高級車のすぐ近く、まだそこに残っていた執事の男に向き直った。
わすがに訝しむ様子を見せた執事の男は、だがすぐに柔和な微笑みをネルトに向ける。
「おや、お嬢さまがたのお連れさま? どうされました?」
「俺はネルトだ。ネルト・グローアップ。今日からここで世話になる。まあ、よろしくな」
「これはたいへん失礼いたしました。ネルトさま。では、私にとって旦那さまのおひとりということですね。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、うやうやしく頭を下げる執事の男に向けて、ネルトはさらに言葉を投げかける。
「なあ、あんた。いま何歳だ?」
「……35歳ですが。それが何か?」
――なんかそんな気してたんだよなあ。いまのハワードのやつとどこかちょっとだけ雰囲気似てるし。
「やっぱ同い年かよ。なあ。もしかして、あんたも冒険者か? あんたからは、強いやつ特有の――それも軍とか憲兵とか規格だって訓練されたやつとは違う、型にはまらない強さを感じる」
そのネルトの問いに、執事の男は初めて口もとを綻ばせる……少しだけ、皮肉げに。
「ふ。……元、ですよ。いまとなっては、遠い昔の若気の至りです。血湧き肉躍る冒険――そんな感覚、とうに忘れました。いまの私には、こうして入居者の旦那さまやお嬢さまがたを名もなき運転手としてお送りし、ときに護衛としてお守りする――まあ、もっとも今日お送りしたお嬢さまがたには護衛は必要ないでしょうが。ふ。何にしても、これくらいが身の丈に合うというものです。では、あらためまして、ネルトさま。本日より、どうぞよろしくお願いいたします」
ひと息に言い終えると、話は終わりだとでも告げるように、執事の男は深々と頭を下げた。
「おう! よろしくな! なんたって、まだ35歳! 俺の冒険は、これから! いま始まったばかりだからよ!」
そのネルトの言葉に思わず、ふたたび顔を上げる執事の男。
それから、ネルトのキラキラとした茶の瞳、渾身のドヤ笑顔と右手の親指立てを見て、目を見開くと、吹き出すように口もとをゆるませた。
「ふふ。どうぞ、ご武運を。ネルトさま。配信されたら、ぜひ見守らせていただきますよ。……とても見ためそうとは思えない、同い年の貴方の冒険」
――少しだけ皮肉げに、少しだけまぶしそうに、そしてどこか少しだけ、うらやましそうに。
次回、タワマン内部!
明日投稿! 場合によっては今日かもです!
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より多くの読者に本作を見ていただくためにも、これからもどうぞよろしくお願いいたします!




